2024年 ー母親を10年やってみて思うことー
母親になって10年経ったので、子供の成長ではなく、私自身の成長について振り返ってみました。
※2024年1月23日に5周年を迎える母親アップデートコミュニティ(HUC)『5周年祭カウントダウンカレンダー』に賛同しての記事です。
幸福とアイデンティティの上書きの葛藤
10年前の2014年4月某日、母子手帳の記録を見返すと”22時間15分”の分娩時間を経て、私は母親になった。
確かに妊娠期間の10か月で母親になる準備として、体質や嗜好が変わり、お腹が大きくなり、体は新しい命を迎える仕様に変化していったかもしれない。
でも、内面は全くそうなっていなかったと今振り返って思う。
体は変化するけれど、心は?
産休に入る直前まで、週末婚だった当時の私は一人、東京で暮らしていた。毎朝通勤ラッシュにもまれ、仕事も小さなチームを率いながら、かなり重たい案件を抱えており、帰宅時間も遅かった。栄養取らなきゃと思いつつ、デスクで野菜ジュースを片手にコンビニおにぎりをかじる日々。
そんな状況から脱するがごとくの初めての産休はまるで人生の夏休み気分!
仕事から解放され、やっと週末婚が解消されるということに加え、新しい家族を迎えるための準備に私は心躍らせて過ごしていた。
「私」が人生の主役ではなくなった時
全ての時間と労力を自分のために全振りしていた自分のもとに、突如現れた生命体。
いやいや、突如じゃないけど(笑)
と自分に突っ込みつつ、心の準備という意味では、生まれたばかりの頼りなさの塊を前に、全くどうしていいか分からない私がいた…
それから、ほぼ全ての時間と労力を子供のために使うという日常が始まり、「私」は自分のために存在する自分ではなくなったと感じるようになっていた。
お風呂上りに髪を乾かす時間も無駄に思えて、産後3か月目に初めて娘を数時間母に預けて、美容院に行った時の緊張感は今でも覚えている。
ずっと長かった髪を一度も似合いそうだと思ったことがないベリーショートに変えた。
よだれまみれになっても気にしないように、洋服もカジュアルになり、ヒールのある靴を履くのをやめた。
娘が引っ張るといけないので、ネックレスを外し、ピアスもスタッズしかつけなくなった。
そして子連れで外出すれば、名前も「○○ちゃんママ」、「奥さん」と呼称も変わった。
娘は愛おしい。
けれども、「私」って何だろう。
数か月たつと、そんな消えない気持ちが積もっていた。
焦りと苛立ちからの気づき
当たり前のように人生の主役だった「私」が消えて、自分以外の誰かが全ての判断軸になった「私」不在の毎日に私は焦燥感を感じていた。
横目には、楽しそうにキラキラした毎日を送っているように見えるその他大勢の「私」が発信する情報が流れ込む。
私は娘の平和な寝顔の横で一人で苛立ち、嫉妬していた。
傍から見れば、仕事でも私生活でも望んでいたことが実現した人に映ったであろう「私」という人物は、この時人生で一番沈んでいたかもしれない。
多くの人はなぜ?と思うかもしれないが、幼い子を遺して…という誰かの悲しいニュースも他人事ではなかったかもしれない。
もちろん私もそれまでの人生にいくらでも大変なことはあった。
いじめられたり、恥をかいたり、結婚がうまくいかなくなったり、多分その都度人生のどん底を味わっていたはずだけれど、この時の沈み方は全く違う質感のものだった。
そうだ。
ここには「悪者」にできる対象がないのだ。
いじめっ子、理不尽な仕事、上手くいかなくなった関係、これまでの困難は全て感情をぶつける対象があり、同情してくれる誰かもいたけれど、今このどん底に責めるべき相手もいなければ同情を誘う要素もない。
「私」を失ったという感覚から脱するために必要なのは、私自身の「個」の再構築。
要は、何かを踏み台にするのではなく私自身で浮上するしかないテーマだったのだ。
もう一度自分を生き直す時間
この深海に沈んだ私を引き上げてくれたのがコーチングだった。
私がどのようにして暗い海の底から戻って来られたか、については長い話になるので、ここでは結論だけお話しさせていただきたいと思う。
本当の「私」とは
こっぱずかしい内面を晒すと、母親になり瞬間的に外界から切り離されたとたんに私は何を目標にしていいのかが分からなくなった。
これには私の根深い過去の経験が紐づいているので、全ての人がそうだとは思わないけれど、外的評価がなくなったことでそれに依存していた私は拠り所を失ってしまったのだ。
そんな時にコーチングを受けて、自分の人生を生きている、私らしく生きている、と感じていた母親になる前の私こそ、他人の設定した基準に乗っ取られて実は「私」を生きていなかったのだという事実に気づき、「成長」という言葉の意味について改めて考えることができた。
誰かがいいといった学校や会社に入り、雑誌に載っている流行りの服装を纏い、話題の場所に出向き、何かの資格を取り、社会的なステイタスで無意識に良し悪しを振り分ける。
それはまるでショーケースのように誰かに認められるための自分を生きていたということ。
だからこそ、母親になり誰からも認められない・何者でもない自分に価値を感じられず、自分が許せないという感情に陥っていた正体だったのだ。
もちろん人間は社会的な動物であり、他者からの承認は本能的に求めてしまうものなのだと思う。
ただ、今の時代はSNSなどその欲求が暴走してしまう環境に私たちは暮らしている。
自分には到底及ばない才能や魅力を持った人たちに囲まれていると錯覚し、自分には何の価値もないことがバレないように必死に背伸びをしている、安易な承認欲求モンスターになってしまっていないだろうか?
もちろん努力して勝ち取った能力や成果は誇っていいと思う。ただ、それは私という存在(Being)に対しての評価と混同してはならないはずだ。
魂が成長すること
この気づきからさらに、自分のあり方と成長について考えた時、『西の魔女が死んだ』という小説の一節を紹介したい。
ネタバレすると申し訳ないので詳細は割愛するが、物語は中学生の女の子がいじめで不登校になり、母方の祖母(西の魔女)の家でしばらく暮らすことになり、そこで「魔女になるための修行」としての日々を送るというお話。
魔女になるための基礎トレーニングは、早寝早起きなど当たり前の規則正しい生活習慣。
ただ、一番大切なのは自分で決めたことをやり遂げる意志の力だと教えられる。
修行生活での様々な体験を通じ、生きることや死について西の魔女が語る場面がある。
そして、西の魔女は魂の成長には体験こそが不可欠だと説く。
人はどんなにお腹が空いていても、一定量を越えればもう食べられないけれど、幸い体験は違う。
同じ24時間を過ごしている中で、何万という瞬間があり、数千の体験をしている。
呼吸一つ然り、目線一つ然り。
それに気づくかどうかで、体験の量は恐ろしく変化するのではないだろうか。
2024年、自分一人では到底体験できなかった体験と感情を日々もたらしてくれる娘が私のところに生まれて来てくれて10年が経つ。
私の魂は今ビッグチャンスの渦中にいる。
娘たちと一緒に過ごす日常は、誰かから評価を受けて称賛されるものではないかもしれない。
ただ、一日の終わりに自分の半径5メートル以内の人間関係に感謝して眠りにつける日々を積み重ねることの意味に気づけたことで、人生のスパイスとして日常に味わいが生まれた。
目に見えることを追い求めるのではなく、毎日自己ベストの更新の集積が起こす変化で魂を成長させる過程にいるのだと今ならば思える。
だからこそ、私は何度生まれ変わっても母親になりたいと思うのだ。
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