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「女は出世を望めない」問題から「女が出世を望まない」問題へ:2010年代の世相変化

所得や社会進出の男女格差を語る場合、「女性に出世の窓が開かれていない」「女性だけスタートラインを下げられている」というストーリーが多くの人の基本認識だろう。

私がジェンダー論に入ってきたのは2015年ころだが、当時の大企業では女性に昇進を打診しても断られてしまい困っているという声が多く、「女性に出世の窓を開いているのに来ない」という空気感で、前述のような基本認識とは大きな違いがあった。

この空気感の違いは、2010年代に起きた変化に由来するものなのだろう、というのが最近の私の理解である。この項では、それについて少々小話をする。

20世紀、女性差別の時代

「女性に出世の窓が開かれていない」という問題は、20世紀には間違いなく真実であった。女性は寿退社をする前提で雇われており、何年雇われても出世しなかった。「男は外、女は家」という観念は本来左派である労組男性すら強く支持しており、男女雇用機会均等法が施行されても男女別の仕組みは総合職・一般職という形で残存した。このあたりの事情は濱口桂一郎「働く女子の運命」に詳しい。

男女雇用機会均等法の施行によって同一の労働(職種)・雇用期間・職位であれば賃金差はなくなったが、相変わらず寿退社的な慣行は続いていたため、《勤続年数が同程度なら男女の給与に差はないが、女性が結婚出産を機に主婦化し、復帰してもパートや時短であることが男女の賃金格差の主因である》という状態となった()。

2020年女性管理職30%目標とジェンダーギャップ指数

1990年代から、徐々にこの状況は変わり始めた。1994年に内閣府に男女共同参画室ができ、1999年に男女共同参画社会基本法が成立した。これにより本格的に男女格差の解消に取り組んでいくことになるが、日本は20世紀末までに、人間開発指数など健康・教育分野のジェンダー格差はすでに世界最善グループにいた。しかし先に述べたような事情から、21世紀に入っても所得格差や社会的リーダー(管理職、政治家など)の男女格差=ジェンダーギャップ指数は依然非常に悪いままであった。

このため、21世紀は女性の社会的リーダーの育成に政策的力が注がれることになる。「輝く女性」「女性活躍」の語が政府の文言に標語に頻出するようになり、2003年には男女共同参画局から「2020年に女性管理職比率30%」の目標が設定された。中小企業はともかく、公的機関や大企業はこの目標に向け取り組みを始めた(中小企業の事情は有料マガジンの当該項参照)。

この目標は、特に2010年代になって本格的に動き始める。この時期は、団塊の世代が退職しつつ、氷河期世代が徐々に現場リーダーを務める年齢になりはじめたが、もともとその年代は採用数が少なく中堅クラスの人材が不足していたため、中堅社員の抜擢登用は営利的必要性から性別を問題にしていられなくなったのである(「新卒不足」が慢性化した今後もこの傾向は続くだろう)。もちろん、2003年からのキャンペーンで女性登用の意識が浸透してきた、単純に期日が迫ってきたために動き出した、という側面もあるだろう。

このようにして企業が女性に出世の窓を大きく開くようになると、今度は女性管理職候補が昇進を断ることが多い、ということが問題化し始めた。例えばアメリカでは、2008年に"The Sexual Paradox"(邦題:なぜ女は昇進を拒むのか : 進化心理学が解く性差のパラドクス)という本が出版され、この時期には女性の昇進拒否が話題となっている。

日本のデータでは、単に登用を打診して断られた率などは各社の社内、部門内の情報のため横断的比較は難しいが、意識調査や、人事コンサルタントや人材サービス会社により部分的なサンプルが得られている。

独立行政法人労働政策研究・研修機構「男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査」(平成25年3月)によれば……課長以上への昇進を希望する者の割合は,男性(一般従業員の5~6割,係長・主任の7割程度)に比べて女性一般従業員の1割程度,係長・主任の3割弱)で顕著に低くなっている。
コンサル先で女性に「管理職になりたいか」というアンケートを取ると、同性の私ですらその「なりたくない」という答えの数の多さに集計ミスを疑う程……管理職を希望する女性は全体の10%もいないと言われており、その数字は現場を調査している我々からしてもとても現実的なもの。
▼管理職になりたいと思っている人の割合(%)
   国名 男性 女性
  1位 印度 86.2 85.4
    ⋮
  6位 中国 81.6 67.6
    ⋮
  8位 韓国 62.7 58.5
    ⋮
12位 豪州 51.9 40.3
    ⋮
14位 日本 26.8 15.2

