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音楽を盛り上げるために、やれることはすべてやる。ブームを作ってきた音楽のスペシャリストが見据える、音楽の未来とは。

CD専門店というイメージが強いHMVで、学生時代から長期間にわたって、音楽部門の仕事に携わっているのが、商品MD本部の山本さんです。社内にはそれぞれのジャンルに特化したスタッフが多く在籍していますが、山本さんほど幅広いジャンルで豊富な知識をもっている人はあまりいないとのこと。いわば、HMVを代表する「音楽のスペシャリスト」として、HMVの印象を決めていると言っても過言ではありません。現在もお客様に選ばれ、支持されるサービスを目指しつつ、新たな音楽への出会いの創出にも尽力しています。そのチャレンジについてうかがいました。

ローソンエンタテインメント/山本やまもと 勇樹ゆうき
エンタメコンテンツグループ 商品MD本部
1978年、東京都生まれ。大学生の時にHMV渋谷でアルバイトを始め、大学卒業後そのまま就職。渋谷店ではジャズやワールド・ミュージックのバイヤーを8年間務める。その後、本社商品MD本部へ異動。ジャズ、ワールド・ミュージック、ロック&ポップス、映像商品の担当を歴任。バイヤー業務と並行して、店舗で培った知識や経験を活かして、数々の販路限定のオリジナルコンピレーションCDを制作。そのCDのファンにはある有名俳優の方もおり、その方がパーソナリティを務めるラジオ番組へご本人から出演依頼をいただいたことも。現在は商品MD本部の邦楽担当バイヤーとして、メジャー作品を中心に限定特典や限定施策の交渉・獲得に尽力している。

原点は渋谷系

  山本さんはかなりの音楽好きだとうかがいました。最初に音楽にハマったのはいつ頃で、どんな音楽がきっかけだったのですか?

1993年、中学3年生の時です。なので今年は勝手に音楽リスナー歴30周年とうたっています(笑)。同時に現在HMVで働いている私の原点でもあります。なぜその年を覚えているかというと、93年はちょうど“渋谷系”といわれる音楽が盛り上がっていた頃で、ピチカート・ファイヴの「スウィート・ソウル・レヴュー」という曲が化粧品のCMソングに抜擢されていたんですね。それをたまたまテレビで聴いた時、今までにない新鮮な感じがしたんです。それまではいわゆるメジャーなJ-POPを聴いていたのですが、ちょっとしたカルチャーショックを受けて、すぐに近所にあったCDレンタルショップへ走って、「スウィート・ソウル・レヴュー」が収録されている『ボサノバ2001』というアルバムを借りて聴いてみたんです。そうしたらすぐに気に入って、その後にそのアルバムをプロデュースした元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾さんがコーネリアスとしてソロデビューしたりして、そのあたりのシーンに俄然興味が沸きました。

同時期に、学校の同級生から、日本デビューしたばかりのジャミロクワイのCDを借りて、これにもけっこう衝撃を受けて、「なんてかっこいい音楽なんだろう」と。それで”アシッド・ジャズ”とか”レアグルーヴ”なんて言葉も知ったりして、なんだか詳しいことはよく分からないけど、とにかく自分の好きな感じだなと思いました。

  HMVとの出会いは?

1994年に高校生になってからは本格的にどっぷり音楽にハマり、趣味は音楽だと自覚するようになりました。その頃から、自分なりに雑誌などで情報を探していくようになって、当時は渋谷のセンター街の奥にあったHMVが、どうやら“渋谷系”の聖地だと知って。生活圏とは離れていたのですが、意を決して渋谷店まで行くと、地元のCDショップでは置いていないものばかりで感動しました。あんなに輸入盤を見たのは初めてでしたし、在庫の量が圧倒的でしたね。

今振り返ると、当時はまだ音楽がサブカルチャーとしての力があった頃でしたので、音楽だけでなく、ファッションや映画などがすべて密接に繋がっていて成熟していたように思います。UKロックとかUSグランジ~オルタナも全盛期でそういった雰囲気もありましたし。あと私は1978年生なので、こういったサブカルチャーのシーンに影響を受けた最後の世代のような気がします。だからあと2、3年後に生まれていたら、かなり違った方向に進んでいたと思います。運やタイミングが良かったですね(笑)

  その後はどんな楽しみ方を?

