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呪術 自由 アナキズム

 減税すれば逆に税収は増え、財政は均衡するというアメリカ大統領候補に後に大統領となるアメリカ共和党のジョージ・ブッシュ候補は「おまじないで奇跡を起こそうとしている」とこうした主張を批判しました。ブッシュ候補は元々経済政策というより軍事政策に一家言ある人で、当時の減税で税収を増やすという話は経済学者に多くの批判を浴びていたのを乗っかったという印象だったと言われました。いわゆるレーガノミクスを唱えたロナルド・レーガンは大衆の支持を得て圧勝し、軍事費増加と大規模な減税が行われた結果、巨額の財政赤字と累積債務を残しました。雇用が増えたのは、確かです。ただ貧困率は子供の教育費を捻出できない家庭に直撃し、貧困の連鎖を生み、福祉削減路線もレーガン政権の後半期には修正し始めました。アメリカは軍人の地位が高い国です。レーガン政権にとってそうした軍人年金まで手をつけるのは、相当のダメージを背負わないといけないものでした。その後大統領になったジョージ・ブッシュはレーガン路線を踏襲はしつつも、やはり増税には踏み切らねばならず、2期目を目指した大統領選挙においてニュー・デモクラッツの代表格ビル・クリントンに完敗しています。
 レーガノミクスはケインズ経済学の批判から生まれたものですが、目指す先はケインズと同じであったはずでした。ただこうした財源を自ら絞り切るやり方では、新たな雇用を生めても、貧困層も稼げる経済政策にならなくなった結果、アメリカ経済は双子の赤字に苦しむ事になりました。国債に頼るという事は高金利を維持し続ける事と同義です。ただこうしたレーガノミクスの後遺症に悩むアメリカを横目にし、ドル安円高政策のおかげでバブル経済を迎えた日本です。その中身も実態のない好景気に過ぎなかったのですが、有り余る余剰資金を持って日本経済はグローバル社会の中で猛威を振るいますが、弾けた瞬間に長いデフレに苦しむ事になります。経済政策は結局として、好む好まざるを別として海外の状況に敏感でなければならないという一国主義というものは破綻したのですが、ドナルド・トランプの登場がアメリカの保守派をよくも悪い意味においても、レーガン路線を支持しなくなりつつあります。減税と共に軍事費を増やすというのがレーガン流でしたが、アメリカ保守はその路線を下ろし正しいかどうかは別として経済優先になりつつある。そういう意味において、トランプは池田勇人に近いです。
 さてここで一つの仮説があります。国債によって軍事費に費やしたレーガン政権は財政赤字に苦しみましたが、これを別の事に使えばどうなるのか?例えば環境政策に・・という発想の転換がいわゆる「現代貨幣理論」を生みました。独自通貨を持つ国は債務返済のための自国通貨発行額に制約を受けないため、借金をいくらしても財政破綻は起きない。簡単に言えば国の予算はお札を刷れば、別に国家財政はパンクしない。ならいくらでもお札を刷ってしまおう。インフレだけには気をつけながら。というのがその根幹でもありました。元々右翼のレーガン政権の考えをアレンジし、急進左翼の理論にした「現代貨幣理論」。ただ元々右派のものであったため、そのイデオロギーは簡単に利用されてしまう。

