サイボーグとクローン人間のカップルの健康診断

 慎吾は開かれた自分の左腕を見つめていた。
 赤くて艶のあるグリセリンのような塊と無数のコードが剥き出しになっている。
 赤い塊は彼の細胞と特別な有機体を掛け合わせて作られた人工の筋肉、コードは神経の束。それらがとても小さな歯車やシャフトと複雑に絡み合い、金属の腕の中に収められている。

 そこから、彼の主治医であり制作者でもある佐山愛泉博士が、摩耗した歯車や錆びた部品を摘出し、新しい物に取り替える。
 静かな部屋に『チ…チ…』と、とても小さな金属音が響いた。慎吾はこうして自分の部品が交換される時間が好きだった。いかにもサイボーグだという気がして、胸が高鳴るのだった。

『ふぅ…。はい、終わったわよ』

 佐山博士はそう言うと、慎吾の腕の装甲をパタンと閉じ、天井からぶら下がっている医療用の電動ドライバーでビスを締めて固定した。

『どうも』
 慎吾は早速、肘を曲げては伸ばし、手を開いては閉じてを繰り返した。
 僅かにあった感覚のノイズがなくなり、レスポンスが良くなったのを感じられた。実際は良くなったのではなく、悪くなっていたのが普通に戻っただけなのだが、本人はまるで以前よりも性能が向上したような気分になるのだった。

 佐山博士が、ステンレスのシャーレに入った十数個の部品を慎吾に見せながら言った。
『あなた、濡れてもキチンと拭き取らなかったでしょう。と言うか、そのまま水に沈めた?お風呂に入った時はなるべく濡らさず、上がった後はキチンと乾かさなきゃいけないって言ってるでしょう。ほら、錆びが出てる部品が多かったわ。その身体に慣れてきたからって、生身の感覚で扱っちゃダメよ。自分の身体を大切にしなきゃ』

 いくら腐食に強い特別な金属で作られているとはいえ、サイボーグは錆に気をつけなければいけない。金属の部分は取り換えれば済む話だが、肉体と接続している部分は拒絶反応や炎症を起こす可能性がある。最悪の場合、生きた部分が壊死してしまい、更に機械化の範囲を広げなければならない。

 しかし、慎吾はへらへらと笑って言った。
『いっその事、全身を機械にして下さい。あ、ただし顔と下半身はそのままにしておいて下さいね。そこまで機械になったら、彼女に嫌われるかも』

 佐山博士は、慎吾の能天気な発言に呆れながら、目薬のようなボトルに入った錆止めの液体と潤滑油、念の為に痛み止めと抗生物質の処方箋を書いた。

『左腕以外はどこにも不調は無いのね?あなたの場合はその左腕以外、ほとんどが身体の中だけど。心臓のリズム、呼吸や胃の調子は?お通じも大丈夫?小さな事でも言わなきゃダメよ』

『はい、どこも。むしろ生き返ってから調子が良いぐらいです。文字通り、生まれ変わったって感じです』

 慎吾は二年前、家族と共に落石事故で死んだ。大きな岩の下敷きになり、頭と右腕以外はほとんどが潰れてしまった。幸い、運ばれた病院にはロボット工学の天才であり名医でもある佐山博士が居た。彼女は、ただ一人脳が無事だった慎吾にサイボーグ手術を施し、生き返らせた。
 特に損傷が酷く原形さえ留めていなかった左腕以外は、可能な限り元の肉体を再利用して作られている。長袖の服を着ていると何の違和感もない姿をしているが、慎吾の体内には恐ろしく精密な機械が内蔵されている。それらは、カロリーを燃料に発電する人工心臓によって動いていた。

 佐山博士は、カルテに交換した部品や問診などを記入しながら言った。
『あなたみたいな子、本当に珍しいわ』
 
『そうですか?』

『ええ、普通はサイボーグになってしまったら、身体の不調も含めて、色々と悩んでしまう事が多いの。機械化した部分とか、生身との割合にもよるけどね。ボディレス症候群っていってね、あなたみたいに大部分を機械で補ってしまうと、自分が人間なのか機械なのか分からなくなっちゃう病気があるの。サイボーグ特有の心の病ね。あなたも気をつけなさい』

