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最終回 今だからこそ求められる「酢」のパワー

数千年前から日本料理に使われてきた「酢」。
これからの時代に求められる酢の役割について、
和食の名店『分とく山』総料理長、野﨑洋光さんが語ります。

世界が認めた「UMAMI(うまみ)」をお酢で味わう

「酢」が求められる役割として、私がもっとも重要だと考えているのが酢の持つ「うまみ」です。これは甘味・酸味・塩味・苦味に続く第5の味覚として、いま世界的にも注目されている基本味の1つ。料理においては食材の持ち味を引き立て、味に深みを加えて、美味しさを支える役割を持っています。

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 酢には「うまみ」を始め、甘みや香り成分も多く、料理に上手に使うと独特の深みと風味が生まれます。そんな風味成分の多くは、酢が醸造されるときの発酵の過程で微生物によって造られます。例えば、黒酢は密閉した壺で米と麹を長期に発酵・熟成することで、アミノ酸豊富な「うまみ」の多いお酢に。米酢、純米酢米の「うまみ」と甘味を楽しめます。

 酢の「うまみ」を生かすためには、使う量がポイントです。実は私も料理人になる前はそうでしたが、「酢が苦手」という人がいらっしゃいます。それは、酢の量が多すぎて酸っぱかったり、ツンとした匂いがきつく感じられたからではないでしょうか。

 その解決法の一つは、三杯酢やポン酢のように他の調味料と合わせること。もう一つには「隠し味」として、酸味を感じない程度に少しだけ酢を使い、加熱して、味をまろやかにすることです。和食の世界では、魚の味噌煮や甘露煮など味の濃い料理の仕上げに酢を使いますが、フランス料理のシェフからも「ソースの味が決まらないときはビネガーを使う」と聞いたことがあります。

 ご家庭では、豚汁やラーメン、カレー、中華炒めにも仕上げに少量の酢を入れてみてください。脂っこさを抑えることができますよ。


健康を保って免疫力をアップする「酢」のチカラ

『万葉集』に「菜摘」「菜を摘む」と詠まれた歌がありますが、これは日本人が古くから野草を薬として食べていた証です。摘みたての野草をサラダのように食べるときの調味料としても、酢はおおいに活躍したことでしょう。

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 流通が発達し、朝採れの野菜がスーパーなどで手に入るようになりました。例えば、ホウレンソウを気温25℃の場所に1日置くと、ビタミンCは3分の1に減ってしまうため、新鮮な方が栄養価が高いわけですが、そんな新鮮な野菜は甘味や「うまみ」が強く、余計な味付けは必要ありません。ホウレンソウのおひたしも、酢と醤油を1:1で合わせた調味料を少量かけただけで十分美味しい一品に。酢は塩味を引き立たせてくれるため、塩分を控えることで減塩効果も期待できます。

 さらに、酢には食後の血糖値の上昇をゆるやかにしたり、内臓脂肪を減少させる効果も期待できることが、さまざまな研究から分かってきました。酸っぱい味や爽やかな香りが、ほどよい刺激となって食欲を増進させたり、疲労物質である乳酸をとりのぞく働きも上手に利用していきたいですね。

 自分にとってその時どきに必要なものを、素材の力を生かしながら美味しく食べる。そうした食生活を続けてきたおかげか、私は68歳になる今まで病気で寝込んだり、仕事を休んだことは一回もありません。

 体を健やかに保ち、感染症などの病気に負けないように免疫力を高める。酢の持つ「健康効果」に今後ますます注目が集まっていくのではないでしょうか。

最終回 おわり

(プロフィール)
野﨑洋光 のざき ひろみつ
東京・南麻布の日本料理店「分とく山」総料理長。1953年福島県生まれ。学校法人石川高等学校卒業後、武蔵野栄養専門学校卒業。東京グランドホテル、八芳園を経て「とく山」の料理長に。1989年支店「分とく山」開店。総料理長となる。和食の伝統をふまえながら、その時代や素材に合った調理法でおいしい料理を提供し続ける。わかりやすい説明と豊富なアイデアの料理が人気で、テレビ、雑誌、講演などでも活躍中。『おいしいごはんの勘どころ』(学研プラス)、『野﨑洋光が考える 美味しい法則』(池田書店)など著書多数。
●「分とく山」ホームページ https://waketoku.com/