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語学学校最終日とナイトクラブでの一幕/そろそろ日本に帰りたくなってきた人間のイギリスワーホリ記⑥

 御機嫌よう、休日です。

 いつの間にか今月の家賃に手を着けていました。勤労意欲が、ない。本当に帰りたい。

 前回はこちら↓

※この物語は全てフィクションです。


ラジオ体操は、果たしてどのくらい私のものなのか。


 語学学校最終週。
 私はいつもどおりに朝早く起きて、この3週間でどれだけ多くのことが起こったのか振り返っていた。
 沢山の新しい人と出会った。国籍、人種、喋る言語、文化、それぞれ全く異なる人。話せば私達は共通点を探ることができるし、違う点を面白く勉強することもできる。当たり前のことだが、日本語ができる日本人だからって仲良くなれるとは限らないとも学んだ。
 沢山の新しいところに行った。旅行ではあまり行かない裏路地や深夜の街。ロンドンの街はゴミだらけで本当に汚くて、地下鉄は臭くて暑くて空気悪くて最悪(特にセントラルライン)。ウィードの匂いなんか、知らなくても生きていけただろうに。でも新しいことだらけで、楽しい。
 沢山の経験をした。大好きな美術館を筆頭に、ミュージカル、劇、イベント、国内の都市への小旅行、全部キラキラしていて楽しかった。いままで日本で頑張らないと手に入らなかったヨーロッパ文化へのアクセスがこれほどまでに容易だなんて夢のようだ。

 この語学学校が終わってからは、仕事探し、友達とコミュニティ作り、家賃、シェアハウス生活……戦わなければ生きていけない日々が始まることくらいわかっている。
 モラトリアムが終わるのを考えるだけで目眩がする。このままずっと語学学校にいられないものか。お金ないけど。
 でも、と私は考える。2年だけだ。2年って、多分短いと思う。美しいもの、楽しいこと、イギリスのすべての素敵なものを喰らい尽くして消化して私のものにしてやる。
 友達とパブでしこたまジンを飲んで、誰も居ないボンドストリート付近の小道で叫んだ。
「私、何も恐れてない! だって、失うものなんか何一つ持っていないもの!」
 見ててロンドン。私ここで、生き延びてみせるから。

「今週金曜日はテストが終わった後、タレントショーをしましょうか」
 先生が突然言い始めた。
「一人一つ、あなたの才能を持ってきて。皆の前で披露してもらいます」
 私のクラスにはデザイナー、絵描き、そしてマルチタレントな私が居て、ワークで調べ物シートを作らせるとデザイン的にかなりのクオリティのものが出来上がる。
 ちなみに内容は大したことない。うちらが得意なのは可愛いラッピングで一瞬大衆の気を引くこと。あんまり中身を見ないでください。テキトーなのがバレるから。
 主張が激しい私達がそれぞれのやりたいことをやって、ごちゃまぜシッチャカメッチャカのカラフルな紙。それを見て先生が「まるでタレントショーね」と呟いていた。そこから着想を得たのだろう。
 丁度アメリカンゴッドタレントなどが話題に出ていた時期でもあったので、とてもいい考えだと思った。
 「才能溢れる私にピッタリな最終日になりそう」と友達に笑って言った瞬間に、死にたくなった。

 色々候補はあったが、私はラジオ体操を紹介・実践することに。みんなを巻き込んでできるし、教室に運動を持ってくる人はなかなか居ないだろうし、日本の文化だし。
 語学学校では、「日本人は日本の文化を発表しなければならない」という目に見えない圧力を感じる。
 幸い私は日本にも興味があり、色々と知っていたので「日本ではどうなの?」「日本ではこのような文化がある?」などの質問にきちんと答えられていたような気がするが、それはただ知っていることの紹介である。日本のものだからといって私のものではない。聞かれても、答えても、日本が好きだよと言われたって嬉しくない。
 日本語は好きだが、それ以外の日本文化は私にとって「極東の興味深い文化」くらいの思い入れ。日本文化に誇りを持っている人たちには悪いけど、私はそれを完全に自分のものだとは思えない。
 典型的な日本人でないと「何故?」と聞かれる。何故日本人なのに魚が嫌いなの? 何故日本人なのにアニメを見ないの? 何故日本人なのに前髪がないの?
 さぁ、知りません。日本人である前に私だから。
 そんな反抗的な意見を飲み込んで、ChatGPTに考えてもらったラジオ体操の紹介英文を私のレベルまで落とす作業をしていた。