 慎吾は腕を組むような格好を作って言った。左腕の可動域がやや狭く、組む事ができないのだ。
『そんな理由でセンチメンタルになるなんて、自分を特別な人間だと思ってたナルシストだけなんじゃないんですか?』

 慎吾がそう言うと、佐山博士は可笑しそうに笑った。
『昔、否応なしにサイボーグになった9人の戦士達に聞かせてみたいわね。ああ、でも、あの時は平和じゃなかったからかな。彼らも平和な世の中なら、あなたみたいに前向きに考えられたかもしれない』

 慎吾は不思議そうな顔で言った。
『平和じゃなかった頃のサイボーグ?日本はもう長いこと戦争なんてしてませんよ。そんな昔にサイボーグがいるわけないですよ』

『いえいえ、こっちの話よ。そういう時代もあったの。サイボーグは戦う為の存在だって、昔はそういう考え方があったって話』

『はぁ、そうですか』

『さ、今回の健康診断はこれでおしまい。これを持って受付に行きなさい。また来月ね。水に気をつけるのよ。特に海にはなるべく近づかないように。あと、用が無いから行かないと思うけど、鉄工所とか鉄粉が多い所にも。お仕事も頑張ってね』

『分かりました、先生。ありがとうございます』

『あ、慎吾君』

『はい?』

『リサちゃんと仲良くね。あの子は平気そうにしてて、ナイーブな所があるから、優しくしてあげるのよ。分かってるわね。あなたも何か悩みがあれば、いつでも私やリサちゃんに相談するのよ』

『もちろんです、先生』

 佐山博士は微笑むと、手を振った。

 慎吾は受付で会計を済ませた。保険が適用され、全て合わせて2円。おまけにこの2円は月末になると戻ってくる。つまり、慎吾の機械部分における診察や治療は実質無料だった。
 慎吾のように身体のほとんどを機械化しているサイボーグは特別な福利厚生が受けられる。生きているだけで科学や医療の進歩に貢献しているからだ。慎吾のカルテはそのまま義肢や人工臓器研究の貴重なデータになる。彼が息をし、血を巡らせ、疲れ、回復し、成長する事が、他の人の助けになるのだ。
 
 佐山博士の言っていたように、サイボーグは自らの境遇に思い悩む者が多かったが、慎吾は自分を不幸だと感じた事は無かった。
 左腕をはじめ、身体のあちこちを機械化された事によって、力は以前より遥かに増した。機械化している部位に限るが病気や怪我に怯える必要もない。元々利き手だって右腕が無事だった事も手伝って、左手の感覚がほとんど無いのにもいつ間にか慣れてしまった。
 感覚の他に不具合だと言われているのは、海水や温泉などの『濃い水』に入れない事と、病院や空港などで行われる各種検査に長い時間が取られる事。そして何より、人々から異端の目を向けられる事だったが、元々泳げない上にのんびり屋で目立ちたがりな気質の慎吾にとってそれは何の問題も無かった。
 彼自身、今の自分の身体を気に入っていた。人とは違う個性と力強さ、それは慎吾が欲しかった物でもある。その二つを同時にプレゼントされた気分だった。

 慎吾が待合室で漫画雑誌を読んでいると、慎吾の彼女であるリサが検査を終えて出てきた。慎吾は読んでいた雑誌を閉じて、リサに言った。
『やぁ、遅かったね。君の方が先に入ったのに』

 リサはすっかりくたびれた様子で言った。
『長かったー。ただ太ったってだけでも大騒ぎなんだもん。細胞が異常に分裂してるんじゃないかって。血を取られて、粘膜を採取して、理沙ちゃんの血を輸血してって、もう疲れちゃった』

 二人はたまたま同じ日に予約が取れたので、一緒に健康診断に来ていた。
 19歳の慎吾はサイボーグ、18歳のリサは作られて二年のクローン人間。当人達を含めて誰も知らない事だが、彼らは人類史上初の異種人造人間同士のカップルだった。