現代貨幣理論の黎明

 マルクス・レーニン主義は崩壊後、いわゆる「第三の道」路線として海外含めた社会主義政党は多くの国で社会主義の理論に濃いめの新自由主義を混ぜたものを左派の新しい倫理として、提供しました。「いいちこにコーラを混ぜた粗悪品」と私のかつての労組の先輩は「第三の道」というものを批判し、現在も社会民主党に残留していますが社会民主党自身もそうした焼酎にドリンクを混ぜ、さらに野菜ジュースを混ぜている政策を提供しているので、本来なら焼酎もコーラもジュースもできれば原型に近い形で、多少の味付けを変えてしっかりと自信を持って提供するべきだと考えますが、難しいでしょうね。私はもっと素朴な味つけの方がかえってしっかりと美味しく楽しめると思いますが閑話休題です。
 元々現代貨幣理論の提唱者であるニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授はそもそも「失業者を出さない完全雇用社会」を誕生させるためにはどうした経済政策が必要なのか?と考えついた結果、それが現代貨幣理論になったというわけでそのイデオロギーは左派というより、純粋に経世済民という考えを突き詰めたらそうなったというものでした。元々ケルトン教授は1930年代のニューディール政策に少しの味つけをした経済政策を主張していました。ケルトン教授は今後、人類が持続できる方針は何かと考えたら環境政策に行きつき、その環境政策に雇用機会が生まれると人間は労働として環境を持続可能な社会を目指すようになる。当然それには、財政的な支援が必要な場合があり、国家として発行している通貨なら誰かに皺寄せがいかずに、環境も雇用も守られるという前提のもとに提唱しました。景気が悪化すれば、失業者増で政府支出が増える。景気が回復すれば政府支出は減少する。これが現代貨幣理論の要諦でした。
 ただこの理論はいわゆる「ウォール街を占拠せよ!」運動のもとになった若い運動家達から評価は二分していました。元々この運動は人類学者でアナキストのデヴィッド・グレーバーが主導したものでグレーバーは、「生活と労働は分けて考えるべきで、雇用を主眼とする現代貨幣理論では人間は労働から解放されないではないか」という、是非はともかくアナキストの批判としては理が通っている反論を行います。グレーバーはこうしてベーシックインカム論を唱えましたが、私もnoteでベーシックインカムを扱っているので是非そこもご参照を。

 そもそもケルトン、グレーバー両者も政治的な意義というより、人間の生き方において何が重要なのか?ということがその中核でした。ただベーシックインカム論は、左派のまだまだ運動体として力を持つ労働組合からの批判はありました。「社会保障の拡充を遂行できればベーシックインカム論の意義はどんどん小さくなる」その批判ばかりが大きくなり、万国の急進左翼の理論として現代貨幣理論の方が採用されていきます。グレーバーはアナキストなので、こうした政策において必ず現代の官僚に近い人間を生み出して、一部のエリートが市民を支配するという批判を行なっていましたが、現代のプルードンであったグレーバーは4年前に死者となっています。現代のアナキストとしてその死は当然神や仏は無く、ただ死者として扱うべき。グレーバーの理論には賛同しませんがグレーバーのアナキストとしての意見は是非尊重したいです。無神論に近い形であるべきなのも左翼運動のコアであるはずです。

急進左翼の現代貨幣理論

 さて2016年にバーニー・サンダースに関わるようになったステファニー・ケルトンはその後に躍進するアメリカ民主党内の経済政策理論的指導者になっていきます。実際にアレクサンドリア・オカシオ・コルテスなどサンダース派の若い下院議員は現代貨幣理論に基づいた経済政策が若い左翼支持者に熱狂的に応援されて現在の地位を手に入れました。バーニー大統領が誕生すれば、ホワイトハウスにはケルトン教授だけではなく多くのケインジアンが政権入りを果たすという予測もありました。ただロバート・ライシュというアメリカ民主党の主流派も抱えていますが。ただライシュの見通した21世紀の労働状況はズバズバと的中しています。こうした理論家の地位は低いでしょうね。極右ポピュリズムも急進左翼においても。
 欧米の急進左翼は現代貨幣理論の要素を交えながら、その理論的指導者はケインジアン学者が多いです。ケインズ経済学は右派が左翼の理論を取り入れ、左翼が政権を握る推進力にもなりました。そうしたケインズ経済学はレーガノミクスで全否定され、「第三の道」で無情にも捨て去られましたが、現在でも味付けを変えて復活し始めています。イギリスでは、ケインズ経済学の右派をウェット派と呼びました。保守派でありながら、ナショナルミニマムを否定はしないというのは、日本においては田中角栄が近いでしょう。田中の手法は随分と権威的なものですが彼は一応日本の「福祉元年」を構築した代議士です。こうした日本のウェット派は長く日本保守派の主流でしたが、現在そうした勢力は随分と小さくなりました。この理由は単純に田中角栄自身に、そうした信念がなく権威と権力を守るために虚像を作り上げたという側面が強いです。
 ただ保守派も一部は社会福祉を語らないと権力の階段は上がる事ができなくなった。それだけの話です。ウェット派のことはこれまでにして、税金によらない財政出動を右派、新自由主義者、リベタリアンなどが現代貨幣理論を利用します。法人税減税などの穴埋め財源として国債を発行する勢力も増えました。右派も左翼同様内部の争いが多いグループで特にリベタリアンとレーガン支持者残党は犬猿の仲で、さらに保守派トラディショナルグループもレーガン支持者いわばネオコンと仲が悪いです。ドナルド・トランプはどちらかというとトラディショナルグループで、ネオコンの世界戦略には否定的で、各国の紛争にはアメリカは介入しないが方針です。ただリベタリアンの思想は、軍隊も警察もいらないという思想なのでトランピアンと微妙に立場が違います。トランプ政権の運営は反リベラルの連立政権のように見え、その政権のチャーターメンバーは多分空中分解でしょうね。現在急進左翼と極右グループは、現代貨幣理論を通して協力姿勢にあります。私は非常にアメリカ民主党の急進左翼を評価していました。彼らはその原点においてきっちり社会主義を訴え、課税強化を主張し、あくまで雇用対策で政府による完全雇用を目指した末の現代貨幣理論でした。一部極右との連携は大変残念だと思います。彼らの富裕層に富の再集中を結果として目指すなら、共同正犯になります。ドイツ共産党がナチスの政権獲得を後押しし、ヒトラーは共産党を非合法にしました。その歴史の教訓を活かせないなら、権力を握った極右に壊滅させられる。それを知らないバーニー・サンダースではないはずですが、少なくともバーニー派の一部はトランピアンと妥協しようとしています。

