エメラルド色のまどろみ

こんばんは。また長めに更新が空きました。

年が変わりましたね。

私にとっての2020→2021は、12月じゃなくて1月にありました。2020年下半期のしいたけ占いでおうし座は「ここ3年くらい取り組んでいたことに区切りがつく」って書いてあって、もしかして〜っていう希望にしていたんだけど、ちゃんと・・・ちゃんと??占いの通りになりました。

その日を迎えるまでは、それを境に見える景色も自分の気持ちもガラッと変わるだろうって思ってたんだけど、そうでもないんです。ハタチになったからって急に大人になるわけじゃなかったし。人生は積み重ねだし、グラデーションになっているんだろうね。

ただ、2020年は社会的にも空白の一年と言われることが多かったけど、私としても息を潜めて自分の存在を隠すことに注力した一年だったな。

今までの人生で一番大きなズッコケをした自分をどうにか受け入れるために社会から自分を忘れてもらうことが必要だと思ったんだろうな。

もう少し若い頃は理想の人間像があって、それにそぐわない自分の現状は削り落とそうとする考え方だったけど、それだけだとどうにも立ち行かなくなっちゃうこともある。浮きも沈みも全て一旦自分ごととして付き合うことの方が大事なのかなと思っている。

現状をそのまま受け入れてみる、といえば、自分のこともそうだけど周りのことも同じところがあるんでしょう。

私という人間は、友だちや恋人みたいな存在との関係を定期的に持て余してしまう。最近もそうなった挙句に母親に吐き出す羽目になったんだけど、母親には「子供っぽい悩みね」と、鼻であしらわれてしまった。そうなのかなあ・・・

母親はなんでも勝ち負けに引きつけるくせがあるし、母親という目線からというのもあるけど、ことあるごとに自分を優先する人間になれ、とか、都合のいい言動をするな、と言ってくる。

そういう駆け引きみたいなのって疲れるよね。私としては会う、とか話す、とかの結果の方が大事だし、なんかせっかちなので相手に合わせる方が楽だと思ってる。だけど、合わせに合わせた結果、定期的に関係性を持て余しちゃってるんだから、ちょっと不健全なのかもしれないね。

会えなきゃ友達じゃない、とか深いところを打ち明け合わなきゃ友達じゃない、とかそういうものでもないんだろう。私にとっても、友達にとってもそういう線引きが必要なライフステージに来てるんだろう。

仲良くできるときに仲良くすればいいし、難しいときはそっと遠ざかってもいいし。そうやって細く長くいろんな関係性をマネージメントしていくことが今後の人生には必要なのかも。

理想や理屈の世界には0-100が存在するけど、私が生きていくのは現実だから。

極端な衝動に身を任せるのはやめて、自分のことは自分で満たす。自分の機嫌は自分でとる。

そういう風に毎日を積み重ねていけるようにすることが、自分を大事にすることだと信じて。


明日は朝風呂にしよっかな〜

おやすみなさい。

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