 金曜日、テストは上出来。タレントショーが始まりトップバッターの私は皆の前に立って、PCを開いた。
 「勉強して固まった体をほぐそう!」
 英語Ver.のラジオ体操音源を流し、皆を立たせてクラスを巻き込む。
 私はなぜか中学校でラジオ体操を叩き込まれており、そんじょそこらの人と比べて綺麗に踊ることができるのだ。先生とクラスのみんなも苦笑いしながら一緒にやってくれた。
 その後、それぞれが才能を披露していく。一番ビックリしたのは、日本人ではないのに折り紙を持ってきた人が居たことだ。よほど上手なのだろうと楽しみにしていたのに、私のほうが圧倒的にきれいに折れていた。鶴の折り方が少しだけ違っていて興味深かった。(こういう事が起こるから、多分みんな自国の文化しか発表しなくなるのだと思う)
 クラスの中で一番ラジオ体操がうまいのは私だった。他の人が持ってきた「才能」である折り紙も私が一番上手だった。完全に私が優勝していた。
 私、なんだってできてしまうんだなと、折り紙をみんなに教えながら悲しくなった。でしゃばりたくなんかないのに。
 こんな「才能」たちなんかいらないから、社会でお金を稼ぐ能力が欲しかったなぁ。ロンドンでの仕事、見つかるといいけれど。でも、私なんかを雇う馬鹿といっしょに仕事したくない。
 全く面倒くさい人間ですこと。

友との別れと、素敵な装い。

「みんなで写真を撮っても良い? 素晴らしい時間を覚えておくために」
 私がそう言うと、みんな笑顔で集合写真を撮ってくれた。
「あなたはいつだって、優等生でクラスを助けてくれていたよ」
 クラスが終わって、ありがとうございましたと先生に言うと、自然に言葉が口から出てきた。
「私、あなたの生徒になれて幸せでした」
 私が過去に言われたかった言葉を、先生にぶつける。先生は綺麗に微笑んだ。
 この口から出る言葉は、9割嘘なもんですから。真に受けないでくださいね。多分わかっていらっしゃるとは思いますけれど。

 そうして私は一ヶ月の語学学校を卒業。
 途中、熱と鼻水を出しながらも皆勤賞。かなり頑張った。
 風邪を移した皆様。この場を借りて謝ります。ごめんなさい。

 さて最終日の夕方から、語学学校のアクティビティーでナイトクラブにいくことに。
 初めての海外ナイトクラブ。何を着ようか。
 手持ちの服は日本に居るときと比べて格段に少ないが、実はTKマックスで新しいTシャツを買った。可愛いのでそれを来ていくことにする。
 自慢のウエストラインがよく映える服を着て、鏡を見る。私は体の線が出る服を着るのが好きなのである。
 うん、上出来。最高。天才。 
「どう?」
 廊下で出会った友達に服を見せる。その人は少しだけ目を泳がせた。
「すぐに彼氏ができそう」
 またこういうことを言われる。
「え、うざ。必要ないんだよね~」
 私がなんの服を着ようと、どんなメイクをしようと、私だけのため。今日は特に出会いを求めていくわけじゃないし。
 声かけられたら、まぁ、めちゃめちゃ美人だったら考えてあげる。

