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人とのつながりを実感し自由になれる拠点を目指して | LAC田川コミュニティマネージャー・樋口聖典さんインタビュー|


新しく「LivingAnywhere Commons(以下、LAC)」の拠点となった福岡県田川市にある「いいかねPalette」は、旧猪位金小学校を改装して作られた「泊まれる学校」です。

豊かな自然の中にありのどかな時間を過ごせる拠点には、楽器やマイク、スタジオなど音楽制作に必要な機材やシステムがすべてそろっています。

この小学校は、田川市が音楽をキーワードに田川を盛り上げる場所として、企画運営してくれる会社を公募していた場所。そこに応募したのが、樋口聖典さんが代表を務める「株式会社BOOK」でした。

この場所でLACのコミュニティマネージャーを務める樋口聖典さんに、拠点ができたきっかけや魅力についてお話しをお伺いしました。

LAC田川拠点である「いいかねPalette」でコミュニティマネージャーを務める樋口聖典さん

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――樋口さんはこれまでどのような経歴を歩んでこられたのでしょうか。

僕は田川市の隣町である川崎町出身で、中学時代に猪位金地区に引っ越し、高校時代までを田川で過ごしました。大学は当時の九州芸術工科大学の芸術工学部音響設計学科に通っていて、大学院までいきました。大学院卒業後は就職せずにWeb制作会社で契約社員として働きながらプロを目指してバンド活動をしていました。ですがその途中で精神を病んでしまって、社会の中で普通に働くことができなくなってしまったんです。

仕事もバンド活動も辞めてしまってからは、東京に出て音楽制作の仕事を始めました。最初はフリーランスで仕事をしていたのですが、なんとか食べていけるくらい仕事をいただけるようになってきた頃に吉本の養成所であるNSCに入りました。吉本でお笑いをやりつつ、フリーで音楽制作をやって生計を立てるという生活を続けていたところ、音楽制作が忙しくなってきて……。

そこで当時田川に住んでいた弟を東京に呼び寄せて「株式会社オフィス樋口」という会社を2011年に起業。広告音楽をメインに、スタジオを立てたりしながらイケイケでやってたんです。有名な作品でいうとお笑い芸人の「COWCOW」さんの「あたりまえ体操」の音楽とか。実はあれを作って歌っているのは僕の弟なんです。

――そうなんですか!?当時よくテレビで観ていました!

「いいかねPalette」ができるまで

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――その後どのような経緯で「いいかねPalette」の立ち上げに携わることとなったのでしょうか?

その時田川市が、廃校になった猪位金小学校の運営会社を募集していました。そこで僕の高校時代の同級生と二人で共同代表として会社を作ってその公募に応募したら、ありがたいことに応募に通って、この「いいかねPalette」を立ち上げることになったんです。

――ここの拠点では一つ「音楽」というのがキーワードになっていると思うのですが、それはやはり樋口さんが音楽をされていたことが理由でしょうか?

「音楽」というキーワードは田川市から出ていました。それがきっかけで田川で音楽をキーワードにこういった場所を作ろうとスタートしたんです。

実は当時の僕は精神が不安定で、音楽制作をしていた頃も鬱になって治ってを繰り返していました。音楽制作を辞めようと思っていても、それを辞めてしまうと食いぶちがなくなってしまうし……。音楽を辞めることで自分のアイデンティティを喪失するような危機感があって、ずっと辞めれずにいたんですね。

その時にちょうど田川市からこういった公募が出たことで、今まで培ってきたものを活かしていろいろなことができるかもしれないと思いました。

まずは自分ができる領域からということで、自分がずっと培ってきた音楽を活かして田川を盛り上げていこうと思っています。

場所としてのプラットフォームでつながりを形成する

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――LAC田川拠点である「いいかねPalette」が目標としていることはどのようなことなのでしょうか。

この施設は田川を音楽で盛り上げることを目標としているのですが、もっと根本的な部分には「いいかねPalette」を運営する株式会社BOOKとしての会社の理念があります。

その理念が、「どこでもできる世界をつくる」、「なんでもできる世界をつくる」、「だれでもできる世界をつくる」の3つです。つまり、どこでも、なんでも、だれでも、場所に関係なく、人に関係なく、どんなことでもできる。そんな自由な世界を作りたいと思っているんです。

