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水曜日をのりこなす

 あくびを噛む朝。静かな部屋と窓の外に、カラスと野良猫くらいは鳴いていた実家の静かな朝を思う。ニュータウンと銘打って数年前から開拓されている住宅街には、おせっかい者は住みつかないらしい。換気の為にアパートの窓を少し開ける音さえも、シーッと人差し指を立てていた。
 朝食の準備をする。
 上品に沸騰するお湯と、下品に回る簡素な換気扇。
 投稿サイトで"BGM”と検索して出てきた音楽を選び、ヘッドフォンで耳の中に閉じ込めてから、トイレに向かう。素足で歩くフローリング。

 足音の無い一日のはじまり。
 窓の外は、たいして気持ちの良くない天気。
 心は平穏で良好。眠気が付きまとうのは花粉のせいだと言い聞かせると、すこしは日常の音がする。あとは、靴を履くときに感じるふくらはぎの伸びに気持ちよさを感じて、今頃になって空腹を感じ出した体の不思議に生きていることを感謝した。
 最近の靴は、どれも軽量化されていて軽い。
 アパートの駐車場に降りて、自分の車に乗り込みエンジンをかける。アイドリングしたままでは居心地が悪くなって、すぐに出発した。

 白線の内側を車が走る。住宅街から離れると、道端と視界が開けてくる。
 白線の外側には、ヘタった雑草が汚らしく生えて、そのさらに先に田畑が広がり、さらには山の裾野へと繋がっている。泥まみれの自然な緑が、大地の色を示していた。
 車の中はタイヤがアスファルトを転がる音がするばかりで、味がしない。  こんなに人生でも上位に入るほど、毎日のように聞いている音に意味がないなんて、白線の内と外では世界が違うらしい。内側で行うのは、右目の端に白い点線を見ながら左目で前方の安全を確かめる。それと同時に軽く右足を踏み込みながら両手は障害物を避けるように小さく動かしている。耳はラジオと車外の音を聞き、当然、呼吸もしながらだ。それでも退屈だと、時速40キロ以上のスピードで動く鉄の塊の中で座っている。
 環境に身を置くとは、こういう事なのだろう。退屈の中では、退屈で呼吸困難にはならなくなる。
 何も無い田んぼ道でウィンカーを出し停車し、白線の外側に立ってみた。
 足元で雑草が踏み潰される音がして、足の裏に凸凹を感じる。
 いま、深呼吸をしている。
 靴に、泥がつく。きっかけは、これだけでもいいのかもしれない。

 
 

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