夜遊びにはお金がかかる。

 いつも通り遅れてくる友達らを外で待ちながら、涼しい風を浴びる。昼間はあんなに暑いのに、日が落ちると途端に寒くなる。
 他の友だちが来て「入らないの?」と聞いてくる。
「待ってるよ。中、どんな感じかわからないし」
「じゃ。また中でね」
 タバコを吸っている友達の横でぼーっとしていると、約束していた友達らがやってきた。
 学校からもらったぺらっぺらの入場券を見せて、中に入る。
 Ministry of Soundは複数フロアがある大きなクラブだった。
 時間が早いので、まだ語学学校のメンツしかいない。ジントニックを頼み友達と喋って時間を潰すことにした。

 ちらほらと他の客も来はじめる時間帯。
 席(無料)に座ってフロアが湧くのを待っていると、「ここ座っていい?」と同い年くらいの集団が来た。細くてオシャレで、結構可愛かった。
「大学生?」
 と聞いてくるので「ううん、ワーホリで来てるの。まだ無職だけど、これからビックジョブにつく予定」等とほざいておく。ウケた。
 芸術系の大学に通っている中国系の集団だそうだ。なるほど、それで服のセンスが良い。暇だし、その人達と話す。好きなアーティストの話などで盛り上がる。まだ時間が早いせいか、ギリギリ会話できる程度のうるささで良かった。
「何飲んでるの?」
「ウィスキーの◯◯割」(忘れた)
 いいね、ウィスキーはまだ勉強中なんだ。と返すと、飲む? とコップを差し出してきた。
 いい子はご存知だとは思うが、知らない人からドリンクを貰ってはいけない。何が入っているのかわかったもんじゃないからだ。
 イギリスに来てからマリファナの匂いが道でしていたり、確実になにかをキメている人を高頻度で見る。薬物が身近にある環境下では、より気をつけねばならない。
 ……のは知っているが、私は自暴自棄な余生を過ごしているところなので、薬盛り上等、何かあったら友達が寮まで連れてってくれるでしょう。
 少しだけ炭酸が入ったそのアルコールは甘かった。ありがと、美味しいねとその子に返した。
「でもさ、知らない人のドリンク飲んじゃいけないんだよ」
 と言って私は一口自分のドリンクを飲んで、その子に勧めた。笑って飲んだ。はい、こいつも馬鹿。
 世界は馬鹿で溢れている。

 そのあと、その人のVapeも吸って久しぶりのニコチンに酔いながら、ダブルのジントニックを追加して、隣に座ってた子とインスタを交換した。隣じゃない子ともインスタを交換した。なんか全員と交換する羽目になった。
 そして明日以降、二度とメッセージを送り合うことはなかった。誰とも。人生、そんなもん。

 フラッシュが瞬き、フレームとして瞬間が切り取られていく感覚を覚えながら私は冷静さを捨てきれなかった。
――仕事、決まっていない……。
――ジントニックが一杯10ポンド、新調したこの最高に可愛い服20ポンド、入場料、夕方に買ったチップス、デポジット、食費、美術館の特別展代、ミュージカルのチケット。
 一緒に踊っている友人は、自国でバリバリと働いている人。結婚もしていて、犬も二匹飼っていて、イギリスでジムも難なく契約していて、この語学学校が終わったらドイツに渡って仕事をする。
 対してなんのスキルもない、社会から転げ落ちた私。親が"ある程度"援助してくれるとは言え、劣等感や罪悪感はお金で消えないものだ。

 友達にどうしようもなく妬みの感情が出てきて、トイレへ逃げ込んでスマホを見た。
 ツイッターでは沢山のいいねが来ている。ようやく息ができるようになる。大丈夫、私はまだ、社会から切り取られる余地がある。

 私は完全な朝方人間で、日付を超えだすと眠くて脳みそが活動しなくなる。
 夜遊びには向いていない、健康優良児。
 私は動かない頭を必死に働かせながら友達と寮へと戻った。この寮で過ごす最後の夜、という感傷もわかないくらいすぐに眠りについた。


 それでは続きはまた次の機会に。
 休日でした。

【今回のヘッダー】今年のチェルシーインブルーム。最高の季節の、始まり始まり。

↓つづき


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