見出し画像

ジャパニーズホラーにみる日本文化的な省略と切なさ

日本文化における「省略」

日本文化の特徴として、「省略」を挙げることができる。

五・七・五の俳句や、五・七・五・七・七の短歌は、その最たる例だろう。

柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺

直接、秋といっていない。直接、法隆寺について何も説明していない。しかし、これを読んで、秋を感じるである。法隆寺の静寂さを感じるのである。まさに、省略の文化である。

能もまた、省略の文化である。能舞台には、大掛かりな舞台装置はない。大道具と呼べるものもない。実に簡素である。能の型、つまり演者たちの動きもまた、余計な動きを省略し、如何にして少ない動きで、観るものにその動きの意味を伝えるか考えつくされている。

江戸時代の浮世絵は、人が目に見える景色を細かく描く写実絵画と異なり、対象がデフォルメされて描かれる。ある点を誇張し、ある点を省略して描く。やはり、省略の文化である。

日本文化は、対象を描かない事によって描くという、特殊な技法を持っているといえる。

ジャパニーズホラーにおける「省略」

これら省略という文化が、ジャパニーズホラーに影響していると感じる。

ジャパニーズホラーの代表作といえば、『リング』(1998年)と『呪怨』(2003年)であろう。他にも、『リング』以降、『オーディション』(1999年)や『回路』(2001年)、『仄暗い水の底から』(2002年)、『着信アリ』(2003年)など、多数のジャパニーズホラーが作られたが、それらには、程度の差こそあれ、省略の演出がみられる。

それは、ハリウッドのホラー映画と比較するのがわかりやすい。

『悪魔のいけにえ』、『13日の金曜日』、『エルム街の悪夢』という人気ホラーシリーズ。

これらは、殺人鬼が人々を追いかけ回し、登場人物たちが悲鳴を上げ、残虐に殺されていく。つまり、見える恐怖である。

ジャパニーズホラーは、見える恐怖ではない。幽霊や怨霊など、見えない恐怖である。また、直接それら幽霊や怨霊を見せるのでなく、扉がギィーと鳴る音、ポタポタと水がしたたる音で恐怖を演出する。見えない、しかし、そこにいるかもしれない、襲われるかもしれない…という恐怖なのである。

また、『死霊のはらわた』をはじめとしたスプラッターホラーは、血が大量に吹き出し、内臓がほとばしり出る、その残虐描写そのもので観客に恐怖を感じさせた。

しかし、ジャパニーズホラーにそのような残虐描写はない。『リング』の有名なラスト、貞子がテレビ画面から出てくるシーンにしても、その後真田広之が血を流して殺されるシーンはない。

恐怖の対象を見せることで恐怖を感じさせるハリウッドホラーと、恐怖の対象を見せないことで恐怖を感じさせるジャパニーズホラー。

まさに、対象を描かないことによって描くという、省略の日本文化である。

日本文化における「切なさ」

日本文化の特徴として、「省略」とともに「切なさ」を上げることができる。

象徴的なのは、千利休の『一輪の朝顔』の逸話がある。

千利休の自宅路地に咲く朝顔が見事なため、豊臣秀吉を自宅に招く。豊臣秀吉が千利休の自宅に行ってみると、朝顔は全て刈り取られていた。どうしたものかと豊臣秀吉が茶室に入ると、一輪の朝顔が飾ってあった。

路地いっぱいに咲く朝顔でなく、茶室という簡素な空間に咲く一輪の朝顔に美を見出した、千利休の美学である。

有名なゴッホの『ひまわり』と比べてみれば、一目瞭然であろう。額いっぱいに、もしくは額を打ち破ろうかというくらいに力強く描かれたゴッホのひまわりと、茶室に咲く一輪の朝顔。

ゴッホの『ひまわり』は、ひまわり自体の美しさを極限にまで引き出したといえる。千利休の『一輪の朝顔』は、朝顔自体でなく、一輪の朝顔が作り出す雰囲気、侘び、寂び、そして切なさを作り出したといえる。

朝顔が作り出す雰囲気、やはり、見えないものを描くのである。そして、描かされるのは、「切なさ」である。

日本文化は「切なさ」に美を見出した文化なのだ。

ジャパニーズホラーにおける「切なさ」

ジャパニーズホラーとハリウッドホラーの大きな違い、それは、ラストの描き方にもある。

ハリウッドホラーの場合、基本、殺人鬼を倒して終わる。つまり、ハッピーエンドである。余韻は爽快さである。

ジャパニーズホラーの場合、幽霊や怨霊と戦っていた主人公たちは、幽霊や怨霊にやられて終わる。バッドエンドである。爽快な余韻はない。余韻が残るとすれば、底知れぬ恐怖とともに、やられてしまった「切なさ」である。

ジャパニーズホラーは日本文化の結晶

『リング』『呪怨』に代表されるジャパニーズホラーは、それまでのハリウッドホラーとは異質の恐怖で、世界を驚かせ、そして、恐怖に陥れた。

現在では、ジャパニーズホラーの影響を感じるハリウッドホラーもある。

このように、ジャパニーズホラーは、日本文化からの影響を感じさせる映画である。伝統的な日本文化の真髄が結集した、現代の日本文化といえるかもしれない。

ホラーが苦手という人には、安易にジャパニーズホラーをオススメできない。何故なら、実際、怖いからだ。身の毛もよだつ恐怖とはこのことかと感じられるはずだ。

しかし、日本文化の特徴を知るという観点で、ジャパニーズホラーの世界を味わってみるのもアリなのではないかと思う。

ただし、観る際には、怖さに身体が震えることは覚悟してほしい。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?