新しいアーティストや曲を知ったら、そのアーティストが影響を受けた音楽や人、ルーツが知りたくなって、どんどん掘り下げていきました。とくに60年代や70年代の音楽です。その過程で出会ったのが『フリー・ソウル』というコンピレーションCDでした。これが私の人生を変えました。これは元雑誌編集者だった橋本徹さんという方が手掛けたもので、他にも『サバービア・スイート』というディスクガイドも出版されていて、穴が開くほど読み込んで、ものすごく影響を受けましたし、いつか自分もこういうことをやってみたいなと憧れていました。実は、今の仕事をつづけたことで、その夢がのちに叶うことになるのですが・・・(笑)

HMVでアルバイトを始め、そのまま就職

  その話は、ぜひ後ほど聞かせてください(笑) 大学時代も音楽にどっぷり浸かっていたのですか?

そうですね。相変わらず音楽漬けで、毎日レコード屋に通っていました。 大学4年生の時にはユーザーとして店舗に通うだけでは飽き足らず、HMVでアルバイトを始めました。一日中好きな音楽を浴びながら働くのは居心地がよく楽しかったですね。本当に仕事が楽しかったので、卒業後そのままHMVに入社し、現在に至るという感じです。

  やはり好きなことを仕事にしたいという思いが強かったのでしょうか?

よく言えばそうですね。悪い言い方をすれば、ただただ仕事が楽しく、仕事を続けていたら、気付いた時には入社していたという感じでしょうか(笑)

  でもそれからずっと今に至るまで同じ会社で働き続けているというのもすごいことですよね。

もちろんその時はHMVでその後20年も働くとは思ってもいませんでした。最初はとりあえず続けてみようかなという軽い気持ちだったと思います。

  その後はどんな仕事をしてきたのですか?

しばらくアルバイトスタッフを経験してから契約社員になって、3、4年後くらいに正社員になりました。渋谷店には計8年いたのですが、ジャズやワールド・ミュージックのバイヤーをやっていました。その後、本社商品MD本部へ異動して、全社的なバイヤーとしてジャズ、ワールド・ミュージック、ロック&ポップス、映像商品の担当を歴任しつつ、当社が2015年に新業態店舗としてオープンしたHMV&BOOKS SHIBUYAの立ち上げにも携わりました。

  現在の山本さんの仕事内容は?

メインの仕事は、邦楽担当バイヤーとして、国内のCDメーカー様と交渉して当社の全店舗分の商品発注、仕入を行い、各店舗の立地や売り場面積、客層、過去の販売実績データなどを元に全国のHMVのどの店舗にどのCDを何枚入れるといった割り振りの業務まで行っています。また、各店舗にコーナー、売り場の作り方、展開の仕方、商品の並べ方などを指示するのも重要な仕事です。

CDは絶対に消えない

  10年ほど前からメディアでCDの生産枚数の減少に歯止めがかからないとかCDショップの相次ぐ閉店などが報じられています。この状況についてはどう感じていますか?

おっしゃる通り、確かに2010年頃から「CDは消える」と言われていました。当時は私たちももちろん危機感をもっていましたし、音楽業界の多くの方々も、このままでは5年後には音楽は全部デジタル配信になってCDは絶滅するだろうと思っていたと思います。

でも、それから13年経ち、もちろん生産枚数こそ減少はしていますが、CD自体はなくなっていません。もちろん今後についても楽観視はできませんが、13年経った今でもまだ存在しているということは、規模は小さくなるでしょうが、CDの存在自体は決して消えないのではないかと思っています。その理由は、やはり“CDならではのよさ”があるからです。

  具体的には?

