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チーズ転がし祭りに行ったよ!/そろそろ日本に帰りたくなってきた人間のイギリスワーホリ記⑤

 ご機嫌よう、休日です。
 何を着ればいいのかわからない今日このごろ。ウルトラライトダウンに薄めのコートで乗り切っていますが寒い時は寒いし暑い時は暑い。どうしたものやら。

 前回はこちら↓


 最近晴れが多くて気分も良いので、明るい小旅行の話を。

初めての遠出とレイルカードの準備。

 チーズ転がし祭り。正式名称を「The Cooper's Hill Cheese-Rolling and Wake」。
 坂の上からグロースターチーズを転がし、それを追いかけて人間が転がり落ちる速度を競う謎のフェスティバルである。

 私が好きだったテレビ番組で取り上げられ、日本人の間で有名になったこのローカルのお祭りがイギリスで開かれていることを渡英してから知った。
 行くしか無い。でも開催されるところはロンドンから遠いし、アクセスも悪そう。
 都会生まれ都会育ちのわたしは、この「アクセスが悪い」というところを得意としていない。電車とか、バスとか、待てない。3分に一回来い。
 イギリスの長距離電車も5年ぶりだし、チケットの買い方などを調べる時には人数が居るほうが心強い。三人寄れば文殊の知恵、は外国に出てからより実感している。
 ツイッターでこのお祭りに一緒にいかないかという募集の呟きを見つけたので、便乗することにした。

 ツイートをしてくれたその人(イチさん、とでも呼ぼう)と、事前準備としてチーズ祭りの前日に会うことになった。
 天気が良かったので大きめの公園でピクニック。私は自分の分のサンドイッチをTesco、そして話のタネになるかとジャパンセンターでお寿司を買ってイチさんと合流した。
 イチさんはベテランのパティシエで、作った料理を見せてもらうと美しい装飾が施されたスイーツが沢山。高級料理屋さんで働いているらしい。
 お寿司はスーパーの寿司って感じで思ったほど悪くはなかったが、そんな方に食べさせるものじゃなかったなぁ、と少し後悔した。

「もう一人来たいって言ってる子が居るからさ」
 イチさんがそう言ったので、その人と合流するためにカフェに移動した。
 追加の人(ニさんと呼ぶ)は、ほんわかした人だった。語学学校卒業後、まだ無職状態らしい。私も日本で無職をしていた身、勝手に親近感が湧くが一緒ではないので一緒にしてはいけない。ほんとに。
 ここに居る人間全員、長距離電車は初めて(私は実は経験が在るが、そんな昔のことは忘れたので乗っていないことにしていた)。
 ツイッターで「レイルカード」というものを買ったほうが安くなるという知識だけは合ったので、それを3人で検索。
 ああでもないこうでもないとレイルカードを購入し、電車のチケットを買うアプリケーションをカフェの弱いWifiでダウンロードし、そのアプリとレイルカードを連携させる。この作業が一番手間取った。
 レイルカードを連結させたあとは、代表で私がチケットを買ってみることに。路線をなんども確認して、パディントン(London Paddington)駅からグロスター(Gloucester)駅までオープンリターン、£42.60の支払い。
 カード番号が必要なので打ち込んでいく。
「カフェでカードを机の上に出したままにしない!」
 ニさんに注意される。ご尤もである。
 こういうところがありつつも、私が海外でやって行けているのは本当に運の要素が大きい。

 なんやかんやでチケットは私のものとなった。電子チケットというものは、なんとも実感のないものだ。
 ベッドの中でTrainlineのQRコードをもう一度確認して、眠りにつく。
 これでようやく一歩進んだ。この旅行で自信が着けば、一人で何処へだって行けるようになる。


 当日。2023年5月29日。
 早起きは得意なので、意気揚々とパディントン駅に到着。
 同じくらいの時間に来た2さんと合流すると、DMでイチさんから連絡が。
『寝坊した笑 自分は後で行くから、二人で電車乗って笑』
「お言葉に甘えて先に行こう、乗り遅れちゃうよ!」
 電子チケットで無事に改札を通過し、電光掲示板を何度も確認して7時31分発の電車へ乗り込む。
 初夏のキラキラした日差しの中、電車が出発した。

