#2特別活動の充実を通じ学校を変え、社会を変える|校長の挑戦
新連載、「校長の挑戦」。いろいろなしがらみのなか、積極果敢にさまざまな挑戦をしている全国の校長先生への取材を一人ずつ掲載します。二人目は、東京都八王子市立浅川小学校長の清水弘美先生です。
プロフィール
東京都八王子市立浅川小学校校長。「役に立つ喜びを知る子」を学校教育目標として、特別活動を軸にした学校経営を実践。保護者や地域とともに、学力・体力向上、学級崩壊等のない学校をつくり、子どもたちの自己有用感を高めている。また、世界に誇る日本型教育「特別活動」を国内を始め、エジプトやモンゴルなど海外への指導も実施。2017年から環境省「つなげよう支えよう森里川海プロジェクト」のアンバサダーとして、持続可能な開発のための教育(ESD)を研究し、2020年度ユネスコスクールESD大賞にて最優秀賞受賞。また、全国初の定期的な「ビーガン給食」を実施。全国学校行事研究会会長、全国道徳特別活動研究会副会長、DFC-JAPANグローバルメンバー。著書に『特別活動でみんなと創る楽しい学校』『子供の心を伸ばす特別活動のすべて』ほか多数。
【清水校長の挑戦】
① 特別活動を基軸とした学校の立て直し
② 「何のため」を問い続けながらの学校行事運営
③ 子ども主体で進められる年間20時間のクラブ活動
■教育に対する方向性を変えた都庁での勤務経験
私は管理職になる前、東京都庁の人事交流で1年間、都の生活文化局に勤めていました。当時担当していたのは、「こころの東京革命」という青少年の健全育成に向けた事業で、子育ての楽しさ等を都民に広める企画の数々に携わっていました。
わずか1年ではありましたが、ここでの経験は私の教育に対する方向性を大きく変えるものでした。学校現場にいると、文部科学省、都道府県教委、市町村教委という縦のラインが、絶対的な権力を持っているかのように捉えがちです。教職員の多くも、そこだけを向いて仕事をしているような印象があります。
しかし、東京都における「教育庁」は、生活文化局や都市整備局、環境局、福祉保健局など多々あるセクションの一つにすぎません。行政に携わる人のなかには、教育よりも福祉や経済が大事だと考え、身命を賭して働いている人もいます。そうした人たちと一緒に仕事をするなかで、「教育がすべてではない」ことを肌身で感じ、視野が広がりました。そして、東京都や市町村が打ち出す施策において、学校教育がどの部分を担っているかを意識するようになりました。
都庁のほかに、都の教職員研修センターにも1年間勤めましたが、ここでの経験も私にとって大きなものがありました。都下の全ての学校に向けた文書を作成していた時のことです。文案を作成して上司に提出したところ、細々と赤字が入って戻ってきました。「この程度のこと、別に気にしなくていいのに……」と思ったのですが、その様子を見た上司が私に「学級通信にミスがあったら、1枚につき1円を払うなら30~40円で済むかもしれない。でも、都民全員に向けた文書にミスがあれば、それは1200万円にものぼる。そのくらいの仕事をしているという認識が必要だ」と言いました。
確かに、学級通信のミスは、校長や教員が保護者に頭を下げれば事は済むでしょう。一方で、東京都全体の文書にミスがあれば、2000校を超える学校、5万人を超える教員に影響を与え、「都教委はだらしがない」とのレッテルを張られてしまいます。私は、自身に甘えがあったことを反省し、仕事には大きな責任が伴うことを再認識しました。
■「知識注入型」の学びと「体験型」の学び
子どもの学びは、大きく二種類に分類できると私は考えています。一つは、教師から教えてもらう「知識注入型」の学び、もう一つは自ら主体的に行動して身に付く「体験型」の学びです。
「知識注入型」の学びは、主として各教科の授業を通じて行われます。ここでは、子どもたちが「何を学ぶか」があらかじめ決まっています。一方、「体験型」の学びの代表選手は「特別活動」です。ここでは、子どもたちが「何を学ぶか」が決まっていません。決まっているのは、身につけるべき「資質・能力」であり、何を素材として使っても、最終的にそこにたどり着けばよいのです。
では、身につけるべき「資質・能力」とは何でしょうか。私は、「自己実現する力」「人間関係を形成する力」「社会に参画する力」の三つだと考えています。子どもたちが多様な経験を通じて自己肯定感・自己有用感を高め、周囲の仲間と合意形成しながら関係性をつくり、主体的に社会を変えていこうとする態度を育む。そこに教育のゴールがあると捉えています。そして、それらの資質・能力を育成するうえでも、特別活動の充実が欠かせないと考えています。
私は教員時代から特別活動の研究実践に取り組んできて、その重要性を認識してきましたが、その思いを確かなものにしたのが都庁での経験でした。私たちが育てるべきなのは、よき「小学生」ではなく、よき「社会人」でありよき「市民」なのです。私は常々、このことを教職員に伝えています。
しかしながら、日本の学校において特別活動はあまり重視されておらず、その本質的な意義を理解している教員はほとんどいません。さらに言えば、多くの教員が「特別活動」という言葉の意味を正しく理解できていません。学習指導要領には、各教科と並んで章立てされているにもかかわらず、現場では存在が十分に認知されていないのです。
特別活動は、きちんとしたねらいをもって取り組めば、その成果が方程式のように確実に出ます。誰がやっても、どの学校でやっても、必ず子どもたちが変わります。にもかかわらず軽視されている実態があり、その結果として学級崩壊やいじめ、不登校などの問題が起きているのです。いわば、学校教育の基盤をつくっているのが特別活動であり、私は「基盤教育」と考えています。
