新入社員は「メモを取るな」
子どもの頃に見て、その面白さに大興奮、今も見返す映画に『大脱走』(1963年)がある。
『大脱走』は、第二次世界大戦におけるドイツの捕虜収容所を舞台に、捕虜となった連合国軍兵士たちの脱走を描いた作品となる。
連合国軍兵士たちは、収容所から脱走するためトンネル堀りを進める。そしてドイツ軍の監視を欺くため、水道管を修理しているフリをしたり、散歩のフリをして掘った土を広場にばらまいたり、つまり、何か別の行動をしているフリをする。
このように”フリをする”というのは、脱走用トンネル堀りに限らず、普段の仕事においても感じることである。
メモを取るという仕事のフリ
業界や企業、または職種や立場によって異なると思うが、仕事について回るのが会議である。しかし、その会議自体が「仕事のフリ」の一つと思っている。
多くの会議に対して思うのは、その議題が、会議でなければならない必然性は低く、また、会議の方が効果的という合理性も低いということである。そして、電話、メール、立ち話、資料送付の方が、必然性はなくても合理性がある場合がほとんどと感じる。
そのため多くの会議は、無駄な時間を過ごすための集いであり、それと同時に、わかりやすく仕事をしているポーズになるものであり、だから「仕事のフリ」と思う。
また、そういう必然性も合理性もない会議において多いのが、参加者が随分と多く、随分と多い参加者のほとんどが発言もせず、パソコンをカタカタと打ち鳴らしている光景である。
それは議事録かメモを取っているのだと思うが、このメモを取るということもまた「仕事のフリ」と感じる。
自分も若い頃は、「メモを取れ」と言われることがあったし、会議中も会話中も何気なくメモを取ることをしていた。
しかしある時、取ったメモを見返すことはほぼない、ということに気づいた。そして、メモを取ろうとすると、相手の話を聞くことに集中するだけで、相手の話を理解することに集中できない。そのことにも気づいた。
その後は、会話中にメモを取ることを止め、会議にパソコンを持ち込むことも止めた。
メモを取ると、話を聞いた後、メモを取ることに集中する。メモを取らないと、話を聞いた後、内容を理解することに集中する。さらに、理解をもとに考察することに集中できる。それらに集中するから、勝手に記憶に残る。
メモという記憶の逃げ場を無くし、物理的にメモ帳もノートもパソコンも持たず、「記憶しなければいけない」という緊張を強いることが、こんなにも効果があるのかと驚いた。
会話や会議を終えた後、自分の記憶や考えを整理するためメモに残すことはあっても、会話/会議中のメモは、今も一切取らない。
大事なことは忘れない
数年前、『メモの魔力』をはじめ、メモに関するビジネス本がブームになった。それら幾つかの本に目を通してみたが、それでもやはり、メモを取ろうと思えることはなかった。
『メモの魔力』にしても、メモがどうこうというよりも、思考法についてむしろ書かれており、それら思考法は大昔から言われていることだったため、目新しさはなかった。読んだ感想でいうと、ファンタジー本として面白かった。
「メモの魔力」というより「メモの害悪」と思うのは、聞いたことやせっかく思考したことをメモすることで「忘れていいや」という油断を招くことだろう。
だから、メモを取るというのは忘れるための行為と思うし、だから「仕事のフリ」だと思っている。
「メモを取らない方が記憶できる」ということについては、カナダの大学が行った実験でそれは肯定されている。その実験では、トランプの神経衰弱ゲームで「メモを取る」学生と「メモを取らない」学生とに分けて、彼らが記憶した結果を比較しており、「メモを取らない」学生の方が優秀な成績だったらしい。
集中して聞き、理解して、考察していれば、重要なことは忘れない。忘れることは、忘れていいことである。
そして、忘れたことが必要になった時は、Googleに聞くか関係者に聞けば、答えは大抵すぐ手に入れられる。
新入社員への親切な言葉
『大脱走』における捕虜の連合国軍兵士たちは、最終的に数人だけが脱走に成功し、残りは銃殺されるなど脱走計画は失敗となる。
「仕事のフリ」は、いずれボロが出て失敗へと導かれるものである。そのため、いずれボロが出る行為を、希望に満ちた新入社員に薦めるのは気が引ける。
新入社員に対して「メモを取りなさい」はよく言われがちなことだが、「メモを取りなさい」というのは随分不親切と感じる。
「メモを取りなさい」というのは「話を聞いて、理解して、考察して、記憶して、メモを取る」全てを同時進行するという聖徳太子並みのスキルを新入社員に要求することになる。だから、不親切である。
新入社員に対して親切なのは「メモを取るな」だろう。補足するなら「メモは会話/会議の後で」と思う。
新入社員にとっても誰にとっても、優先事項は、メモを取ることではなく、話を聞き、理解し、そして、自分の考えを考察するということと思うからだ。
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