肥薩線は空港連絡鉄道としてしか生き残れない―肥薩線再生策①―
JR九州の肥薩線の川線と呼ばれる八代〜人吉間の復旧について、2033年を目処に鉄道で復旧すすることがJR九州と熊本県の間で合意された。
これを聞いて、私は川線だけを残して山線は廃止になると見ていたが、以下のテレビ熊本のニュースで、JR九州の古宮社長は、肥薩線の復旧費235億円について「運休中の八代ー吉松間
全体の復旧費」と話し、「『川線』と『山線』で分けて計算はしていない」と述べた。
これは、鹿児島県側も復旧の可能性があることを示唆している。
古宮社長は、年間3億円の赤字を出していた肥薩線について、持続性を重視している。熊本県が観光振興に力を入れる計画だったのに対し、JR九州は、日常利用の促進を要望した。熊本県内なら、県都の熊本市と球磨地区の中心都市、人吉市を結ぶ都市間需要があるので、これを鉄道に移行させることを期待しているのだろう。しかし県をまたぐ山線は日常利用が可能だろうか?
何しろ古宮社長自身が山線はほとんど地元利用がないと言っている。このあたりを通ったことがある人なら、ほとんど人が住んでおらず、1日100人程度乗る人がいることの方が不思議に思うはずだ。おそらく乗車目的のマニアや青春18きっぷで宮崎県や鹿児島県に行く人しか利用しないと考えるだろう。日常的な利用を促し、持続可能な復旧にしなければ、次の災害で廃止されるだろう。そのためには今までの普通のローカル列車を1日数本走らせるやり方ではだめで、新たな需要を作り出し、斬新な集客を行ってかなりのお客さんを集めなければ無理だ。何しろ地元利用がない、すなわち需要がないところに需要を作り出すのだから、生半可な案ではとても残せない。そこをふまえて今回は新たな方向性を模索する。また、復旧に際して別ルート案は、かなり長くなるので次回にする。
需要が少ない県境区間
どこの県でも県境区間は需要が少ない。これは、在来線鉄道の乗客のほとんどが高校生で、高校生が県を跨いで通学することはほとんどないからである。どこの県も高校は学区制があり、近所の比較的大きな町の高校に通う。このため県境は利用者が極端に減る。
しかも鹿児島県と熊本県は元々流動が少ない。歴史的に仮想敵国同士だったので江戸時代まではほとんど行き来がなかった。隣の県でありながら方言がお互い通じないことも歴史的に疎遠であったことがうかがえる。
現代でも、鉄道や高速道路建設のネックになったのは肥薩線沿いの県境区間。全国に高速道路が張り巡らせているのに人吉市とえびのJCTが繋がり九州道が全通したのは1995年である。鹿児島県と熊本県の流動も、県庁所在地間が約200km離れているので新幹線中心になる。鹿児島市から熊本市までは、東京や京都から浜松に行くのと距離的に変わらないので在来線は利用されにくい。
肥薩線川線沿線にはほとんど人が住んでいない
熊本県南部の地形が険しく、ほとんど人が住んでいないのも肥薩線の利用低迷の一因である。
さらに、八代〜隼人の全線にわたり九州自動車道と並走している。仮に肥薩線が通常運行していても、人吉〜八代は約1時間半かかり、熊本までは新幹線を使っても2時間はかかる。
高速バスなら、人吉IC〜新八代駅は30分、新幹線を使えば1時間以内で熊本に着く。高速バスで熊本駅まで行っても1時間40分程度なので肥薩線よりも早い。高速バスは人吉ICから、熊本行、新八代駅行が毎時1本、福岡行が毎時2本程度運行されている。正直鉄道を利用する必要はなく、バスの方が便利である。私は熊本県が鉄道による復旧をすると報じられるまで、別のところで肥薩線は廃止すべきと主張していた。鹿児島本線開通時点で、すでに人の流れに合っておらず、残しても利用が見込めずバスと利用者を食い合うならバス1本にしてバスの利便性を高めたほうが良いと考えたのである。
