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駄文:Vtuberと卒業と転生とデリカシー

今日はちょっとモヤっとしたことを書きます。
内容的に界隈的にタブーになっている、Vtuberの中の人についても触れますので、この手の話題が嫌な方はスルーして下さい。

誰かを傷つけたくて書くわけではないので、個人名等は出しません。
あと、誰かから何か指摘などいただいた際には、このnoteに関しては唐突に消すかもしれません。ご了承ください。


とりあえず、まずは現状の界隈のおさらいから書きますが。

一度誕生したVtuberがある日「引退」「転職」「独立」「廃業」等により、同じ姿で今後活動を継続しない事を選択することを、「契約解除」等トラブル発生時の一部の例外を除いて、Vtuber界隈では以前から「卒業する」と言います。

アイドル文化などから来ている呼称なのかな、と私なんかは思っているのですが、本当のところはどうなのでしょうか?よくわかりません。

ともあれ「引退」「転職」「独立」より、「卒業」という言葉の響きの方が、ファンにとってはエモーショナルに聞こえるフレーズではあります。


そしてVtuberの場合、基本的に一度「卒業」を選んだ存在が、再び元のキャラクターとしての姿で現れることは、所属企業との契約等の関係上などから、ほぼありません

なので、ファンがVtuberの「卒業」を迎える時というのは、基本的にそのキャラクターとの「永遠の別れ」を意味していました。
同じ姿で、同じ設定、同じ声を持つ存在とは二度と会えません。

推しは推せるときに推せ」というフレーズも多分ここから来ています。

もちろん「中の人」と呼ばれる演者については、別の企業所属や個人活動で別のキャラクターの姿で再びデビューする、いわゆる「転生」という工程を経て再び私たちの前に登場するという例外的手法はありましたが。

基本的にVtuberの「卒業」というイベントは、一人のアニメ的なキャラクターとしての命が終わる最後の日、という意味合いの、涙と心の喪失を演者とファンが共有する、大切な日、エモーショナルな出来事のはずでした。



そう、はずだった、のですが。

今、その「卒業」という大切な日が持つエモーショナルさは、少しずつですが失われつつあるように感じます


なぜ、そうなったのかというと。

おそらくそれは、Vtuberの市場規模が拡大し、それに合わせてVtuberの総数が増加したことにより、「卒業」と、中の人の転職による「転生」も、頻繁に発生するようになってしまったことが、そのそもそもの原因のように思われます。


先日、X(旧twitter)でこんな感じのポストを見ました。

今の新人Vtuberって、風俗の新人ぐらいガチの新人がいない

ちょっと前の話なので、どなたのポストだったか忘れてしまい、Xのリンクが貼れず申し訳ないのですが。

比喩対象はともかく一面の真実は突いているフレーズだなと感じます。
見かけた時は不謹慎ながらちょっと苦笑いしてしまったのを覚えています。


コロナ過が始まって以降、自宅への巣ごもり需要と共に伸びたVtuberのブームの中で大量に生まれたVtuber達は、そのブームに揉まれる中でそれぞれの事情で一旦「卒業」しては、今度は違う企業やプラットフォームで「新人Vtuber」として「転生」しデビューするケースが増えていきました。

(以降このnoteでは記事内で本来の「新人Vtuber」と区別するために、転生した彼らを仮に「ニセ新人Vtuber」と表記します)

そして「転生」した「ニセ新人Vtuber」達は、エモーショナルな「卒業」をした過去の世界観の維持や、旧所属先との契約の影響などによって、自分からは過去を明かしこそしませんでしたが。

しかし第三者のファン達がその過去を掘り下げることで「ニセ新人Vtuber」達には、その正体を知った以前の顧客の一部がついてくることが往々にして起こり、結果として通常の「新人Vtuber」デビューよりも数字的に良い結果を残す事例が増えていくことになりました。

逆に本当の「新人Vtuber」達は、旧来の活動から連れてきたファンの後押しなどを受け、配信内容やトーク等の配信技術の経験値でも上回る大手事務所等に「転生」した「ニセ新人Vtuber」達に勝ることが出来ず、視聴者の目に触れることなく、大半の人が消えていくことになったように思います。

もしくはこちらもまた同じく「ニセ新人Vtuber」へと「転生」することで、再起をはかる方も少なからずいらっしゃったのだろうと思います。

と、あくまで肌感で語っていますが、コロナ過の開始から終息ぐらいまでの時期でのVtuber界隈の「転生」にまつわる混沌具合は、だいたいこんな感じではなかったでしょうか。

その結果、今では『Vtuber名 中の人』『Vtuber名 前世』『Vtuber名 転生』あたりのワードで検索すると、企業所属の方の大半は割とすぐに詳細風な情報が出てくるようになりました。(あくまで”風”です)