そんな考えを持ちながら校長となった私ですが、最初に着任した八王子市立弐分方小学校は、当時大いに荒れていました。子どもたちは教師の言うことを聞かず、全12クラスのうち4クラスが学級崩壊を起こしていました。心を病んで病気休暇に入っている教員もいて、他の教員も「3年だけがんばれば異動できる」と考えながら勤務していました。教員志望の学生ボランティアのなかには、学校の惨状を見て、教師を目指すのをやめてしまおうと考える人もいました。地域で悪さをする子どももいたため、近隣住民からも嫌われており、ボランティアの手を借りることすらできないような状況でした。
夢と希望を抱いて校長となった私ですが、その船出は実に多難なものでした。一方で、こうした状況があるからこそ特別活動を推進し、学校を立て直さねばならないとの確かな思いを抱きました。
■運動会で「ゆりーとダンス」
私はまず、教師も子どももみんなで目指す学校教育目標を変える必要があると考えました。とはいえ、着任したばかりの校長が学校教育目標を変えてよいものかと悩みました。
そこでまず、副校長に「学校教育目標を言ってみてください」と聞いてみました。すると全く答えられません。教職員に聞いても、子どもたちに聞いても結果は同じ。つまり、誰一人として学校教育目標を言えず、全く意識していなかったのです。
「これなら変えても誰も問題視しないでしょ」と考え、4月には「役に立つ喜びを知る子」と変更しました。予想どおり、誰からも注目されていなかった学校教育目標は、すんなりと変更することができました。こうして新しく特別活動の柱である「自己実現する力」「人間関係を形成する力」「社会に参画する力」の育成を見据えた教育目標が誕生したのです。
とはいえ、教員のほとんどは、特別活動をどのように進めてよいか分かりません。そこでまずは私がイニシアティブをとって、「全校特活」を進めていくことにしました。
ちょうどこの年、東京都で国体が開かれることになっており、都から「ゆりーとダンス」で地域を盛り上げてほしいとの依頼が来ていました。「ゆり―と」とは、都民の鳥「ゆりかもめ」をモチーフにしたキャラクターです。私はこのダンスを10月1日の運動会の演目とすることを目標に据えました。
特別活動は、子どもたちに「やりなさい」と言ってやらせても成果は出ません。大切なのは、子どもたちが「おもしろそう」「やってみたい」と感じるような「仕掛け」をつくることです。私はまず、昼休みに一人で体育館へ行き、「ゆりーとダンス」のDVDを大音量で流して踊り始めました。すると次第に、「新しい校長先生が、何か変なことをしているぞ」と、様子を見に来る子どもが出始めました。
数日後、私が「一緒に踊ろうよ」と声をかけると、何人かの子どもたちが踊りに加わりました。徐々に多くの子どもたちが参加するようになったころ、私は子どもたちに「このダンスを運動会でみんなで踊るから覚えてね」と言い、児童会メンバーに、全体練習をリードしてほしいと伝えました。
その後、私は町内の老人会に出向き、「子どもたちと一緒に踊りませんか?」と呼びかけました。すると20人のお年寄りが参加の意向を示してくれました。本番当日まで、学校では計3回にわたってその方々をお招きし、児童会の子どもたちと練習を重ねました。
また、教員には2学期に入ってから、「皆さんも一緒に踊ってもらいます」と伝えました。すると、多くの教員が昼休みに体育館へ行き、子どもたちと一緒に練習するようになりました。担任と一緒に踊る子どもたちは実に楽しそうで、練習する子は日に日に増えていきました。
運動会本番では、全校の児童と教員、保護者、地域のお年寄り、幼稚園児、保育園児、中学生などが集まり、皆で楽しく「ゆりーとダンス」を踊りました。当日は八王子市長も訪れ、その様子はテレビや新聞、市の広報誌などでも紹介されました。こうして学校のよい取り組みが報じられたことをきっかけに、保護者や地域の方々が、学校に好感を抱いてくれるようになりました。
本校の運動会では、6年生が「集団行動」というパフォーマンスを披露します。そんな折、テレビ朝日が「30人31脚」に代わって「全国小学生・集団行動大会」を開催することになり、本校の6年生も参加することにしました。
私はここでも特活的手法を用い、まずグループごとにリーダーを決めて、練習の進め方も含めて考えさせました。その後、子どもたちはグループで話し合いながら練習を重ねていきましたが、その過程ではリーダーの子が「俺、もうやらない!」と言い出し、周囲がそれを責めたり励ましたりと、ドラマさながらの悲喜交々がありました。
こうして試練を乗り越えた末、12月の全国大会では見事、優勝を勝ち取りました。この間の子どもたちの成長は、心身ともに目を見張るものがありました。また、学校は以前の荒れが嘘のように消えて落ち着きを取り戻し、保護者や地域住民も協力してくれるようになりました。
■学校行事は「何のため」を問い続ける
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この続きは、2022年3月刊行予定『校長の挑戦』に掲載します。お楽しみに!
執筆:教職研修編集部
制作協力:株式会社コンテクスト
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「校長の挑戦」は下記の『校長の覚悟』の続編です。
ぜひ、こちらも併せてお読みください。
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