ローカル輸送も、肥薩線の代替交通が、八代〜葉木までの1日3本、一勝地〜人吉までの1日2本のタクシーである。バスですら過剰で経営が成り立たないので代替タクシーで十分な程度の需要しかない。このタクシーもおそらく専業では経営が成り立たず、地方にありがちな、商店主などの兼業で予約制のタクシー事業者だろう。
山線沿線は九州で最も人が住んでいない
人吉市を離れると深い山ばかりでほとんど人が住んでいないが、鹿児島県側に抜ける肥薩国境は、元々往来が少ないので九州の鉄道で最も利用者が少ない。つまり住んでいる人も最も少ないと言える。どう見ても地元利用で鉄道を維持できない。
大畑駅は、車で10分ほど行った先の国道沿いに集落がある。小・中学校もあり、それなりに人は住んでいるが、ここから人吉市中心部へは国道を使う方が早い。わざわざ反対方向の山に登って鉄道利用する人はほとんどいないだろう。
矢岳駅は駅周辺に小さい集落はある。しかし小学校は休校している。学齢期の子供がいないのだろう。つまり将来的に限界集落となると予想される。
真幸駅は、かつては集落があったが、駅周辺は土砂災害が多く、真幸集落は麓の京町温泉駅周辺に移転してしまった。移転先の集落は小・中学校もあり、生徒数もそれなりにいる。ここは肥薩線沿線でなく吉都線沿線といえる。
どの駅も人がほとんど住んでいないので、日常利用は全く期待出来ない。
JR九州は、山線と川線を分けて復旧することは考えていないとしている。川線は熊本県が復旧に向けて熱心に動いているが、山線は宮崎県、鹿児島県にまたがる上に、両県ともに熊本県と比べると鉄道の分担率が低く、そこまで熱心とは言えない。肥薩線復旧には、山線を使って人吉市から宮崎県、鹿児島県へ抜ける移動需要を創出し、両県にとってのメリットがなければ動かないだろう。普段鉄道を使わない人から見れば、乗らないローカル線を残すことに金を使うより、道路を整備する方に金を使って欲しいと考えるはずだ。
しかし山線は熊本県、宮崎県、鹿児島県と3県にまたがる。ただでさえ県境区間は需要が少ないのに、他の県境より往来が少なく人がほとんど住んでいないこの地域に、鉄道を復活させようと3県の合意を得るのが一番難しいかもしれない。
鹿児島県側は意外と利用者が多い
逆に鹿児島県側の吉松〜隼人間は、地方のローカル線としては意外と利用者が多い。接続する吉都線、肥薩線山線と比べても格段に利用者が多い。これは、霧島市から鹿児島市への通勤通学需要が多いことに加え、霧島市から鹿児島市内への道路が九州自動車道か国道10号しかなく、国道は途中に対面通行区間、踏切があるため渋滞が激しく迂回路もないため鉄道通勤者が多い。
また、霧島市から鹿児島市は南九州唯一の人口増加地区である。肥薩線の鹿児島県側がギリギリ人口増加地区にかかっているのもそれなりの利用者がある原因でもある。肥薩線全体を残すとき、鹿児島県側を上手く活用することが鍵になる。
川線の復旧は高規格になると予想
川線の復旧は2033年頃とされる。これは河川の防災工事として行われるのでJR九州の負担は最小限となる。復旧までの年数と防災工事、現状の壊滅的な被害から想像すると、復旧は以下のように考えられる。
①崩れた築堤を修復、川幅の拡張、浚渫で川の流量を確保する。
②壊れた橋の残骸、流木などを撤去する。
③水害被害にあった集落、道路を今までより高く川から遠い場所に新しく造り直す。
④肥薩線を③に合わせて造り直す。
おそらく被災して不通の肥薩線、国道は全線防災工事に合わせて造り直すから、全く新しい新線を建設するだろう。川沿いにへばりつく国道や肥薩線の用地は、川幅の拡張、築堤の建設に使われるだろうし、今のまま復旧しても、再び水害に遭う可能性が高い。実際肥薩線も開業以来26回も水害に遭っているので、4〜5年ごとに水害に遭っていることになる。このため道路、鉄道、集落全て高台移設と予想される。
新線を建設するとなると、明治時代の規格で建設できない。今は道路との平面交差もできないし、急カーブも作れない。最近の新線同様トンネルで直線的にぶち抜く線形になる。全線立体交差となると、イメージ的には山岳部をトンネルで直線的に走る、ほくほく線のような感じになるだろう。建設期間からも高規格新線になることは、ほぼ間違いないだろう。