もちろんこの状況が必ずしも悪い訳ではないのですが。

結果として、前述のポストの話ではないですが「新人Vtuber」の中に本当の「新人Vtuber」であろう人を見る機会というのは、非常に減ったように思います。


そして、コロナ過が明けて以降から現在は、と言うと。

今や「転生」をしている「ニセ新人Vtuber」が当たり前になりすぎて、もはや単純に「転生」をしただけでは、注目を集めることができない時期がやってきているのでしょうか。

今度は「ニセ新人Vtuber自身が自分は明らかに「転生」をしていて前世は「元Vtuber」である』ということを、プロモーション活動の一環として、手を変え、品を変えして、匂わせるようになってきたように思えます。

かつては、おそらく元所属会社の競業避止義務契約か何かの理由で、次の「新人Vtuber」デビューまでに6カ月程度の期間を開けるケースが多かった「転生」も、今や数日で即生まれ変わるケースや、元会社所属時の「卒業告知時点で次の転生体の作成に着手しているケースなどは増えてきていますし。

あるいは、元所属会社が倒産等でなくなってしまっていることを良いことに、旧来のVtuberが持っていたモチーフや連想させるワードの引用を行うケース、元所属事務所時に関連があった同僚や友人のインフルエンサーに宣伝や意図的な匂わせポストをしてもらうケース、などなど。

完全に「私の前世Vtuberは○○△△△です!」と堂々と名乗るVtuberこそ、まだ見たことはありませんが、もうほとんどあからさまに名乗っているに等しいムーブが最近「ニセ新人Vtuber」に非常に増えてきたように感じます。


そして、私はこの行為にちょっと、モヤっとしたものを感じています



冒頭で触れましたが、Vtuberって基本的には一人のキャラクターであったはずで、「卒業」はそのキャラクターとの永遠の別れだったはずです。

同じ姿、同じ設定、同じ声の人とはもう会えない
だから「引退」「転職」「独立」「廃業」という言葉を使わず、「卒業とエモーショナルな言葉を使って、その別れを思い出に残す

Vtuberの「卒業」とはそういう事だと私は認識していたのですが。

じゃあ、ファンがその「卒業」で涙したり、これまでを振り返って切ない気持ちになったりと、エモーショナルな雰囲気から抜け出せないでいるであろう時期に、周囲の友人やインフルエンサーを使って「実はこっちに転生してました~♪新人Vtuberで~す」をやるのは、正直いかがなものなんでしょうか?

早めに「転生」を告知したほうが新しい活動についてくるファンの数が違う、とかの理由も当然あるのだろうと思いはするのですが。

それにしてもその、まるで『友達を失って悲しんで間もない人に「似た声の新人居るけど友達になっとかない?」みたいな事を自分発信ではなくあえて周囲に言わせる行為』は、「卒業」を悲しむファンに対してはあまりにデリカシーに欠けていないでしょうか?

大々的に周囲の同僚から見送られるような配信を繰り返したVtuberの「卒業」数日後に、別れを惜しんでいたはずの推しの周囲の同僚が何故か不自然に推薦する、かつての推しと違う姿、違う設定、同じ声のVtuberに「初めまして皆さん♪」と言われたとして。

数日前に別れを惜しんだ皆さんは「ああ、あの子が生きてた、また会えてよかった」と素直に思うことが出来るのでしょうか?


ファンの俺と一緒に悲しんでたはずの推しの周囲の同僚が、何故かファンの俺より早く立ち直って新しいVtuberを薦めてくる、この不自然さ

こういう事にモヤつきを感じるのは、私だけなのでしょうか。



とはいえ、そもそも論で言えば。

転生」予定のVtuberが「卒業」するという行為については、ぶっちゃけてしまえば、従来の職場に何かしら不満や問題があるからこそ起こっている事態のはずなので、その「転生」の仕方について「ニセ新人Vtuber」側だけを問題視するのは、それもそれで違うかな、と思う部分もありはするので。

なので私としては、この機会に転生する事が確定しているVtuberさんは、せめて「卒業」ではなく、辞める時は「活動終了」とか「契約満了」とかって感じにビジネスライクに言ってもらえたら、もうちょっとモヤっとしないのかな、みたいなことを、今はなんとなく思っています。

もちろんこちらにも、「卒業」と銘打って「卒業グッズ」とかを売った方がいい、みたいな運営サイドから来る逆にビジネスライクな理由等もあったりしそうでは、あるのですけれど。


いっそのこと、こういうの転生含みの卒業は、堂々と「転生します!独立します!」みたいに名乗れる日が、そのうち来ないもんですかね。

それはそれで、情緒もへったくれもないかもしれませんが。
ただそれは少なくとも、モヤっとはしなさそうな気がします。


<2/6>コメントのご指摘を受けて一部追記修正しました


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