アメリカで蘇る「新反動主義」

 無政府資本主義という考え方があります。政府のない世界で安全保障条約もアメリカやロシアに頼り、投資を集めて株式や不動産投資で資金を集め治安維持組織は民間警備サービスで十分とする現代のアナキズム。PayPal創業者ピーター・ティールはそうしたミルトン・フリードマンの孫であるパトリの構想に出資しましたが、その計画は頓挫。個人のビジネスでは、そうした活動は不可能と方向転換し政治に関わるようになりました。ピーター・ティールの世界観は政府の消滅。民間会社のビジネスの邪魔になる規制などは全て取払い、富と企業活動の大きさで支配する世の中。群雄割拠の封建体制を目指すのは、現在の極右の主流派になりました。ピーター・ティールの子分であるイーロン・マスクは先日行われたドナルド・トランプを前面支援。彼らは「PayPal Mafia」として、アメリカ財界や政界に独特の地位を築いています。テスラ自動車の苛烈とも言える労働組合潰しはまるで農民反乱を軍事力で押さえつける中世世界のようなものでした。
 元々新反動主義はカーティス・ヤーヴィンというブロガーから派生したものです。ヤーヴィンから言わせれば、民主主義というものは責任者を曖昧にする不十分なもの。企業のように責任者が明確なかつての皇帝専制時代の方が望ましい反動どころか日本で言えば明治維新以前の社会に戻ろうという突飛すぎるイデオロギーですが、そうした思想を体系化をしたのがニック・ランドという哲学者出身のブロガーでした。ヤーヴィンやランドから言わせてみれば、もはや資本主義は終わりに近いのに民主主義がその延命を図っているので、究極に資本主義を暴走させて資本主義を「外」に抜け出ていく。そうした資本主義を壊した後の世界は、多少の誤差がありますが資金源であるピーター・ティール率いるテック産業の経営者は資産と権力を持つ人間が統治というより、企業のサービスによって人類社会を運営していく方が望ましいという世界観です。批判者からは封建体制に戻ろうとしていると言われても仕方がないでしょう。だから彼らにとってもはや国家すら不要なのであり、国家主義者や民族派はもっと怒らないといけないのですが、彼らもリベタリアンの減税に熱をうなされています。国家というものを否定しているのが、リバタリアンの主張ですが、現在の極右の主流派となった以上少なくとも民主主義擁護を唱える人は「新人民戦線」を結成せねばいけない事態に直面しているのですが、日本の政治勢力は右派はおろか左派もどこか楽観的なのが、大問題です。
 右翼はその主流派を変えながら、肥大化しています。国際労働組合総連合がなぜ、極右との対決を宣言の一つにしたのか?もはや極右は革命の輸出を始めています。コミンテルン同様、民主主義を否定する革命の輸出です。ヤーヴィンやランドの主張は「加速主義」と言われます。民主主義を破壊するために、その装置を暴走させる。極右と対決するという事は、それに阿る全ての勢力とも対決するという事です。一部のテック産業は明らかに暴走しています。暴走を加速化させて全てを破壊する。