端的に言えば、“音楽鑑賞ができる”という点でしょうか。ただ楽曲を聴くだけでは“鑑賞”とは言えないのかなと個人的には思っています。例えば、CDのジャケット(表紙)や帯、CD盤面のデザインを楽しむことやそれらに触れた質感、封入してあるブックレットを読んでアーティストや作品のことを理解することなどすべてが“音楽鑑賞”の一部だと思うのです。個人的にも解説を読んだり、ジャケットを飾ったり、クレジット(※ブックレットに記載の作品の詳細。プロデューサーや客演、録音スタジオなどが記載。)を調べたりして、ずっと音楽を楽しんできたので、このような“音楽鑑賞”は、配信ではできないのかなと・・・

また、CDの音は配信データよりも音が良いと思います。ここ最近は「ロスレス」とか「ハイレゾ」も主流になりつつありますが、やっぱり情報量としてはCDが一番、無理がなく人の耳に合っていると思います。伊達に40年間生き残ってないフォーマットだと思います。

  ではあまりCDの将来については悲観的に考えてはいないのでしょうか。

そうですね。もちろん楽観視はしていませんが、悲観的では決してないです。「CDが消える」と言ってる間に、ご存じのように“レコードブーム”が来ました。90年代後半にも、レコードって流行ったのですが、まさかこの時代に再びレコードが復活するなんて誰も思っていなかったと思います。レコードブームが来たのであれば、何年後かに必ずCDブームも来るんじゃないかと(笑) カセットだって見直されているし、もう音楽業界では何が起こっても不思議ではありませんね。

  とはいえ厳しい状況には変わりなく、その中でCDを売るという仕事自体が大きなチャレンジだと思います。どのような思いで仕事をしていますか?

先ほどのお話とも重なってしまいますが私自身、まずCDは全体の規模は小さくなるかもしれないけれど絶対に消えない物だと信じています。ただ、楽観視はせず、でも、悲観的にはならずに、現状を認識した上で、お客様からのニーズがある限り、どうやったらそのお客様のニーズにお応えできるのか、そしてサービスを存続できるのかを考え、多彩な商材や販売チャネルを組み合わせてお客様にお届けしていくことが今の自分の最大のミッションだと考えています。

  そのためには必要なことは?

HMVは日本に上陸して約30年という、それなりに長い歴史をもつCDショップですので、“音楽専門店”としてのHMVというブランドを守ることがそれに繋がると考えています。そのためには、先輩たちが築き上げてきたものを活用しつつも、やはり今のお客様のニーズをつかむためにも新しく入ってくる若いスタッフの意見を聞くことも重要かなと考えています。

  山本さんが考える理想のHMV像とは?

世間からはHMVは“CDを売る店”というイメージがあると思いますが、そこにこだわる必要はないと思っています。今私が担当しているのはCDという商材ですが、音楽全体で考えるとCDはアーティストの活動のほんの一部にすぎません。例えば、ライブもありますし、グッズもありますよね。HMVも同じで、“音楽専門店”としてCDにこだわっているわけではなく、ライブでも映像でも書籍でもグッズでも、お客様のニーズがある限り、また、音楽を盛り上げるためなら何でもやるべきですし、その役割こそHMVが担うべきだと考えています。枠組みを超えた思い切ったチャレンジも必要かもしれません。

CDを売るだけではなく自ら作る

私たちの基本の仕事は、「商品を仕入れて、売ること」なのですが、お客様に一番近い場所にいる私たちだからこそできることが、私たち自身が「商品を企画して販売すること」です。CDで言いますと、10年ほど前にHMVオリジナルのコンピレーションCDを制作して販売しました。ジャズやブラジル音楽を中心に、本格的で良質な音楽を集めながら、BGMとしても気軽に楽しめるようなものです。選曲からブックレットの解説の執筆、ジャケットデザインの考案などを手掛けたのですが、私も学生時代にたくさんのコンピレーションCDを聴いて、自分の好きな音楽が広がっていったので、そういうきっかけになれればと。サブスクのプレイリストとはまた違った魅力があると思います。

この第一弾が売れ行き好調だったので、これまでに20タイトルほど作りました。今後もチャンスを見つけて積極的にリリースしたいと考えています。

自分には音楽しかない

──今の仕事のやりがいや楽しさはどんなところにありますか?