 二人は二年前にこの病院のリハビリテーションルームで出会った。
 慎吾はサイボーグの身体に慣れる訓練、リサは運動能力や知力や性格がオリジナルとかけ離れていないかどうかの検査を受けていた。
 お互い、作られた身体を持つ物同士、惹き合う何かがあったのだ。
 それからは、それぞれがたった一人で取り組んでいた訓練は、いつの間にか二人のデートになった。一緒に訓練をこなし、色んな話をし、食事や買い物にも出かけた。そうしてすぐに仲良くなり、付き合う事になった。

 慎吾は不機嫌なリサをからかうように言った。
『成長期をすっ飛ばして作ってくれて良かったね。どんどん身長が伸びてたら、毎度毎度大騒ぎになっちゃう。もっとも、体重が増えて検査が長引いたのは、君が食べ過ぎたのが原因なんじゃないの。クローンなのは関係ないじゃない』

 リサもやり返すように言った。
『なによ、その言い方。クローンは大変なんだからね。一度死んで悟ったような機械人間には分からない苦労があるの。データを取るために毎日決められた栄養のご飯をきっちり食べなきゃいけないのよ、それが私の仕事なの!』

 クローン。一度死んだ機械人間。こうした言葉を、ジョークとして普通に言い合える事。それは二人にとって、とても重要な事だった。
 作り物の身体で生きている気持ち、それは自分の肉体を当たり前に持っている人には決して分からない事だ。言葉は使う側と受け取る側、お互いの気持ちによって、まるで違う意味になる。普通の人が使えば差別に当たるような言葉も、二人だけなら『自分だけの、または相手だけの、個性を表す言葉』として使う事ができたのだ。
 実際、慎吾が機械の身体をポジティブに受け入れているのは、本人の極めて前向きな性格もあったが、リサがいるからという所も大きかった。

『君もサイボーグなら良かったのにね。この腕、とんでもない力が出るし。いざって時、本気を出せば鉄の扉でもぶち破れるよ。ただ、そんな事したら、この生身の肩が外れちゃうだろうけど』

『私はそんなのダサいからヤダ。野蛮だし、左腕だけツギハギみたいじゃない。可愛くない!』

『女には分からないだろうね、この良さ。ロマンがあるんだよ』

『あー、でも何か得があるだけマシかな。クローンは何も良い所がないもん、肌が赤ちゃんみたいに綺麗なのは嬉しいけど、他は不便しかないよ。風邪ひいたってだけで何日も入院させられるしね。ウイルスや薬がどう反応するかデータを取る機会だってさ。本物の理沙ちゃんと変わんないって、そんなの。仕事も、私は漫画家になりたかったのに、違うのに決められちゃったし』

 リサは、クローン保険に加入した家の娘『理沙』の遺伝子から作られていた。
 クローン保険とは、オリジナルの人間が事故や病気などで若くして死んでしまった時、その人を社会に残す為の保険だ。つまり、アクションゲームでいう残機みたいな物。これは、政府が医学の革新と少子化対策の二つを目的に開始した新しい政策でもあった。
 死ぬ間際にクローンを作っていたのでは、突然の事故や病気に対応できない。なので、オリジナルが生きている時に作り、普通の人間と同じように生活させ、成長させるのだ。
 保険といっても、臓器や四肢の提供などは行われない。その代わり、クローンは万が一の時にオリジナルの記憶を移植される。つまり、オリジナルと何ら変わらない特徴を持って生きていくのだ。
 当然、リサが経験した事はリサだけの記憶として残っていくのだが。

 リサが脳の検査と記憶のバックアップについて話していると、慎吾が言った。
『ねぇ、リサ。仮に君が理沙として生きていく事になってさ、理沙に彼氏がいたらリサはどうする?』

『ややこしい言い方しないでよ、ワザとやってるでしょ。慎吾と一緒にいるに決まってるじゃない。理沙ちゃんの彼氏だって、いくら見た目がまるっきり同じだとしても、私を理沙ちゃんだと思わないでしょ』

