渇いた夏
夏は好きではありません。
昔っから。
でも 夏と一緒にくる 不思議な
ボヤけた気の遠くなるような体感は
嫌いじゃなくて
中学生くらいから
(なにかが憂鬱)
(疲れたー)
「こども」のときは 感じなかったもの。
病気とかじゃなくて
たぶん思春期独特の。
今日も 友達とつられ笑いで
何がおかしかったのかわからないけど
箸が転んでも
おかしい年頃という言葉の如く笑った
やりたいことだらけだ。
まだ世間知らずで
莫大な夢も抱いてる
なのに
ふと
連れていかれそうになる
さみしさ、悲しさ と感じるまでには
大きくない何か
全部 放り投げちゃいたい。
友達や仲間といる自分も本当の自分
自分の中で しまっておきたい
なにか。
夏はたくさんの命が おちてしまった季節だからなのかなぁ
今より もっと感覚的に 感じた
今は もう少し 具現化する術を持っていて
特に大きな悲しみや
怒りや
抱えきれないほどの何かは
抱いていなくて
割と平穏
溶けるような暑さ
うっすらとした眠気
周りをちょこちょことしていてくれる
猫たち
このふわふわで柔らかで 鼓動があって
性格や うったえてくれることがあって
それを形成する全部が
とても愛しくて。
希死念慮とは
別なもの。
このままうとうとして
このまま目が覚めないのも
いいなぁ
悪くない、や愛しさのかたまりと
淡々としてるから
少し こわいと思われるようなのかなぁ
まぁ いいか
だってそんな気持ちなんだ。
振り返ったら 影がのびた
よく聴いていたなぁ。
日が暮れた頃には
日常に戻る
それまでの
うっすら眠い中の
もうひとつの眠り