実際に僕自身がこれまで生きてきた経験の中で、金銭面だったり、人間関係だったり、自分自身でマインドブロックをかけてたりとか、いろいろな理由でやりたいのにできないことや、やりたいとすら思えないことがかなりありました。この施設はあらゆるできない理由から自由になれるような場所にしよう、ということで作り始めました。

――この場所が「できない理由から自由になれる場所」になるために、具体的にどのような場所づくりを目指していますか。

例えばここって、団体が泊まれるのでスポーツ合宿で来る人もいるんですよ。ほかにも学校で肝試しをしようと思って来ている人や、真剣に音楽制作をやっている人、IT起業の開発合宿で利用されることもあります。
地元の人も卓球部の生徒が練習に来ますし、おばあちゃんやおじいちゃんたちが認知症予防に寄合として使ってもいます。

それだけじゃなくて、テナントとしてふすま屋が入っていたり、探偵がいたり、カメラマンがいたり、プールでめだかを売っていたり……。本当にいろいろな人が、いろいろな関わり方で、日々いろいろなことが起きているんです。

まさにそれこそが小さな世界で、いろんな人から刺激をもらったり与えたりして、そこから新しい発想が生まれたり、自分一人ではできないと思っていたことが「この人と一緒ならできる!」となったり。そこにコミュニティの中から生まれる「自由」があると思うんです。

僕はこれが本当の意味でのプラットフォームではないかと思っていますし、「場所としてのプラットフォームを作りたい」という想いがあります。

「いいかねPalette」がこれから目指す姿

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――これからも今のようにたくさんの人が来てくれることを目標の一つにしているのでしょうか。

そうですね。これからもいろいろな人を誘致したり、口コミで来てもらったりしながらプラットフォームを広げていきたいです。この場所にいろいろな立場の人がいて、小さな世界が形成されているとお伝えしましたが、プラットフォームを広げることでより自由な世界になっていくのではと期待しています。

今の地球がそうであるように、「一定のルールや条件だけを設定してそれ以外を意図的に操作せずにいるとどのような化学反応が起こるのか」、その結果がどうなるのかに注目したいと思っています。

――偶発性を大切にしたいということでしょうか。

そうですね。もちろんこうなればいいなという理想はありますよ。
田川に音楽という旗を立てて、そこにいろいろな人が集まってきて、そこで田川という地域に刺激を与えて……。そうすることで勇気をがもらえる人が出たり、実際に行動に移す人が出てきたりというのが理想です。

例えば、僕はお笑い芸人の「どぶろっく」さんと「どぶろっかーず」というバンドを一緒に組んでいるですが、どぶろっくの森さんが田川に遊びに来てくれたことがありました。田川で森さんに会うと、周りは「あれどぶろっくじゃない!?」と盛り上がるんです。森さんもすごくいい方なので写真撮影に応じてくれたり、インスタ交換したりして……。一時期それが派生して田川で森さんの友達を100人増やすプロジェクトをやったりしていました。

その場で思いついたプロジェクトでしたが、「あの森さんが田川を面白がってくれている」「俺たちの田川って捨てたもんじゃないぞ」って田川を誇りに思える。それだけで田川が元気になる感覚を感じました。そういうことを増やしていけたらと思っています。

樋口さんの考える地方創生とは

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――田川を元気にしながら地方創生をしていくことも、LAC田川拠点である「いいかねPalette」だからこそできることですよね。

そうです。僕自身ももともと地方創生がきっかけでこの拠点を作りました。でもいざやってみると地方創生って何だろうという根本的な壁にぶち当たりました。「僕たちが『地方を盛り上げる』と言っても、地方の人は自分が住んでいる場所を地方だとは思っていないよな」と疑問に思ったんです。

そこから「地方を盛り上げよう」と言っているものの、「田川を盛り上げよう」というよりは「自分の生活している場所を盛り上げよう」なのでは、という考えに至りました。

そこで「地方とは?」という問いに戻るのですが、僕は「地方」とはそこに住んでいる一人ひとりを指していると思うんです。「地方」という人やモノがあるわけではなく、そういった一人ひとりが集まったものを「地方」と呼んでいるだけに過ぎないんだと。