呪術と陰謀論

 私個人の意見として、現代貨幣理論は否定的ですが最初に打ち出した理念は残されるべきだと強く感じています。最初は純粋に雇用政策を語るものでした。いつのまにか「新反動主義」勢力の民主主義破壊の道具に使われている現状を危機感を持って対応しないといけません。私は安易な国家主義とは妥協はしませんが、市民主権による統治を否定し国家が封建体制に戻った時、多くの人が犠牲になるでしょう。かつてスターリンが富農と決めつけ、階級戦争という名の虐殺を行ったように新反動が認定した「生きるの値しない命」と決めつけたらいつの日か標的になるのは私を含めた多くの市民です。
 現在、左派の理論としての現代貨幣理論が単純に右翼の方便に使われる。右翼は狡猾なので、そもそも左派のものとは言わず詐欺師のように自分達の方が民意によりそうという嘘を使う。ナチスは社会主義という党名だったので実は左翼と2024年においても言われるように一度始まった潮流は何十年経ってもいいように利用されます。
 ステファニー・ケルトン教授が現代貨幣理論を提唱した時、多くの批判を浴び特にオバマ政権を支えた人達から「呪術経済学」だという批判もされました。これはある意味マスコミの切り取りでしょうが、現代の国家財政において財源を生み出すのは国家機構を消滅させるぐらい予算を削減するか、国債を財源にするかの2択です。国債は将来の負担なのである意味現役世代に関係のない話ですね。石破茂が玉木雄一郎と妥協してもいいです。私達反対勢力は自民党は政権を維持するために封建体制まで巻き戻す事を選んだという事です。自民党は妥協するかもしれませんね。石破が将来のために踏みとどまっても、多くの自称自民党員は反動に流れる。
 それでは社会主義の勢力はどうやって政権を勝ち取ろうか考案中です。皮肉ですね。自分はリベラルであるという人間ほど、格差社会において冷淡です。勧善懲悪には程遠い世界線において、なおも勧善懲悪にこだわる。万国のリベラル勢力が滅亡の危機になっている原因ですね。ちゃんと左翼と言い切れない時代に右翼は右翼であることに誇りを持て、左翼は左翼であることにゴニョゴニョ口を濁す。私はちゃんと言いますが、左翼労働組合主義です。その批判論は大いに受けます。本物の左翼に批判されたいです。右翼の批判も絶賛募集中です。右翼の批判論は私にほとんど響かないのだから、右翼もしっかり勉強してほしいですね。私は他人の意見を聞きたいのではなく、貴方の意見を左翼として受け止めたいのです。
 労働運動も議論しなくなった。私達産別はほんの10数年前まで社会民主党を支援し、現在では定期大会も衆院選には触れるけど立憲民主党も国民民主党も触れずに、衆院選で「私達が推薦した候補が小選挙区に勝ち抜いた」という温度差があるものです。悲しいです。働く人のために働く。私も働いているのだから、という態度も一部のテック産業の経営者に笑われるのでしょうね。それでも結構。労働運動として誇りがあります。誇りを捨て、人を嗤う事しかできなくなった人間は必ず報いを受ける。ニック・ランドが70歳を迎えるとき私は一応まだ40歳代ですね。北陸地方出身者は欧米の「新反動主義」には負けない。ローカルの人間がグローバルを夢見てローカル地域に就職し、結局ローカルもグローバルも大事にしつつグローバルスタンダードは強烈に批判します。それが私の意見ですから。はっきり言いましょう。おまじないに頼る人生は、原口一博を笑えない。だって原口と同じ人生を歩んでいます。人生幸不幸なんかどれだけ配分あるか分からないです。だったら、ちゃんと目先も追うべきですね。それは賃上げです。銀上げは減税の邪魔だ!と言い張る青二才には、2025年春闘で終わらせます。労働運動の闘争は今も。私は大晦日でも正月でも闘争はやめない。

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