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リモートワークの次は?

コロナ禍が続くことで働き方が一変し、リモートワークを採用している企業が多い。製造業など一部の部門は出社が必要となるが、この状況下にならなければ、こうした働き方が出来なかったのはなぜだろうと考える。昭和から平成にかけて、社会の動きが加速度的に変化した。これはパソコンの普及と共に、業務改革を余儀なくされた。

特に日本人は集団の中にいることで安心感を感じやすい性質がある。企業からすれば、ひと処に集めた方が管理しやすい。しかし一緒に仕事をすることは、便利さや仲間意識を高めることもあるが、本当に必要か?という問いには中々答えにくい。企業も従業員もコロナが終息するまでの一時的な対応と思っているからだ。ところが現実は、先が見えない状況であり、これは日本国内だけの問題ではない。すると、今までのやり方を変えることで、今後も従来の事業を継続させることは、だんだん難しくなってくるのではないだろうか。既存の事業は、こうした事態を想定した上で、継続して来た訳ではない。不慮の事態である。元の世界に戻すという希望を捨てようと主張しているのではない。想定外の状況においても継続可能な事業を考案し、従業員が必ずしも全員揃わなくとも事業継続可能な体制を構築していかねばならないだろうと思うのだ。

出社しない時間をどのように過ごすのか。企業からすれば、その分を業務に当ててほしいというのが本音だろう。労働基準法をそのまま当てはめると、時間通りで業務を終了しても、文句は言えない。社外での仕事となれば、9時5時生活のサイクルも個々人で変わってくる。かといって、時間に縛られない生活をどのように割り振るかが課題になってくる。

この状況下でもネット関連企業は業績を伸ばしたと報じられた。ネットショッピング関連の企業では、商品の受注、商品管理からその発送までの業務があり、リモートワーク体制では不可能である。またその商品を購入者へ配送する宅配業者もリモートワークではできない。彼らの仕事を代行できる手法が他にあるわけでなく、製造業と同じで、従来型の働き方をしなければならない。するとコロナは乗り越えても、次の事態にも通常の対応で臨むなら、他の業種に従事するよりも、リスクを負うことになりはしないだろいか。

今後、日常生活における消費にも影響が出てくるだろう。消耗品の購入は継続的となるだろうが、必要と思われていた物に対して買い控えとなることも考えられる。人が移動することで消費を促していたものが、移動が抑えられることで消費が減速することは明白である。

全国展開している企業業務を分社化して、同じ業務体制を全国各地に置くというイメージを考えてみた。これまではコストカットにより営業所を減らして来たが、時流に逆らって、元の体制に戻すのだ。営業エリアは極力狭くする一方で、営業所は増やさなければならない。そこで全国に数多くの営業所が設けられることで、人手が必要となることから、雇用が促進されるため失業率は激減する。製造業も大型化から縮小化へ転じつつ、製品の品質を保ちながら生産数を適正化する。つまり地域で作った製品は地域内で販売するという発想だ。こうすると、どのエリアに住んでも同様の職種に就くことが可能となり、日常生活の中で他のエリアへ行く必要は、旅行以外は基本的に少なくなる。

今の日本は、東京を中心とした首都圏に人口が集中しすぎてしまい、様々な面で格差ができてしまった。しかし本来は、仕事があれば都会へ出る必要はない。例え都会へ出ずとも、自分の好きな地域に住みながら、都会と同じような仕事が出来れば、地方は過疎化の心配をすることもない。都市集中による不動産価格の暴騰がなくなれば、住みやすい街が増え、事業も活性化する。将来的に災害等が起きたとしても、エリア内で解決することを優先するため、他のエリアに影響が及ばない。現行では、例えば工場が倒壊したら、生産ラインが停止して製造不能になるが、他のエリアにも同様の工場があるので、生産ラインが回復するまで、他のエリアから供給を受けることができるようにするのだ。

事業が全国に分散することで、自治体が得られる税金も豊かになる。それを地元へ還元できる施策を行える。結局は、日本という国を分散し、独立させるイメージだ。地方から都会に進出するのは、人口が多く、商圏が大きく、また地方に比べ街が整備されているからだろう。

当然、問題も生じる。現在のように同業他社が多いと成り立たない。そこでそれぞれの屋号や看板はそのままに、同一エリア内での企業が同業他社と企業体をつくるのだ。製造する商品は異なっても、材料はエリア内の他業種の企業体からまとめて購入する。会計処理は企業体が一括して行うが、従来の企業や店舗は、企業体の一部門という扱いにして、各々に経理処理を行う。そうすると、ある意味で不透明さは無くなっていく。競争社会は進歩は生んだが、豊かさは失うという相反したものになってしまった。過去から脱却する時が近づいているのではないだろうか。

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