プリンセスの憂鬱。祖母の形見のパールネックレスをティアラにした話
「役に立たない記事を書く」がモットーのたいたいです。こんにちは。
今日は、祖母の形見のネックレスをティアラにした話をお送りしたいと思います。
これは私が20代の頃、結婚式に祖母の形見のパールのネックレスをティアラに加工したという話…ではない。
つい先日の話である。
アラフォーがパールのティアラにプリンセスときたら、これはもう不穏な予感しかしないだろうがしばしお付き合い願いたい。
GW期間中に私は無駄な冒険心で髪の毛をバッサリ切った。
事前に担当のカリスマ美容師に言われた通りしばらくは髪の短い自分の姿に目が慣れなくて、似合っていないんじゃないかという疑心暗鬼に陥ってしまった。
誕生日を目前に髪を短くしたことで、なんだか「歳をとると女性は髪の毛を短くする」というあのレールに乗っかってしまった感がすごかったのだ。
ああ、この列車に乗ってしまったら行先は一つ。
「この列車は、終点「老い」に向かって出発します」
列車が参ります。白線の内側にお下がり下さい。
ピーーーーーー!!!(悲しい笛の音)
私はもう若さ弾けるキャピキャピの女子ではないのだ。
ここでひとつ重大なことを私は失念していた。
実際に若さ弾けていた10代20代も、私は一切キャピキャピしていなかったという事実である。
昔も今も等しくキャピキャピ系女子ではなかった。
もうすぐ誕生日だという焦りと髪を短くしたことに気を取られて、こんな基本的なことすら失念していたところに私の混乱の深さが伺える。
そんな混乱期、私はふと祖母が形見分けをしてくれた小粒の6連パールのネックレスを手に取った。
黄色味の強い小粒パールがクラシックでとてもかわいい。
私は虚無の表情でそれを持ち上げ、首元… にあてるのではなく、おでこにパールがかかるように頭部にそっと乗せた。
いわゆるプリンセスのティアラ状態である。
正確には、額に垂らすタイプのティアラを「マリアティアラ」というらしい。(また一つ無駄な知識が増えてしまった)
「わあ…お姫様みたい」
いつ如何なる時も素敵に映してくれる母のドレッサーの前で錯乱する私。
失われし可愛らしさと若さをマリアティアラによって補給しようとした女の哀れな姿である。
息子の前で「ほら、お母さんはプリンセスなんだよ」と虚ろにほほ笑む私を見て両親は何を感じたのか、私の髪型を必死に褒め始めた。
「たいたいちゃん、新しい髪形とっても似合うよ~素敵!」
「どこの女優さんかと思ったばい!!」
ひとしきり褒めあげてもらったところで私はようやく額の上からパールを下ろした。
さて、そんなとんちき話なのですが、現時点で私の目はすっかりこの新しい髪形に慣れた。
結構似合っていると本気で思っているし、これはおばさんになるための通過儀礼としての断髪式ではなかったと自信を持って言いたい。
これは新たな自分との出会いである。
新しい私。
つまりはフレッシュであるということ。
え?ということは若いってこと?(またしても錯乱)
短い髪の合間から、ちょっと大きめのイヤーカフが光るととても素敵なのではないだろうか。
週末は新しい私に似合う新しいイヤーカフを探す旅に出よう。
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