『でも、家族や仕事の記憶なんかはオリジナルのを引き継ぐんだろう?ってことは、その彼氏との思い出とかも君にアップロードされるだろ』

『あ、そっか』

『そうなったら、その彼氏の事が好きになっちゃうんじゃないの?』

『そんなわけないじゃない!慎吾こそ私じゃないリサでも良いし、本物の理沙ちゃんでも良いんでしょ!』

『あはは、同じ名前ばかりでややこしいね』

『何が面白いのよ、もう。でも、そうだなぁ。私、理沙ちゃんになっちゃうのかな。…なれるのかな』
 
『実際、そうして生活してる人もいるんだから、大丈夫だよ』

『そうね、私はその為に生まれてきたんだから』

『僕はその点、身体が機械なだけで他になんにも変わらないからいいもんだ』

『慎吾は元々、サイボーグじゃなかったから、サイボーグじゃない人の気持ちがわかるでしょう。私は元々がクローンだから、クローンじゃない人がどう考えてるのか分からないの。こないだ、佐山先生が『もしその時が来たとして、記憶を貰うのは怖くない?』とかって心配してくれたけど、私からしたら、何が怖いの?って感じ。クローンなんだから、当たり前じゃん』

 それは嘘だった。リサは本心では、その時が来るのをとても恐れていた。
 クローンにオリジナルの記憶を移したからといって、クローン側の記憶や感情が失われるわけではない。ただ、影響を与えるのは確かだ。それをリサはこう考えていた。理沙が死んだ時、自分も死ぬ。二人は一つになって、生まれ変わって生きていく。自分はそういう使命を持って生きている。しかしそれは、全く別の人間になるという事なのではないかと。

 慎吾は言った。
『オリジナルの理沙に、ずっと生きていてほしいね』

『そうだね。それが一番良いな。私は理沙ちゃんの事よく知らないけど、双子のお姉ちゃんみたいなもんだしね』

『そうだよ、君も姉妹として、理沙の家で普通に暮らせれば良かったんだよ。僕にはなぜそれがダメなのか分からないな』

『普通の人からしたら、気味が悪いのよ。作り物の人間なんて』

 アナウンスでリサが受付に呼ばれ、首にチョーカーのような物を付けてもらう。これはクローンだという証明と、血液型等が記録されているタグだった。事故等の際、クローンは普通の病院ではなく特別な施設に運ばなければならない。これはその為の物だ。
 一応、目立たないアクセサリーのようなデザインで作られてはいるものの、リサはこれを『可愛くない』として嫌っていた。それを聞いた慎吾は、去年の誕生日に真っ赤なスカーフをプレゼントした。リサはそのスカーフも『可愛くない!』と文句を言ったが、いつも首に巻いていた。
 
『おまたせ、帰ろっか』
『うん。長い一日だったね、もう夕方だよ』

 リサはスカーフを巻いて、サングラスをかけた。
 クローンは皆、偶然オリジナルに出会ってしまった時に混乱を招かないよう、公の場では常に顔を隠して生活している。
 これは瞳を日光から保護する目的もある。クローンの細胞は柔らかくデリケートなのだ、特に目や粘膜や消化器官がオリジナル年齢相応の強度に達するのには、それなりの時間がかかる。
 
 二人は玄関を出た。
 冬の冷たい風が吹いて、リサの細い身体に不釣り合いな長いスカーフがなびく。慎吾はリサのこの姿を見て、かっこいいと思った。正体を隠した孤高な戦士、人知れず何かに立ち向かう少女、そんな風に見えた。同時に、もしかしたら、これは可哀想な姿なのかもしれないとも思った。
 
 二人が歩いて行くと、病院の門の辺りに、人造人間反対派の団体がスピーチを行っているのが見えた。
 
 彼らは、要約するとこのような事を言っていた。
 人造人間反対!
 サイボーグはかわいそうだ、人体実験をやめろ!機械の身体で生きるのはつらいに決まっている!醜い容姿で生きなければならない人間の気持ちを考えろ!自然に死なせてやった方が本人の為だった!
 クローンはかわいそうだ、ただ産まれただけで辛い孤独な人生を送らねばならない!クローンを作るな!倫理を取り戻せ!人間を人工的に作るなどとんでもない事だ!
 
