僕はBarのマスターだった。⓪
「和洋、Barやってみない?」
そう母に言われたのが最初だった。
父が始めた一軒のBar。
自衛官だった父はその前の年の誕生日に退職をし、僕の育った神奈川県横須賀市でBarを始めることにしたらしい。
これを聞いた時には
絶対に失敗する
と思った。なぜなら父にそれを伝えた時に、
絶対成功する、似顔絵ジャズバーなんて聞いたことあるか?
と自信満々に言っていた。
聞いたことがないけど需要がねーよ!
と思った。横須賀はジャズの街ではある。なんでかは知らん。しかしジャズを聴けるところは数えるくらいしかない。
そして、横須賀の有名人、山口百恵、小泉純一郎、などの似顔絵店内にを貼るんだとさ。
父は絵が書けないので知り合いの似顔絵師に頼むんだとさ。せめて自分で描けよ。
そして父は北海道出身だから取り寄せの海鮮と味噌ラーメンを出すんだとさ。
ジャズは真空管が備え付けられている一個百万円くらいのアンプを使ってCDで流す。
300万円のグランドピアノを買い、プロのジャズ歌手を呼んだりして生ライブやるんだって。
そんなことを聞かされていた。
2013年の6月ごろから始まった父のBar、その名も
My Favorite Things
くそだせぇーー!!
名前の由来はジャズの名曲から。ジャズといえばこの曲らしく、父も一番好きなんだそうだ。
日本でも馴染みの曲で、そうだ!京都へ行こうのJRのCMにも使われている曲。皆さんも一度は耳にしたことがあると思う。
まだ当時大学生だったが居酒屋でアルバイト経験のある僕は手伝いを頼まれて、初めてMy Favorite Thingsに行った。
場所は若松マーケット
京浜急行電鉄横須賀中央駅より徒歩2分。
戦後に闇市が並んだことからマーケットと言う名前になった通りだ。レトロな飲み屋が立ち並び、横須賀の中でもかなりディープなスポットだ。
どぶ板通り、米軍基地、三笠公園、猿島、などの有名どころには負けるが知る人ぞ知る通り。
この右の建物の二階がそれだった。
店に入ると、
階段の壁には、似顔絵。横須賀の著名人もいたが、多くは父の友人たちが飾られていた。なぜだ。
カウンター8席の狭い店内。にも関わらず店の大部分を占める300万のグランドピアノ。
そして巨大なエアコンが目についた。学校の教室にある大部屋を担当するやつだ。
カウンターのテーブルが赤で壁が黒の店内だけはセンスがあった。
この店をやる前は10年ほど使われておらず、オンボロだったらしい。
しかしとても綺麗な店内になっていた。
これいくらかかったんだ?
とふと疑問に思った。
母に聞くと驚き…
総工費なんと…
2000万
どどん!
父は退職金をほぼ使い切りこの店に投じてしまったのだ!!
破天荒!!
僕が手伝いに行った日は、週に一度のジャズ歌手を呼んでの生ライブが観れる日だった。
プロのジャズ歌手は本当にすごかった。ジャズのことはよくわからないが、声量表現力は感動ものだった。
しかしお客さんは3人。売り上げは1万ほど、
歌手には出演料として4〜5万円払っていた。
これは潰れるぞ?
そんなことを考えながら帰った。
2014年2月。
事件は起こる。
本当の事件だった。
これは後述することにする。かなりセンシティブな内容になる。
なんだかんだあって店は経営できないことになった。店が潰れる前に父が潰れてしまった。
しかし僕には関係がなかった。
僕は大学を卒業してNSCという吉本のお笑い養成学校に通うことが決まっていた。
横浜の一人暮らしの家を出て、実家に帰っては来ていたがここから東京に出ようと考えていた。
「和洋、Barやってみない?」
時は春をだった。
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