「管理職を希望する女性は全体の10%もいない」という公的機関の調査や人事コンサルの言を、パーソルの国際調査が裏付ける格好となっている。労働政策研究・研修機構の調査では男性は2人に1人に対して女性は10人に1人と、大きな開きがある。パーソルの調査では、日本は男性の昇進意欲も対象国中でぶっちぎり最低だが、一方で男女比も大きい。豪州は男なら2人に1人、女でも2.2人に1人は管理職を望んでいるため1.1~1.2倍程度の開きだが、日本では男は4人に1人が管理職を望むのに対し、女性は6.5名に1人と、1.5倍以上の開きがある(詳しい計算はこちら)。なお、パーソル調査のベースラインを真に受けるとしても、「男女ともやりたがらないが、男だけが我慢して管理職をやっている」となってしまう。

2017、2018年に至っても女性管理職が思うように増えなかったため、業を煮やした大企業は次の手段に出る――男性を職場から強制排除するという選択、すなわち男性への育休の半強制を行い始めたのである(広報)。私はこのような「男を家へ」という戦略は総じて正しいものと考えているが、男性を半強制的に職場から追い出すのを見て、202030への取り組みが単なる数合わせなのではなく、本気で女性の戦力化をしようとしているのだと感じたものである。

「夫という名のガラスの天井」仮説

上記のような事情を確認する資料を読むうち、あることが気になった。

1. 所得の男女格差、ジェンダーギャップ指数の悪さは、女性が若くして辞めることが主因である。(馬, 2007; 山口, 2015など)
2. 自分より所得が高い男と結婚した女は、出産を機に辞めやすい(ダグラス=有沢の法則)
3. 自分より学歴・所得が低い男と結婚する女は稀である(Lichter, Price, & Swigert, 2019; 福田・余田・茂木2017など)。

この3点は高い再現性で何度も確認され、組み合わせるとジェンダーギャップの原因の一つを示す――すなわち、日本のジェンダーギャップ指数の悪さには、配偶者選択戦略が大きく関与しているのではないか。「ガラスの天井」の一つは、配偶者なのではないか。これが確信に変わるのが、2010年代の「働く女性」本に描写された女性像である。

2010年代の「働く女性」本

2010年代に発行された「働く女性」本には、前節で述べたような世相が活写されている。以下の3冊はそれぞれ日米の2010年代の「働く女性」論壇でも中心に近い位置にあり、2010年代を代表するものと言ってもよい。

Sandberg, Sheryl (2013). Lean In: Women, Work, and the Will to Lead.
~シェリル・サンドバーグ(2013)「リーン・イン:女性、仕事、リーダーへの意欲」
Slaughter, Anne-Marie (2015). Unfinished Business: Women Men Work Family.
~ アン=マリー・スローター (2017)「仕事と家庭は両立できない?:『女性が輝く社会』のウソとホント」
中野, 円佳 (2014) 「『育休世代』のジレンマ」

そして、この3冊は共通して同じことを言っている部分がある――それは、「夫婦そろってバリキャリになるのは無理、身がいくつあっても足りない」という点である。これは前節で述べた推理に当てはめると、
3. ⇔バリキャリ女性の配偶者はバリキャリ男性が多い
2. ⇔バリキャリ夫婦では、出産育児の時間が必要になった女性が辞めやすい
1. ⇔その結果女性は出世しなくなる
という対応関係になる。この問題は三者共通だが、対処法が三者三様で異なる。

シェリル・サンドバーグは、女性自身がバリキャリの道を行きたいなら、配偶者には非バリキャリで内助の功を期待できる人を選ぶ(または子供を持たない)ことを解決策として提案しており、これがキャリアを追う上で最重要の選択であるとしている。実際、日本や世界の女性政治家、大企業経営者の多くがこの方法を採用しており、有効であると考えられる。ジェンダーギャップ指数=バリキャリの男女比の指数を改善することを目指すならば、最も直球の解決策はこのサンドバーグの方法であり、「ジェンダーギャップ指数を改善せよ」という圧力は、そのまま「女性は内助の功が期待できる非バリキャリ夫を選べ」という声に変換される。