山線の需要創出のために
山線はトンネル新線必要
人吉〜吉松間は、約35km、1時間ほどかかっていた。急勾配、急曲線、スイッチバックと高速運転が出来ない線形である。この区間は並行する九州自動車道も長大トンネルで危険物車は通行出来ない。
山線をセットで考えて復旧させるなら、山線を日常利用する需要を創出しなければならない。元々県境区間は利用者が少なく、特にこの付近はほとんど人が住んでおらず、車の倍くらい時間がかかる鉄道に需要がない。
例えば危険物積載車は、八代から鹿児島方面へは、南九州西回り自動車道を使うか、国道を使う。九州自動車道は肥後トンネル、加久藤トンネルなど5,000m以上のトンネルがあるためである。八代〜吉松間を危険物積載車専用のカートレインを運行してはどうか。トラック業界は運転手不足が深刻である。県境を無人輸送で運び、熊本県側、鹿児島県側でそれぞれの業者が受け取れば運転手の拘束時間が少なくなり、運転手不足に対応できる。国道や南九州西回り自動車道経由ではかなり時間がかかるので、それだけ現状運転手を無駄に使っている。カートレインでトラック業界にも運転手不足が解消できるし、JRも県境区間の需要の少なさを補える。
カートレインを運行するなら、ループ線やスイッチバックの山線は不向きである。勾配のゆるいトンネルで130km/h以上で走れる高速新線にする必要がある。高速化すれば15〜20分で人吉〜吉松間を結べる。これは宮崎新幹線構想にもつながる。
宮崎新幹線構想
結論から言うと、宮崎県知事提案の宮崎新幹線構想はありえないと言える。
これは、肥薩線を新幹線ルートにするなら全国新幹線鉄道整備法により、建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画に告示しなければならない。しかし東九州新幹線は、福岡県福岡市から東九州の大分県大分市附近、宮崎県宮崎市附近を経由して、鹿児島県鹿児島市に至る新幹線と定義されている。宮崎県宮崎市から鹿児島県鹿児島市に至らなければ東九州新幹線とは言えない。新八代ルートを作るなら別の新幹線ルートとして告示する必要がある。
また、仮にこのルートを基本計画区間に告示し、宮崎新幹線として定義し、整備するなら肥薩線が並行在来線になる。今の肥薩線の輸送量なら第三セクターやバス転換も難しく、廃止しかない。新幹線建設費を負担する熊本県や鹿児島県が同意するはずがない。特に熊本県は多額の費用負担で川線の復旧を行うのに、復活したら数年で廃止では同意できない。鹿児島県は元々熊本県ほど鉄道維持に熱心ではないし、既に新幹線があるので新しい新幹線に乗り気ではない。
唯一宮崎新幹線らしいものを作るなら2つの案が考えられる。
①高速化された川線、短絡線の山線を使ったスーパー特急。吉都線も小林まで高速化し、小林〜宮崎は宮林線に沿って県営鉄道などで高速新線を造る。新八代は新幹線ホームに乗り入れて、九州新幹線暫定開業時と同様に同一ホーム乗り換えとする。
②函館駅新幹線乗り入れと同じように、全く新しい肥薩線復旧区間を新幹線車両で乗り入れる案。新幹線車両が乗り入れ可能なように3線化、用地の拡幅、吉都線3線化、用地拡幅、宮林線を新幹線規格で建設すれば新幹線車両を宮崎駅まで乗り入れ出来る。しかしあくまで在来線なので、160〜200km/h運転となる。
宮崎新幹線らしい物をを造れるとしたら、これしか出来ないだろう。しかし②の新幹線車両乗り入れをするなら、川線復旧で宮崎県も出資して新幹線車両が通れる規格で復旧する話を熊本県としなければ間に合わないが、現在宮崎新幹線構想だけでJRや熊本県と協議していると言う話はないので新幹線車両乗り入れは間に合わないだろう。