そうなると僕がやりたいのは、一人ひとりを盛り上げたり元気にすることだという考えに至りました。ここに来る○○くん、いつもコーヒーを飲みに来る○○ちゃん、あのおばあちゃんとか……。そういう一人ひとりを楽しくさせたいんです。

そうやって関わってくれる一人ひとりに喜んでもらって、それが広がっていけばいいなという想いでやっています。

LAC田川拠点「いいかねPalette」だからできること

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――ちなみに樋口さんの思う「この拠点だからこそできること」ってどんなことだと思いますか。

異文化交流です。異世界と握手をできることが魅力です。
例えば東京は人が多いがゆえに、広告系、音楽系といったタグ付けで集まるんです。

でもこの場所では「地域」というフォルダで集まります。どちらもメリットやデメリットがあると思いますが、これが都会と田舎の大きな違いだと思っています。そもそもコミュニティ生成の仕方が違うんですよ。

もしかしたら明確に会いたい人や知りたい情報がある人は、同じタグで人が集まる都会の方が都合がいいかもしれません。一方田舎では目の前にいる人と話すしかないのですが、そこで強制的に”バグ”のようなものが生まれていると思います。

田川のような”田舎”という場所が共通して持っている魅力があって、その魅力に惹きつけられて”変な人”が集まるんですよ。

――たしかにいいかねPaletteに住んでいる人や訪れる人も面白いことに取り組んでいる人が多いですよね。

そうなんです。「自由な世界を作りたい」という理念のもとに集まる人たちなので、必然的に不自由を感じている人が多い傾向にあります。自由になりたいと思っている人が来るわけですから。
そしてそういう人たちって、やりたいことに対する熱量や才能があるのに、何かしら理由あってできない人が多いので、面白い人が多いんですよ。

僕は人間はすべてのパラメーターの平均をとったらみんな同じ値で、結局はその数値をどこに振るかだけではないかと思っています。だからこそパラメーターがアンバランスな人ほど、どこかが飛び抜けている人が多いのではないでしょうか。

僕が長期滞在できるプランを設けた理由は、同じように悩んでいる人同士で話すだけでも、気が楽になることがあると思うからです。
ここでの滞在を通して自分を見つめ直す時間を作ってほしいと思いますし、そのために相談できる人が周りにいる「受け皿」のような環境を作りたいですね。

――「駆け込み寺」のような場所でしょうか。

そんな感じです。そして選択する自由が増えればいいなとも思っています。

例えば東京や大阪から移住をするとき、移住先を決めるうえでいろいろな要素がありますよね。住みやすさ、家賃、気候、その町の特徴……。でもその中で一番大事なのはコミュニティが形成されているかどうかだと思うんです。そういった意味で魅力的なコミュニティがあれば「ここだったら行きたい」という選択肢が一つ増えるので、田川をそういう街にしたいなという想いがあります。

平均的にですが、田舎にはクローズドなコミュニティが多いです。どこか知らない田舎に突然Web制作会社で働いていた人がぽんと入ろうとなると、Web制作とはまったく違うスキルが必要になります。でもそういったスキルは持っていない人も多いですよね。
そうしたときに「いつでも入ってきていいよ」という受け皿になりたいと思っています。

オープンなコミュニティなので、逆に出ていく人を引き留めようともしません。もちろん気持ち的には寂しいです。でも「風土」は風と土がなければ育たないとう言葉があるように、「いいかねPalette」という土があって、そこにいろいろな人が来て風を吹かす。そうすることで循環するいい世界になると思っています。

LAC田川拠点「いいかねPalette」で自由な生き方を模索する

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最後に来てくれる方に一言お願いしますという問いに対して、樋口さんは以下のよう答えてくださいました。

「何かを期待してきてもいいし、何も期待せずに来ても来てもいいと思います。何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。それでもよければ来てください。そしてできれば僕とお話しましょう。みんな待ってますよ」

樋口さんが目指す姿にもあったように、「はじめまして」の人をあたたかく歓迎してくれるこの場所には、「ここが自分の居場所である」と思えるような安心感をもたらしてくれます。
よく「自分探しの旅」と言いますが、旅の中で得られる自分自身の対話だけでなく、同じように悩みを抱えている人との対話が得られるのもLAC田川の魅力だと感じました。

少し人生の休息を取ろうと思っている方は、その期間を「いいかねPalette」で過ごしてみてはいかがでしょうか。

《ライター・愛優》

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