我的中文是…(誰のための中文?)
こんにちは、Mikiです。
自己紹介はこちらから。
今回は私の第二言語(≠第二外国語)「中文」について考えていきたいと思います。
家族のための中文
台湾人の母を持つ私にとって、中文は生まれた時から周りで飛び交ってきた言語です。ただ、幼少期からずっと日本で暮らしているので母語は日本語。幼小中大も全部日本にある日本の日本語での教育でした。このような環境下で何もしなかったらバイリンガルになんてなれません。
そんな私が中文を”勉強“しようとした最初のきっかけは、母でした。母は日本語ペラペラですが、もし母が万が一病気や不慮の事故などによって母語の中文しか話せなくなってしまったら…!そのとき私は母と話せなくなってしまう!そんな想いから、母に中文を話してもらうように頼みます(詳しくはこちら)。
母と中文で話せるようになると、今度は台湾の親戚と話すのも楽しくなっていきます。それまでは必要なところだけ母に通訳してもらい、ほかは身振り手振りが基本だったのが、自分から話し、冗談を言って笑わせたり、いとこ達とだけで夜市に行ったり、ということができるようになっていきました。
また、(母方の)祖母は日本語ペラペラですが、祖父は日本語を話せないので祖父と中文で話すのも大好きでした。私が中文を話せるようになるたびに、中文上手くなったね!今言ったことも聞き取れるのすごいね!とすごく嬉しそうにしていたのを覚えています。
そう、私にとっての中文は、母をはじめ家族のためのものだったのです。
鏡映しの存在Yと話すための中文
家族の次に出会ったのは鏡映しの存在Y(詳しくはこちら)。Yは日本人の母と台湾人の父をもつ台湾育ちの同い年です。Yとは地球一周の船旅で出会ったので一緒に過ごした期間自体は約100日にすぎませんが、Yと出会い、語り合い、中文教室をし、一緒に過ごした日々は今でもかけがえのないものです。
Yは日本語がペラペラですが、母語は中文。中文のほうが表現しやすい場合も多いです。出会った当初は日本語が多かったですが、徐々に中文で話すことが増えていきました。今思うと、簡単な単語にしたり表現を説明的に置き換えたりYはものすごく手加減(?)してくれていたと思いますが、それでもYと中文で話せることは自信になりました。それに加えてYとする中文の会話は心地良く、日本語では照れ臭くて言えないようなことも中文だと素直に出てくるのでした。
誰かのための中文
そう、中文はいつも誰かのためのものでした。
誰かのための言語を否定するつもりはありません。
恋人は英語しか話せない
推しの韓国語を理解したい
これらも立派な動機です。
でもそれは、回り回って自分のためだと思うのです。
恋人と話せて嬉しい
推しを愛でるのが尊い
もちろん私も最初は、誰かのため=自分のためでした。
中文を話すと母や親戚が喜んでくれて私は嬉しい、
Yと中文で話すと私は素直になれて心地が良い、
そう、思っていました。
でもいつからかそれは、
中文を話さないと母や親戚が悲しむ
うまく中文にならないとYに伝わらない
といったプレッシャーになっていたのです。
私は”誰かのため“に疲れてしまいました。
祖父母は他界してしまったし、
Yとは船旅が終わってからたくさんのことがあって疎遠になってしまったし、
親戚とはコロナで全然会えないし、
母と子ですもの、反抗期だってあります。
中文を話したら母に発音を直されるかもしれない。それは嫌だから日本語で話そうと思うことも増えました。
韓国語のほうが楽しいというのもちょっとあります笑笑(詳しくはこちら)
また自分のために使えるように
だから、中文をやらなきゃいけないと思ううちはお休みしようと思ったのです。
中文を嫌いにならないように、
母や親戚や友人と話したくないと思ってしまわないように、
あくまでも“やりたいからやる”
楽しくなくなったら中断する
と決めて、意識的に距離を取っています。
絵本が一人で読めて嬉しかったあの気持ちを
知らなかったことを初めて知ったあの喜びを
忘れたくないのです。
自分のために使えるようになるその時まで、
自分がただ話したいと思えるようになるまで、
もう少し。
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