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ビール一杯飲めない下戸が、誰より良い酒を飲む夜は

下戸はいい時間を過ごせないのか


下戸は文学から排斥される
エモくないからだ

この「いい時間とお酒」というお題も、いかにも酒好きしか書くことを許されない特権がにじみ出ているように思い、下戸の私は反骨の意味を込めて筆をとっている。

最近「下戸は文学から排斥されているなあ」と感じたのは、山本素童『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』だ。

面白い作品だが、セックスを愛するからこそ私は何一つ共感できなかった。そもそも、私はいまや外国人観光客で溢れるゴールデン街を素通りしてホテル街に突っ込む人間なので、残念ながら酒とゴールデン街とセックスという題材の取り合わせ自体がそんなに「エモくない……」と思ってしまった。

そもそも論として「アルコールを入れたら男性器の性機能が落ちるのに、何故男性はおたがいアルコールを入れた状態で他人をセックスに誘うのだろう」という疑問が、私はずっと抜けていない。
むしろ私は本当にセックスを楽しみたい相手には「この後勃たなかったら困るので今日は飲まないでくださいよ」と毎度釘を刺しているから、なおのこと。

どんな酒好きの男性でも、そう言われて尚食事中の酒に手を出す人間は今まで一人もいなかった。
アルコールの快楽は、所詮その先のセックスには勝てない。

くわえて、私はたいへんな下戸だ。
ワインも日本酒もウイスキーも焼酎も等しく消毒液の味にしか感じられない私に酒を飲ませて、いったい何を引き出したいのか。どこに連れ出したいのか。

というわけで、私はあまり他人と酒を飲まない。
だが下戸とはいえど、甘い酒なら一杯は飲める。
カルーアミルク、キューバリブレ、アマレットジンジャー。この辺(しかも案外度数が高い)にどれほど助けられてきたか。

そして私は最近、ようやく一人での外飲みを覚えた。理由は簡単、飲みたいと思える日が出来たからだ。――贔屓球団が勝った夜だ

去年元恋人に連れていかれるまで、スポーツバーとは全く縁がなかった。なんだか怖いし、飲めないし。贔屓の試合なら家で見られるし。
ただ、今年になってヤクルトに加えて広島東洋カープという放映権の制約を抱えた球団を応援することになり、事情は変わった。贔屓の試合が家で見られないなら、スポーツバーか球場で見るしかない。

とはいえ、結局私は「酒を飲む快感」がいまだに全くわからない。わかるのはただ、「飲酒する雰囲気を味わっている」ことだけだ。

勝つまでは飲まない

だからこそ、私の掟は「勝つまで飲まない」ことだ。試合中はフードやソフトドリンクを頻繁に注文することで「下戸として」貢献している。
どうせ酒に弱いのだから、飲むなら気持ちいい日が良い。気持ちいい日に飲むことで、酒とはおいしいものなのだと少しずつ体に覚えさせてゆく。

山田哲人がお立ち台に立ったのを見届けた夜に、神宮前のHUBで阪神の首位争いを見届けた日。「ヤクルトファン以外は入りにくい」と噂の店舗だったし、店員はスワローズのユニフォームを着ていたが、意外に阪神ファンが中継を見ていたのに驚いた。飲んだのは確か紅茶メインのHUBオリジナルカクテルだ。

カープ戦をお好み焼き屋で見ていたら、末包が満塁ホームランを打って、店内の皆が絶好調で「宮島さん」を歌い始めた日。飲んだのは……いや、飲んでない。この日は引き分けている

CS1st1回戦マツダスタジアムで11回延長の末に秋山がサヨナラヒットを打った日。
広島駅までの帰り道「球場で泣いたのは廣瀬の引退試合以来」と語るおじいさんと話した後、駅中で海鮮丼を一人で食べて、廿日市市の果実酒「白いラ・フランス」をロックで一気飲みした日。この日が一年で一番おいしい酒が飲めたが、きっと酒自体のおいしさだけではなかっただろう。……あまりにおいしかったので白いラ・フランスは後日取り寄せたが。


球場で酒が飲めたらもっと気持ちよかったのに、と思う日は多々ある。
私だって本当はつば九郎のようにるーびーをかっ食らいたい。


しかし、下戸は酒が飲めない体質の代わりに、球場で最後の一球まで集中して試合を見る使命を課せられているのだ。
なんとまじめな生き物だろう。
いや……というか、なんと悲しい生き物だろう。
私は体質としてペンギンにすら負けている。

わたしが酒を飲まなくても、いい時間

ほかに印象深かったのは、高校野球神奈川県大会準々決勝、横浜高校-相洋の試合だ。
早起きしてハマスタに赴き、ネット裏最前で試合を見ていたら、隣でスコアブックをつけているおじさんのビールカップが目に留まり、つい話しかけてしまった。

「それ、神宮のビールカップですよね」

聞くと普段は神宮球場で六大学野球を見ていて、ビールカップは洗って使いまわしているのだという。きわめてSDGs的だ。
私も早稲田でして、早慶戦は行くんですけどもと話したら、おじさんは「子供の頃に江川の衝撃で法政が好きになって、そのまま法政を目指した」という生粋の法政ガチ勢で、そのまま話が弾んでいろいろ教えてもらった。

横浜高校の応援は大学野球方式で、しかも法政仕込み。
神奈川は昔は大学野球が人気で、というのもtvkが週末ずっと大学野球の中継を行っていたから。今はすっかり競馬中継しかやらないけれども。
そして、おじさんも私も「慶應高校以外どこが上がってもいい」というタイプ(聞くまでもない)。

ビールを何杯も空けるおじさんは「朝から酔って試合もそんなにちゃんと見られてないんだけどね」と笑いつつ、見逃した場面でストライクかボールかなどを私に聞いて、最終的にスコアをつけるのが共同作業のようになっていた。
下戸とは結局そういう定めである。ただ、それも悪くはない。

試合は横浜高校が勝った。
今年の西武のドラフト3位、横浜高校の不動のエース杉山遙希選手が高校野球で勝利したのは、この試合が最後だった。

おじさんとは「早法戦でまたそのうち」と言って別れた。
お互い名前も知らない。顔も覚えていない。連絡先も交換しない。
野球好き同士は、どうせ球場でまた会えるのだ。

おじさんはたぶん、空のビールカップを持って神宮に来てくれるはずだし。

#いい時間とお酒

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