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牛肉との付き合い方【うすくちラテンアメリカ_5分エッセイ no.6】

二つ歳の離れた兄が、最近ステーキに凝っている。

友達からもらったというオーストラリア製の巨大なスキレット、鉄製のフライパンのようなやつを使って、スーパーに売っている安い牛肉をいかに上手く焼くかを、毎週末研究しているらしい。元手も要らず、材料費も控えめ。というか食費。コロナ禍で外食を控えるご時世で、大変良い趣味だと自画自賛している。

さて、その牛肉。中南米にいると、日本にいるよりも遥かに牛肉と向き合う機会が多い。

取引先と会食となれば、パナマでもベネズエラでもブラジルでも、主な候補は日本食、海鮮、中華、そして牛肉だ。牛肉が選ばれた場合、ステーキハウスでワインを飲みながらとなる。

ベネズエラやアルゼンチンスタイルのステーキハウスの場合、前菜にサラダやマッシュルームのアヒージョ、アスパラのソテーなどをオーダーし、そのあとはひたすら肉だ。タルタルステーキのような変わり種もあるが、基本はステーキである。ブラジルの場合はかの有名な肉食い放題のシュハスコに行こう、ということになるのだが、シュハスコ専門店はサラダや前菜がビュッフェになっていて、肉も無尽蔵に持ってこられる。そうでなくとも肉は腹にたまるので、牛肉の会食があるときは、前日から腹のすき具合を調節する必要が生じるのである。

南米に滞在していたころ、職場の先輩が牛肉を美味しく食べる秘訣を教えてくれた。曰く、「とにかく肉を食うのに慣れること」だそうだ。日本人の体はそもそも牛肉食に合っていないそうで、牛の赤身肉は食べれば食べるほど、胃が牛肉を受け付けるようになり、食べられるキャパシティが増えていく、らしい。本当かどうかは定かではないが、少なくともその先輩は週に三日は外でステーキを食い、一緒にステーキを食いに行っても、細身の体で信じられないほど肉を食べた。

(誤解が無いように補足。週三でステーキ外食などどこのブルジョアだ、と思われるかもしれないが、安食堂の安肉なら本当に安く食えるので、下手に自炊するよりも安上がりだったりするのである)

というわけで、自炊が好きな私は週三ステーキとはいかないまでも、週に一回は外でステーキを食べる生活を一年くらい続けることになった。

ステーキの味付けは基本的に塩と胡椒。フレンチレストランだと、ジビエの肉にソースがかかっていることがあるが、南米の大衆的な肉食といえば、シンプルに焼いた肉に塩と胡椒なのだが、たまに調味料を持ち込んだ。

持ち込んだ調味料は、もちろん醤油。それに、チューブ入りのワサビ。いろいろ試してみた結果、結局わさび醤油が一番美味いという結論に至ったのである。

工夫を凝らしてステーキを頻繁に食べる生活を続けた結果、私の腹もだいぶ肉に慣れてきたようだった。単に胃が広がっただけかもしれないが、一回の食事で食べられる牛肉のグラム数は、明らかに増えていた。胃のキャパシティに余裕が出来ると、それまでより一層美味しく感じることが出来るようになった気がした。

しかし、一つ問題も発生した。

赤身肉に慣れてしまうと、帰国してから日本の焼き肉屋で食べるカルビが脂っこく感じてしまい、二、三切れでもう結構、というかそもそもカルビは結構、となってしまったのである。

牛肉の食べ方も、世界津々浦々。今度私もスキレットを買って、兄にステーキ個人授業を頼み、南米で食べたあのステーキを再現してみようかと思っている。

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