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映画『すばらしき世界』が問う、それぞれの人の正義

人には、それぞれの正義がある。

たとえば、私の正義は「ママの幸せが、社会の幸せになる」というものだ。ママやパパたちが少しでも楽になれるノウハウ記事を書くのが、今の私の仕事。ママが幸せなら、きっと、その子どもも、家族も、ひいては社会も幸福になるはずだと信じている。

だけど、それはあくまで私の正義であって、他の誰かの正義とはもちろん違う。子どもが欲しいのにできなかった人、いわゆる毒親と離れられなくて苦しんでいる人などからすると、ひどくきれいごとに聞こえるかもしれない。

もしも、そうした人たちが社会のマジョリティだったとするなら、私が、今やっている仕事も成立していなかったのではないか、と思う。

(ここからは、映画のネタバレ注意です)

映画『すばらしき世界』は、人生の大半を刑務所にで過ごしてきた主人公、三上正夫(役所広司)が、なんとか既存の社会でまっとうに生きようと悪戦苦闘する姿を描いた物語。

こうした設定の映画では、いかに世の中が世知辛いかにスポットが当たりがちだけど、この映画に出てくる主な登場人物は、一様にやさしい。それぞれの正義に沿って生きている人たちばかりだった。


たとえば、身元引受人の庄司勉(橋爪功)は、弁護士だし孫もいて自分の幸せだけを考えるなら、わざわざ身元引受人なんてやる必要がない。だけど、自らの正義に従ってそうしている(直接的にそう言ったわけではない)、というようなことを映画の冒頭で話していた。

市役所職員で生活保護の受付窓口を担う、井口久俊(北村有起哉)もそう。なんとかまっとうに生きようとする三上に肩入れして、職務を超えて手を差し伸べようとする。淡々と仕事をこなしているだけに見えても、そこには、井口という人が、この仕事を続ける上での正義が垣間見えるような気がした。

最初は偏見から、三上を万引き犯と間違えたけれど、のちのち、再起するためのお金を貸すとまで言った近所のスーパーの店長、松本良介(六角精児)もそうだ。不器用にも自分の正義を貫いて生きていくことしかできない三上に、自分たちにはない魅力を感じていたのも確かにあったと思う。だけど、決してそれだけではないと思うのだ。


登場人物たちの温かな対応に、前半からぐっときて涙が浮かんだ。だけど、そこでふと我に返る。「もしも、自分だったら? この場にいたとして、 元殺人犯の三上のような人物に、果たしてこの人物たちのようにやさしくできるだろうか?」。

スクープを狙って三上に近づく、テレビ局で働く吉澤遥(長澤まさみ)と、小説家を目指す元テレビマンの津乃田龍太郎(仲野太賀)のやりとりが刺さる。

チンピラに絡まれたサラリーマンを救ったとき、初めて三上が見せた殺人犯たる姿。それを見て逃げ出した津乃田に、吉澤がこう言い放った。

「カメラを握ることも、止めに入ることもできないお前が、一番卑怯だ」(かなりの意訳)

吉澤の言葉は、津乃田に向けられていながら、実際には、見ているこちらに強く問いかける。傍観者でしかなかった私と、映画の中の登場人物たちの距離感も、この言葉で微妙に変わってくる。三上を生きづらくしている「社会の目」が、自分の目そのままだと気づかされるからだ。

そう。私は、最初から三上を、高みから見下ろしていた。

冒頭から、「どうせ、またこういう人間は同じように犯罪を繰り返して戻ってくるんだろう」と思っていた。三上が何かを起こすたびに「やっぱりな」と、心のどこかで思った。自分はこの映画に出てくる温かな人たちのようにはなれないけれど、そうした人たちの期待を裏切ることは許さないとばかりに、終始、危なっかしい三上の行動に肝を冷やしていた。

唯一の救いは、「社会の正義」を三上に問いていた津乃田が、吉澤とのやりとりでカメラを置くことを決め、次第に、殺人犯としてではなく、三上自身を「理解」しようとし始めたことだ。津乃田に自分を投影していた。だから、生身の三上に向き合い始めた津乃田の変化が嬉しかった。自分も少しだけ、許されたような気がした。

正義とは、それぞれの人の、正しい、正しくないという価値観に裏付けられているのだと思う。正しさとは何か? 社会で生きていくということは、どういうことか? 私たちは、何かを得る代償として、何かを失っているのではないか? それは、理解を示すことなく三上のような人間に冷たい視線を投げつける私のような人間にとっては、気づくだけで痛みを伴う。

映画を観た、というよりは強烈な体験だった。

この物語は、コルクラボマンガ専科で学んだ「売れるストーリーの型」でいうと、再生型シンデレラに当てはまる映画なのだと思う。

すばらしい役者さんや音楽が欠かせない中で作られたこうした映画を見るたび、それらのない漫画で表現するということが、どれほど途方もないことなのかと思って気が遠くなる。さて、さて。





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