 サイボーグやクローンは保守的な人々から『いき過ぎた科学の産物』として認識されていた。
 また、就職支援や特別な福利厚生を受けている事に納得のいかない人々も少なからず居た。『なぜ彼らを支援しなければならないのか。人造人間は必要以上に大切に扱われ、みんな安泰に暮らしている。彼らは普通の人間より大切だというのか』という意見も有った。
 慎吾はともかく、多感な年頃のリサがその影響を大きく受けていたのは言うまでもない。リサが自分はクローンだという事にコンプレックスを抱いていたのは、こうした世間の空気を感じ取っていたのも理由の一つだった。
 リサにとって彼らの言葉は『お前は人間ではない』と、遠回しに言われているように聞こえた。

 リサは俯いてしまった。自分がクローンだと知られたら、一体どんな言葉が飛んでくるのだろうと怯えていた。胸の内に広がる、隠さなければいけないというプレッシャー。スピーチを行なっている団体が、全員自分を見ているような気がした。彼らはただ、正しいと信じている言葉を大声で発する快感に酔いしれていて、誰の事も見てなどいないのだが。

 それに気づいた慎吾は、あえて陽気な口調でこう言った。
『ねぇ、リサ、教えてよ。どうしてあの人達はああやって騒ぐのかな?自分達に関係の無い話でさ』

 リサはこの言葉を聞いて、少しだけ勇気が湧いてきた。そして、慎吾の調子に合わせて自分も言った。
『あれはね、えーと、暇なのよ。仲間がたくさんいて、自分に悩む事が無いから、ああして人の事ばかり気にするの。それが良い事だと信じてるのよ』

『なるほど、確かに暇そうだね。本当に他人の事を思って活動したいのなら、ゴミ拾いとかボランティアでもすれば良いのに』

『昔からああいう人達っているらしいけど、何を目的に活動してるのかな』

『さぁ、その時に珍しい物について何か言うのが目的なんじゃないの。流行と同じだよ』

『ああー、そっか、言われてみれば私達は珍しいもんね。じゃあ、あの人達が言ってる事もいつかは時代遅れになるのかな?』

『そりゃそうだよ。少なくとも僕らにとっては現時点で時代遅れだね。そう、僕らは一番先を生きてるんだ』

 慎吾は笑って言った、するとリサも笑った。
 こうした局面は、これまでも何度か有った。その度、リサは慎吾が自分にとってどれほど大きい存在かを感じるのだった。
 自分と同じような立場で話ができる、たった一人の人間。他には決して現れない、同じ所からスタートしたパートナー。普通の身体を持つ人には味わえないマイノリティの共有感。リサはこれを感じられた時、自分はクローンで良かったのかもしれないと思うのだった。

『僕もリサも、まるで借物の身体で生きてるみたいに言われる時があるけどさ、そんなのきっと今だけだよ。サイボーグもクローンも、何の使命も無く、人の目と戦う必要も無く、普通に生きていける時代がくると思うんだ』

 リサは涙を浮かべて、大笑いして言った。
『なにそれ。カッコつけ過ぎだって』

 慎吾は真剣な、けれど優しい顔で言った。
『本当の事だよ』

 
 冷たい風が吹く夕方の町を、二人は手を繋いで歩いて行った。
 沈んでいく夕陽を見て『綺麗だなー』『ほんとだねー』なんて言いながら。

 慎吾の右側に居たリサが、突然、左側にひょいっと回り込んだ。
『あれ、どうしたの?』
『こっちにしよっと』
『え、そっちは冷たいよ』
『うふふ、冷たくないってば』
 
 二人はまた手を繋いだ。
 慎吾は血の通っていない冷たい金属の左手に、確かに人の温かさを感じた。それはリサも同じだった。

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