アン=マリー・スローターは、バリキャリのみを「成功」と位置付ける見方に疑問を呈し、ワーク・ライフ・バランス(WLB)をとって家庭での幸せを重視するべきだという見方を示す。彼女は、WLBは男性にとっても重要なはずであり、出世して稼げる男を持てはやす風潮は男性にとっても苦だろうとも述べている。「夫婦ともにWLBを確保できるようにする」という方法は、出世競争にいそしむエリートを除き、多くの人にとって望ましい男女平等への道になるだろう。2010年代の多くの国内著作(濱口, 2015; 筒井, 2016; 山口2019)もこちらよりの立場である。※なお、スローター自身は後に夫を兼業主夫化してバリキャリに復帰している。

サンドバーグとスローターの意見はアメリカでも好対照として扱われており、それぞれに理がある。私は内心としてはスローター寄りの意見であり、国内ではサンドバーグよりスローターの意見のほうが支持されるだろう。しかし、日本は様々な男女格差指数の中でバリキャリの男女比=ジェンダーギャップ指数だけが特別悪く、ジェンダーギャップ指数が発表されるたびに改善を求める声が上がることから、サンドバーグの意見――「女性は内助の功が期待できる主夫男性を選べ、そしてバリキャリ道を進め」を強調している(私以外にこれを言っている人が少なく、WLB重視派の濱口などは「女性活躍の掛け声はもうやめよう」などとジェンダーギャップ指数を悪化させかねない発言をしている)。また、これは女性だけの問題ではなく、男性のほうでも「女性が出世するのは歓迎だが、男は妻子を食わせて一人前」といった形で固定観念がある人が多く、こちらの改善も必要だろう。

また、中野円佳は「(サンドバーグの言うような)『戦略的結婚』は心情的にできない、バリバリ働かずとも、時短勤務でもキャリアを積めるジョブを用意できないか」と要約できる意見を出している。筆者もこれについて検討(有料マガジン内で公開)したが、Goldin (2014)などの研究から、引継ぎの必要性が薄い仕事――仕事が独立した小分けの単位に分けられる(薬剤師等)か、納期の切迫感が緩く1人でゆっくり仕上げればいい仕事か、いずれかでないと難しく、中野の希望通りの仕事はそうそうないと見ている。特に、政治家などは「育休中なので議員であっても有権者のご意見伺いはしません」などとは民主主義の理念上言えないだろうし、蓮舫や山尾志桜里(「保育園落ちた日本死ね」の議員)、世界各国の女性政治家はそれが分かっているから主夫の内助の功を受けて議員活動をしているのである。

なお、家政婦や保育園など外注の充実というアイデアもあるかもしれないが、それについてはこちらを参照いただきたい。

ジェンダーギャップ指数の改善は可能である

私がジェンダー論に参入したのは2015年で、男女平等を何が妨げているのか?という疑問からであった。翌年には同じテーマの一部分を強調するため、ジェンダーギャップ指数を改善する=リーダー女性≒バリキャリ女性を増やすには主夫を配偶者に選んだほうが良いと書いていた。これは、2010年代に一番売れた女性キャリア本であるサンドバーグ「リーン・イン」と同じことを言っているだけで、ジェンダーギャップ指数を改善すべしという世論を後押しするためのものである。

「2020年女性管理職30%」の目標達成は厳しいかもしれない。しかし、2020年代ならば可能ではないか、というのが自分の予想である。企業は少なくともこの10年、女性の昇進を歓迎しており、2020年代からはいわゆる働き方改革と合わせて「男性を家庭へ」という動きも広まっていくだろう。今こそ、女性が野心を持つ時である。


追記

主夫論は、2018~2019に再び混迷が見られるようになっている。その時期、いわゆる「非モテ」界隈が上昇婚・下方婚忌避論に着目しだし、論点がばらけ始めたから――と私は推測している。最近の混乱を見る限り、ジェンダーギャップ指数の改善はまた遠のいたというのが私の詠嘆である。





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