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コーヒー豆は誰のもの
「ほんと口だけなのよ。やるやるって言いながら結局やっぱりやらなくてもいいんじゃないかとか、あるいは私が去年作った文書をそっくりコピペして済まそうとしたりね。」
「それでどうしてやってるって思われるのかしら。」
「そこなのよ。ある意味嘘とごまかしの達人なのね。それから、周りにしてみれば、自分の敗北感や劣等感を呼び起こす出来る人間より、優越感に浸れる人間の方が安心するのよ。それが自分達に近い年齢であれば尚更ね。」
「彼、滑舌が悪過ぎて何を言ってるか分からないんだけど。」
「それがね、分からないからよくよく聞こうとすると、残念なことが分かるのよ。」
「何?」
「実は何にも言ってないの。」
「ああ。」
「そういうこと。」
「それであなたが弾かれちゃったの。出来過ぎたのね。」
「そういうことかしら。でもってすぐに仕事を装い始めたみたい。」
「装うって。」
「ある案件の状況を半年前まで巻き戻しちゃったりとか。」
「ええ?」
「フランスのカウンターパートにね、今後ジョイントステイトメントを出そうって持ちかけてたの。もちろん相手も歓迎だったし、うちと相手と両方の組織のコアメンバーになってる企業に間を取り持ってもらうところまで約束を取り付けてたの。後はこっちがステイトメントのドラフトを投げるだけ。」
「それでどうしたの。」
「そのタイミングで私が弾かれちゃったでしょ。ほら、私の原稿を某省の機関誌に剽窃した元議長を出向で引き受けたりしたし。その人定年間近で片道切符らしいわ。」
「ほんと、それ何度聞いても酷い話よね。犯罪よ。そんな人よく議長にしてたわね。」
「一から十まで私が手取り足取りだったのよ。でもね、うちの彼もおんなじようなキャラじゃない。結局私が前に作った資料や文書や意見書やメールすらパクってコピペして使うんだから。」
「まあね。類友って感じ。」
「それで話を戻すと、彼はドラフトを作れないのよ。だからフランスのカウンターパートにね、何か一緒にできることがあれば一緒にやって行きましょうってメールしたんですって。その段階は半年前に終わってるのよ。巻き戻して周りには仕事してるように見せかけながらうだうだしてるうちに、結局何もしないで終わりにしちゃうのよ。」
「そんなことで許されるの。」
「私はそうさせなかったし、その分全部自分で背負ったわよ。彼の仕事の全てもね。だからこそあんなことまで出来たのよ。」
「あれは凄かったわね。」
「でも、自分はほんと口だけなのよ。やるやるって言いながら結局やらないの。でもって言い訳して済ませちゃうのよ。」
「済まされるのねえ。」
「私は済ませてもらえなかったから死ぬ思いで倒れても倒れても倒れながら働いたでしょ。彼の場合は可哀想な感じを演出して同情を買うのよ。だってほんとに何もしてなかったの。ただ深刻な顔して画面を見てただけ。後は情報を右から左に流してただけ。一緒に働いてた私にしか分からないわよ。事情を知らない人達から見たらいつも深刻そうに遅くまで大変だねって。全然大変じゃなかったわよ。」
「ただただずるいわね。」
「もうほんとに上司に恵まれなかったわ。でもって出る杭を打たれてこのざまよ。」
「みんな衝撃受けてたわよ。そんな人事あるのかって。逆じゃないかって。」
「実はまだあるのよ。彼のずるさが。」
「まだあるの?」
「まだまだあるわよ。キリがないわ。彼、ちょうど次の人事どうするかって頃、上に自分と私の立場を変えてくれって話したらしいの。そんなこと言ったら逆効果でしょう。私に配慮した可哀想な人って同情買う作戦よ。私がそれを知ったのは内辞が出る三日前。もはや手遅れだった。」
「まったくなんて事言いやがったのかしら。」
「その前にね、私ももう自分の立場であらゆるものを背負えないから、これからは少しずつ荷物を下ろしていくので、本来あなたが背負う業務は背負っていってくれって話したの。」