そもそも大好きな音楽に関わる仕事ができているだけで幸せです。妻や親にも「世の中、自分の好きなことを仕事にできている人は一握りだからあなたは恵まれているよね」ってよく言われます。確かにそうだなと(笑)

──ただ、その好きなことを仕事にしたら、好きなことに飽きたり好きじゃなくなるリスクもありますよね。音楽に関してはいかがですか?

若い頃に比べたら聴く時間は少なくなっているかもしれませんが、音楽そのものに飽きたとかもう聴きたくないと思ったことはないですね。これからも新旧問わず、自分の好きな音楽に一枚でも一曲でも多く出会いたいです。まだまだ知らないことばかりで勉強不足です(笑)

いまだに好きに使っていいとお金を渡されたら1枚でも多くCDやレコードを買うかオーディオの機材を買いたいです(笑)

──音楽が相当好きってことですね。趣味と仕事が完全に一致していますね。

そう言ってもいいと思います。

──他に今の仕事の魅力は?

今はCDだけでなく、ストリーミング、サブスク、レコードやカセットテープなど、いろいろな音楽の聴き方があります。そんな音楽の時代の流れを最前線でリアルタイムにしっかり見届けられる立場にいることに魅力を感じています。

憧れの人との忘れられない仕事

──これまでで一番印象に残っている仕事は?

先ほどから何度かお名前を出させていただいている、私が最も影響を受けた橋本徹さんが1999年にご自身のカフェ「カフェ・アプレミディ」をオープンされて、翌年に同名のコンピレーションCDも発売されました。これが「フリー・ソウル」と同様にコンピレーションCDとしては空前の大ヒットとなり、“カフェ・ミュージックブーム”を巻き起こしたんです。

2015年、「カフェ・アプレミディ」が15周年の年に、ちょうどHMVも25周年だったので、橋本さんに「お互いの記念の年ということで、廃盤になっている橋本さんのコンピレーションCDをリマスタリングして『カフェ・アプレミディ15周年アニバーサリーエディション』という形で、HMVで限定販売しませんか?」とお話をさせていただきました。すると橋本さんからも「おもしろい企画だね、やろう」と快諾いただき、発売することができたんです。ちなみに2020年にはそのアニヴァーサリーの続編も企画して実現しました。

──すごいですね。その時の気持ちは?

HMVで10年以上働いてきましたが、まさか学生時代から憧れていた橋本さんと一緒に仕事をさせていただける日が来るなんて想像すらしてなかったので感慨深かったですね。「カフェ・アプレミディ」は、私がちょうど大学生の時に発売されて、何度も繰り返し聴いていたので思い入れが深いんですね。HMVにアルバイトで入ってからもこのシリーズは続いていたので、それを店頭に陳列して、POPを書いたりしていました。そのCDをまさか十数年後に自分がリイシュー(※以前に発売された商品を新たに製造し再発売すること)することになるなんて……夢のようでした。

──とても素敵なストーリーですね。

一音楽ファンとしてHMVに通っていた時から今までが全部繋がっているというか、“三つ子の魂百まで”じゃないですが、自分が多感な時期に影響を受けたものってなかなか変わらないんだなと改めて痛感しました。

──趣味も音楽とのことですが、休日の過ごし方は?

5歳と8歳の子どもと一緒に過ごしています。僕が大滝詠一さんの大ファンで、ドライブする時、車内で大滝詠一のCDをもっぱら流しているんですが、子どもも好きになって、最近は車の中で一緒に歌ってます(笑)。

今後も公私ともに音楽に関わり続けられたら幸せですね。

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