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ラテン慕情【うすくちラテンアメリカ_5分エッセイ no.2】

トランジットでマイアミに一泊することがあった。空港からシャトルバスで近くのホテルに移動したが、ホテル内にレストランが無い。夕食無しで済ますには、昼食を早くとりすぎた。ということで、ホテルの外に出て、適当な食料を探すことにした。

空港近くのエリアということもあり、近くにはホテルか倉庫のような建物しかなかったが、少し歩くと民家が並ぶエリアに着いた。アメリカらしく、平屋の一軒一軒が広い。ガソリンスタンドを通り過ぎた一角に、サンドイッチの店があった。パンと具材とソースを客に選ばせる、よくあるタイプのファストフードである。

店員は細身の黒人女性だったが、私がアジア人だからか愛想はない。私の注文を一応は聞くが、店の奥の同僚との世間話の片手間に仕事をするという感じだった。ただ、そんな彼女に私は親近感を覚えていた。話していた言葉が、スペイン語だったからである。なるほど、マイアミ、フロリダと言えば、米国内でも特にヒスパニックが多い土地。ファストフードの店員がスペイン語話者であっても、何の不思議もない。

サンドイッチが出来上がるのを待つ間、私は何気なく彼女にスペイン語で話しかけてみた。その内容はもちろん、「どこから来たの?」である。別にナンパするつもりではなく、マイアミ在住のスペイン語話者であれば、米国以外の「出身国」があるだろうと踏んだのだ。

すると彼女は急に私に笑顔を向けた。一人でふらりとやって来たアジア人がスペイン語を話すとは思わなかったのだろうか。彼女は笑顔で「ホンジュラスよ」と答えた。ホンジュラスなら私も何度か行ったことがある。「そうなんだ、僕も前にサンペドロスーラとテグシガルパとラセイバ辺りに行ったことがあるけど、あんまりゆっくり観光はしなかったんだ」と私が続けると、彼女の笑顔はより屈託のないものになった。やはり故郷の話を振られるのは嬉しいものらしい。今度はこちらがどこから来たのかを聞かれたので、今はベネズエラに住んでいることを告げると、彼女は目を丸くして、バックヤードにいる同僚に「このChino(中国人、の意)、ベネズエラから来たんだってさ!」と叫んだ。その同僚は、エルサルバドルの出身だという。

その後もサンドイッチが出来るまでしばらく和やかな中米トークが続いた。といっても数分だったが、会計を終えた私はサンドイッチとスナック菓子とペットボトルのコーラが入ったビニール袋を片手に、もう片方の手で彼女たちに手を振ると、彼女たちは最後まで笑顔で応対してくれた。

おそらく私がスペイン語で話しかけなければ、最後まで彼女らの笑顔を見ることは出来なかっただろう。私はスペイン語の母語話者ではないが、同郷のよしみのようなものが、初対面の壁をいとも簡単に乗り越えたのである。

同じようなことはヒューストンでもあった。テキサス州を代表する都市であり、マイアミほどヒスパニック人口は多くないのだろうが、それでも街中の商店でスペイン語を耳にする機会がある程度には、ラテンが共存している。

仕事の昼休み、オフィス近くのショッピングモールの地下のフードコートでハンバーガーを購入した私は、スタッフ間で行き交う言葉がスペイン語であることを確認すると、出来上がりを待つ間暇そうな店員の女性にスペイン語で声をかけてみた。すると、これまた唐突な笑顔を向けて返答してくれた。こちらの女性はメキシコ人とのことで、なるほどどことなくメキシカンな面立ちであるが、今度は私に出身地を聞くまでもなく「ベネズエラから来たんでしょ」と言ってきた。ご時世的にベネズエラ移民が多いということもあるのだろうが、私のにわかベネズエラ訛りのスペイン語が通用したということだ。ベネズエラで友人たちとバカ話に花を咲かせたのは無駄ではなかったようだ。

米国は一時期人種の坩堝などと言われたが、実情はサラダボウルだ。レタスはレタスであり、トマトはトマトであり、コーンはコーンだ。味の濃いサウザンドレッシングがかかっていても、本質はそれぞれ別である。つまり、米国社会に生きる中南米諸国出身者も、米国に完全に染まり切ることなく、ふとした瞬間に母国への慕情を垣間見せるのだ。

マイアミにいたホンジュラス出身の彼女も、ヒューストンにいたメキシコ出身の彼女も、なにかしらの事情や背景があって米国で暮らしているのだろう。彼女たちの過去にどんな苦労があり、そして今現在どんな苦労をしているのかは分からないが、スペイン語を話しながら日々逞しく生きる若者たちが、この国には大勢いる。自由の国だからこそ、バックグラウンドの違いによる社会的地位やコミュニティの違いが、不躾なまでに鮮明になるのだろう。

ちなみに、私が話しかけているのは若い女性ばかりではないかという指摘はもっともだ。これが中年オヤジだったら、私も自ら話しかけはしない。

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