「それで?」
「そしたらさっきの話よ。確信犯よね。」
「自分がまずい状況に追いやられそうになって同情を買う作戦に出たのね。」
「ちょうど組織見直しの話も出てたらしいのよね。」
「それで、元議長とちょっと抜けた彼がインしてあなたが弾かれたと。」
「それも肩書きまで奪われてね。その彼を使いたいらしいのよ。彼を雇った人達がね。でも残念ながら抜けてるのよねえ。」
「そこなのよ。意味が分からないわ。だってあなたのところもようやく人事評価で昇進判断する制度に変えたはずじゃない。あなた評価良かったでしょ。」
「上期も下期も素晴らしい評価だったわよ。それに、上にも言われたわよ。評価がすごく良いって。成果も能力も誰もが高く評価してますだって。」
「じゃあ何でそうなるのよ。完全なやっかみじゃない。」
「これは定期異動です。職制の変更はこれからも十分あり得ますだって。あるわけないじゃない。」
「てか、もはやパワハラの類じゃない?」
「この前パワハラ規定の見直しとかいう連絡が来たの。より厳しくする方向らしいわよ。それで今の規程見てみたんだけど、びっくりよ。私があの人達に呼ばれて某氏に言われたことってもろにパワハラ要件だったのよ。私も不当行為だと思ったからその場でも強く反論したんだけど、うちの彼、元上司のね、一言も反論しないのよ。」
「ああ。テレワークと言いながら働いてないとか難癖付けられてテレワーク認めないとか言われたってやつね。」
「そう。私が働いてるってことは誰より上司が分かってるはずじゃない?それなのにね。」
「つくづく酷いわね。それからその某氏、昔からあなたにネチネチ大変だったって聞いてるけど、確か少し前にセクハラだって告発されたって言ってたわよね。あなたもパワハラだって告発したら良いんじゃない?」
「もし今の在宅勤務が基本って状況が変わって、それでテレワーク認めないとか言い出したら告発するわ。」
「それにしてもほんと可哀想。何のために朝5時までオフィスで働いて、家でも働いて、倒れても働いたのかしらね。」
「ほんとに何一つ報われなかったわ。」
「それにしてもすごい成果よね。」
「ほんとにね。あれだけは自分でも誇れるわ。海外のカウンターパートにも政府にも絶賛してもらったしね。ああ、泣けて来ちゃった。でも成果主義だの評価制度だの全く意味ないわ。何にもしなかった方が安泰で必死にやった側がこうなるなんて。」
「かける言葉もないって感じよ。とか言いつつペラペラ喋ってるけどね。それで今の部署はどうよ。」
「まだ全然分からないわ。それに異動してすぐに背負うのは無理って担当を割り当てられてるし。幹事会社として会議運営してください、詳しいことは知りません、とかね。その業務一切やったことないのに。」
「あーあ。前の上司はどうしてるの?」
「口だけよ。最初はこんな処遇は意地悪にも程がある。絶対すぐに元に戻してもらいますとか言っといて、今じゃ手のひら返してるわ。ほんと人間性の問題ね。」
「つくづくご愁傷様。上司に恵まれなかったわね。」
「そうね。つくづくそう思う。実は職場でお茶を引いてた人がねえ。そういえば家じゃあ優雅にコーヒー豆引いてるらしいわよ。」
「その豆代稼いでたのは誰だって話よね。」
「そうよ。2人分の給料稼いでたようなものよ。家でのんびりコーヒー飲めるのは誰のお陰だったかって思って欲しいわ。」
「これからは苦いコーヒー飲んでもらいましょう。」
「私は美味しいコーヒー飲みたいわ。豆から引いてみようかしら。」
「自分で稼いで飲みましょうね。」
「そうね。でもそろそろ稼ぐのはやめて霞を食べて生きたいわ。」
「ダイエットね。」
「あなたってば、私ほんと好きだわ。」
「私もよ。」
End
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