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ギリギリの状況でどう判断するか

こんにちは。

マレーシアのロックダウン(MCO)中は、夜になると、家族で映画を見ています。

先日は、1972年「ポセイドン・アドベンチャー」をみました。
パニック映画の先駆けで有名です。
人間ドラマとしてみると、いろんな学びがありました。

地震で起きた津波により、豪華客船が転覆。
最初の方のシーン、真っ逆さまになった船の中で、避難しようと主張する牧師と、救助を待つべきだとする船会社社員が対立するんです。

この対立が、日本の津波のときと酷似していて驚きました。
原作はポール・ギャリコの小説なのですが、人間の行動ってどこも同じなのかもしれません。

今日はこの映画から学んだことを共有します。

人間は「その場に留まりたい」生物である

息子は、人間にとって「その場にとどまる」誘惑は強いんじゃないの? と言いました。
「人間はできるだけエネルギーを使わない方に流れる生き物。その場にとどまる誘惑が強いのは当然で、動くには大きな決断がいる。動く方が動かないより難しいんじゃないかな」と。

さらに、動くのは、自分の選択になり、責任が発生します。
動かないことは、消極的で、自分の判断ではないとも言えます。

動くと、「ほら言ったでしょ。動かない方がよかったじゃない」って声が出てくるんです。実際、映画でも動いたグループの中で対立します。

これ、いろんなことに当てはまる気がします。
人は「今いる状況が大丈夫だ」と思いたい生物なんですよね。
心を揺らさないための防衛反応でもあると思う。

情報をどう精査するか

突然、非常事態になると、一人ひとりが、さっと判断を下さないとなりません。「何を基準に物事を決めるか」も重要です。

「ポセイドン・アドベンチャー」では、以下の2グループにわかれます。

動く派=牧師が主導。船底の情報を教えたのは、船のボーイと船マニアの子供
動かない派=船会社の事務長。船の情報を知っています

権威に従おうとしたら、当然後者です。けど、津波で起きた小学校のように、権威ある人の判断が結果的に正しいか? それはわかりません。

では多数派に従うのはどうでしょうか? 多数派もやはり後者です。「動く」と決めたのは、たった10人。私たちには、群れになった方が安全というのがDNAレベルで刻まれてる。

情報が少なすぎて、答えがわからない中、自分の判断で生き残りを決めなくてはなりません。普段から思考の訓練をしていないと、とっさに決められないのかも。

子供が鋭い指摘をできる理由

映画はこの子供の情報に従った動いた10人の生き残りにスポットを当てます。

しかし子供の意見は馬鹿になりません。

なぜかと言うと、彼らにはほぼ偏見がなく、事実ベースで判断できるから。
「偉い人がああ言ってる」「マニュアルにこう書いてある」「これをやると上司に叱られる」「かっこいいところ見せないとまずい」みたいな先入観が少ないので、割と事実だけをみられるのかもしれません。

原作のポール・ギャリコがなぜこのようなストーリーにしたのかはわかりませんが、人間の根底にある行動原理がよく反映されています。

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そんなわけで、家族で映画をみては、それを題材に話し合ってます。もう数十本になりました。

この「家族で映画を見るミッション」、最初にマレーシアで友達になった華人家族の習慣でもありました(旅行先にDVDプレーヤーを持ち込んで、毎晩映画をみていました)。友達同士でやっても面白いかもしれません。

それでは、また。

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