パスタはおやすみ

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最近の記事

2024/04/17

先月の残業時間は60時間だった。 もっと大変な人に鼻で笑われるかもしれないが、心身ともに限界が近づいている気がする。 特に精神が無の境地に達しつつある。 こんなに頑張っているのに、こんなに辛いのに、という気持ちは芽生えた瞬間から摘み取らなければならない。 間接的に他者の力を借りることはできても、真に自分を救うことはできるのは自分自身だけなのだから、誰かに分かってもらいたいとか、労わってほしいとかいう気持ちは抱くだけ無駄なのだ。 毎朝、がんばれ、がんばれと一人自分を鼓舞して

    • 2024/03/20

      自分を大切にするのをやめた。 ついこの間までは頭の中でザコシを暴れ回せないと耐えられないぐらいイライラすることが多かったが、これを意識し始めてからそういうことはめっきりなくなった。 「こんなに頑張ってるのに」とか「こんなに忙しいのに」というマイナスの感情は、まず主語が自分にある。自分の身を第一優先に挙げるから、相手や環境に対するイライラや不満が溜まってしまうのだ。 自分がどれだけ頑張っているかとか、どれだけ忙しいかとか、どれだけ苦しいか悲しいかなんて、他者にとっては無用の長

      • 犬と猫の思い出

        ちょっと前に友達の家に行って、猫と触れ合わせてもらった。 猫を飼っている友達の家に上がるのは初めてで、自由気ままに家中を駆け巡ったり徘徊したり眠ったりする様を見て非常に癒された。 好奇心旺盛な子で、初対面だったけどしばらくしてから差し出した手に顔を擦り付けてくれた。 仕事中に気持ちが折れそうになった時、頭の引き出しからその記憶を取り出すことでなんとか心を保てている。 そのことで、受験期に出会った名前も知らない黒くて可愛いトイプードルに触らせてもらったことを思い出した。

        • 2024/03/13

          電車に乗っているとマナーの悪い客に暴言を吐いたり手を出す妄想をしてしまう。なんとか繋ぎ止めている理性の糸が千切れたら、いつか本当にやってしまうかもしれない。 そうなると人に危害を加えることになるのでその前に食い止められるのが理想だが、どうにもこうにも今積もっている鬱憤を払う方法がない。 誰かに弱音を吐いたりすればいいんだろうけど、話せるような人は限られているために聞き手に負荷を与えてしまいがちで、なるべく一人でなんとかできるほうがいいに決まってる。 でも結局一人ではなんともで

          2024/03/06

          どちらかというとあまり怒らないタイプであるとなんとなく自認している。内心怒り狂っていることは多々あるが、対外的に怒りを剥き出しにして反論したり怒鳴ったりすることはよほどのことは がなければほとんどない。 これには2つ理由がある。こういう書き出しをしておきながらだが、全くかっこいい理由ではない。 1つは「激情している人が噛んだらめちゃくちゃダサいから」である。 大昔に父親が何かに対して怒鳴っていた時に、思いっきり噛んでしまったことがあった。 通常なら噛んでしまった時はその場

          2024/03/04

          文章を書いてたのに誤作動で消えてしまった。何もかものやる気がなくなりそうになる。 明日出勤するのが憂鬱だ。長く勤めている人の転職が決まったから。 人手不足でもなんとかできることは知っているけど、待っている未来は光の見えないトンネルの中のように暗く、重い。 辞める人の悪口を書きかけて消した。そんなことを書いてしまった日には好きな人たちに嫌われてしまう。他者に自制心を委ねる自分が嫌だ。 「前向きでなければならない」から「前向きでありたい」と思えるようになったけど、後ろ向きな感