 2時間弱電車に揺られてたどり着いたのはグロスター。なるほどグロスターシャー、ゲームで地名を聞いたことがある。
 ロンドンとは全く違う景色が広がっている。田舎!
 ここからバスに乗って、会場周辺へと向かう。
 バスの待ち列に日本人の集団がいたので声をかけてみた。その人達もYMSビザで来たらしい。その他にも日本語がちらほらと聞こえてくる。
 やはりこの祭りは日本人から人気なのだ。

観客席ですら、命の危機を感じる。

 バスの運転手に「何処の駅まで?」と聞かれたので、駅名の読み方がわからなかった私は「チーズのところ!」と言って乗せてもらった。デビットカードでチケット代を支払った気がする。いくらかは忘れた。
 バスを降りてからは簡単だった。人の流れに沿って歩くだけ。
 ガソリンスタンドを曲がって、草むらに突入。元気に育っている草を踏みしめながら、ゆったりとなだらかな坂を登っていく。少し距離があるので、途中で座って休んでいる人も居る。
 ぞろぞろと蟻のように連なって沢山の人間が移動している様は少しおもしろかった。
 そうして、会場だ。

チーズ転がし祭りの会場

 立ちはだかったのは思った2倍の傾斜。「嘘でしょ」 これを人間が駆け下りるというのか。正気か? 眼の前にそびえ立つ坂の威圧感は動画や写真で見る以上であった。
 もう、かなり人が集まっている。観客ゾーンはレース会場となる坂の両側にあり、つまり、観客もあの坂の上に座らなければならないということだ。
 観客席と言って良いのだろうか? でも座っている人もいる。座れる程度の傾斜である。これはまずい。
 ニさんと顔を見合わせる。進むしか無い。私達は観客席を登り始めた。
 最初は立って歩いていたが、すぐに手を着いてしまい四つん這いに。徐々に上へと進むが、ずるり、と足が滑って冷や汗をかく。私が蹴落とした土が他の観客達の座っているほんの少しのくぼみに積もっていく。
 土が爪の間に入った。最悪、ハイポが死んだ。
 「ごめん、これ以上進めない!」
 2さんの叫び声が聞こえるが、私は振り返る余裕がない。「わかった! 私、もうちょっと頑張ってみる!」
 もう無理、これ以上進めないと言ったところでなんとか腰を落ち着けようとするが、片足が坂の表面を撫でてしまい、開脚の姿勢になる。痛い!
「こっち掴まりな、足はそこの石にかけて……」
 さっきから奮闘する私を見ていた近くの人達が手を貸してくれて、なんとか土を固めて足の踏み場を作る事ができた。
「ありがとう、ありがとう。あなたは命の恩人、ほんとに死ぬところだった!」
 気の良さそうなおじさんが、顔に泥が着いていることを教えてくれた。「けど、これ、拭ったらまた泥がつくよね?」
 とジェスチャーで伝え、周りの人といっしょに笑った。

日本人の勝利、美味しくなかった日本食。

 身動きしたら、落ちる。落ちたら、何人も巻き込んで土砂崩れを起こし死者が出る。そんなイメージ図が簡単に想像できて、冷や汗をかく。
 そんな緊張感の中で、レースが始まった。

 司会者のマイクはものすごく聞き取りづらかった。何を言っているのかわからないまま、多分ここだろうな、というところでイェーイと声を上げる。
 レースは思ったよりも本数があり(当たり前だ、坂を転げ落ちるのは一瞬で終わるのだから)覚えているだけでも
・男性の下り
・子供の上り
・女性の下り
・男女混合大人上り
・男の下り
 という風な具合。

 上りの競技があるのはなかなか良かった。競技時間が比較的長いので、応援しやすいのである。

上りの競技の様子。四つん這いで坂を登る。

 勝者は司会者に名前と出身の簡単なインタビューを受けていた。大体英国出身の人だったが、たまに違う国の人がいた。
 特に下りのレースはかなりのスピードが出るので、見ているだけでヒヤヒヤしっぱなし。
 あれ、下手しなくても首が折れる。
 
 そんな中、事件が。
 女性の下りの際、見事一番初めに下りきった人が倒れたまま動かなくなったのである。
 彼女にすぐさま救急隊員たちが駆け寄りブルーシートで囲まれ目隠しをされた。が、私のいるところは坂の上なので、上から覗き込むような形で救護活動が見えてしまう。AEDのような機械、何事かを話しこんで走り出す救急隊員。
 結論から言うと彼女は無事だったようでその後インタビューも受けていたのだが、結構時間がかかったので本当に心配だった。
 「人が死ぬ瞬間を見たのかもしれない」なんて本気で思ったもの。なんて危ない競技なんだ。

 競技中の観客席では、ずり落ちたり下から登ってきたりで人の移動がある。
 下から登ってきた人が大きな犬を連れていて、とても可愛かった。可愛かったが、人がたくさんいて楽しくなってしまったのか大はしゃぎ。私の足にブンブンと振られる尻尾が当たる。
『ぎゃーーーやめてーーーあんたのせいで私の足の踏み場が崩れてるんだけど! 楽しいね! 楽しいのはわかるけれどね!』
 と、念を送っていたが犬はお構いなく飼い主にかまってほしそうに動き回る。左足が踏み場を失い、姿勢を保とうとすると脚が痙攣する。
 来週は絶対筋肉痛に悩まされるだろう。

 男性の下りのレースで、アジア人が優勝した。
「日本人! 日本人だよ!」
 私が言うと周りの人も拍手してくれた。
 今までナショナリズムと無縁で生きてきたが、このときばかりはこれが愛国心か……と少し思った。
 帰った後、このときの優勝者がツイッターで前優勝者と繋がっているのを見て「インターネットは世界をつなぐのだな……」と感心してしまった。

 競技が全て終わり、皆ぞろぞろと会場をあとにする。ずり落ちながらニさんと合流し、来た道を戻る。
 日本人に優勝者が出たからというわけではないが、帰りにグロスターにあるとある日本食レストランチェーンでテイクアウェイをした。
 私はカツうどんを頼んだ。なんだ、カツうどんって。なんでもカツをつければ日本食になると思うなよ。うどんには、テンプラをのせなさい。
 小さな町の日本食レストランでは、日本人らしき人はだれも働いていなかった。
 電車の時間が迫っていたので駅へと急ぎ、電車の座席に座っていただきまーす、とカレーのお米はベチョベチョで、うどんの麺はものすごく重たく小麦の味がした。
「全部食べられないかも」
 ニさんがそう言って、カレーを残した。食べ物を残すのがあまり好きではない私だったが「じゃあ私が食べるよ!」と言い出せなかった。
 ずっしりとくる炭水化物たちを前に、でも別に「こんなもの日本食デハー(ぷんすか)」とは思わなかったので、やっぱり愛国心は嘘だったのかも。

 帰りの電車で「結局イチさんは来たのか」という話になった。朝から連絡が無いからだ。DMをしてみると、『家で寝てた笑』との返信。
 なんと、電車のチケットすら買っていなかったことが判明。
「しょうがない。あんたが居てくれて良かったよ、ほんと」
 私たちは美味しくない日本食を頑張って口に詰め込んだ。

 部屋に帰り、着ている土まみれのものを全部床に放り出してシャワーを浴びる。
 履いていた靴のインソールがボロボロになっていた。それだけ過酷だったのかと、少し笑ってしまった。
 初めての小旅行は、ほんとうにほんとうに楽しかった。


 続きはまた後ほど。
 休日でした。

【今回のヘッダー】多分藤。日本よりも、香りが強い気がする。

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