ただしスーパー特急方式を採用したとしても、存続が難しい山線、吉都線の利用を増やすことは出来るし、宮林線がなくても都城経由でもそれなりに高速化出来て需要が生まれる。国土交通省が、新幹線と在来線の中間の「準新幹線」とでも言える高速鉄道を検討している。これを適用して、新八代〜宮崎をスーパー特急で整備し、準新幹線として運用するのは可能であるし、肥薩線山線の活用としてベストだろう。
霧島温泉駅以南は鹿児島空港経由に付け替え
山線の利用者を増やす本命は肥薩線を鹿児島空港経由に付け替えることである。
人吉市の最寄り空港は鹿児島空港である。九州新幹線開業当初、熊本〜鹿児島間の高速バスは廃止されたが、人吉〜鹿児島空港間だけは高速バスを運行していた。熊本市と鹿児島市の都市間流動は新幹線が出来たら高速バスは対抗出来ないし、格安で移動したい需要も少ないと言えるが、人吉市と鹿児島空港の空港アクセス流動はそれなりにあると言える。現在は、熊本〜鹿児島間の高速バスが再び開設されたので、都市間高速バスが鹿児島空港と人吉に立ち寄って空港アクセスバスを兼ねている。
鹿児島空港は年間600万人が利用する。そのうち日豊本線とつながる鹿児島市、姶良市の利用者をある程度取り込めば輸送密度が上がる。
さらに人吉都市圏(人吉盆地周辺の市町村)の人口が約10万人、にしもろ定住自立圏と呼ばれる宮崎県小林市を中心とした人口約5万人の都市圏の利用者も゙取り込めば鹿児島空港利用者、肥薩線利用者、吉都線利用者数が上がる。人吉や小林から鹿児島空港を通り、鹿児島中央まで直通する空港連絡鉄道を設定すれば、一つの列車で両方向の空港アクセス路線を運行できる。パス運転手不足で現状鹿児島空港リムジンバスの減便が続く中、一人の運転手で多くの人を運べる空港連絡鉄道は効率が良い。また、特に小林市など宮崎県南西部は歴史的に鹿児島市と結びつきが強いし、人吉市も盆地外とのつながりが少ないとはいえ、比較的鹿児島との移動がある。鹿児島県伊佐市も゙最寄り駅が人吉になる地域もあるので、人吉や小林から鹿児島中央まで直通する空港連絡鉄道を設定すれば、球磨地域、にしもろ地域から鹿児島への都市間移動需要の誘発と取り込みもできる。
肥薩線の鹿児島空港経由へのつけ替えは人吉市以南の肥薩線、吉都線を救済する切り札になれる。
鹿児島空港経由の肥薩線に付け替えることで、宮崎県、鹿児島県にも多大なメリットが生まれるので、山線復旧の合意を得やすくなる。
鹿児島空港経由への難関は勾配
霧島温泉以南を鹿児島空港経由にする場合、現行路線は日当山駅以外は非常に利用者が少ない。
2016年の1日当たり乗車人員は、日当山159人、表木山2人、中福良3人、嘉例川35人、霧島温泉241人である。5人以下はJR北海道なら駅を廃止するレベルである。これらの駅は全て廃止し、日当山と霧島温泉の間を鹿児島空港経由にするのである。
年間600万人の利用者がいれば、それなりに利用者が見込める。大規模な空港なので、空港職員などの利用も゙見込める。しかし最大の難関は、空港の標高である。標高271mの鹿児島空港に対して、日当山駅は標高12m、霧島温泉駅は標高166m。霧島温泉駅から鹿児島方面へ2本目のトンネル、嘉例川トンネルを出たあたりの標高が175m、ここから空港まで3kmを25‰の勾配で上ると鹿児島空港駅は標高250mになる。
鹿児島空港駅からは、一旦肥薩線と反対方向の西側に進路を取り、九州自動車道を越えたあたりで大きくカーブして日当山駅の西側の山中にトンネル駅を作る。日当山まで8kmは迂回しないと鉄道車両が登れる勾配にならない。また、高度を稼ぐために日当山駅も山中の高いところにトンネル駅にしなければならないし、隼人駅高架化も必要になる。
肥薩線山線の需要誘発効果は?
ざっくり鹿児島県と鹿児島空港利用圏の熊本県球磨郡、水俣市、宮崎県諸県を合わせた人口が200万人と考えると、鹿児島空港の利用者数600万人は、周辺住民一人当たり年間3回の利用があると考えられる。もちろん人口の多い鹿児島市が一番多くて180万人が使うと考えられる。
人吉市周辺の10万人、小林市周辺の5万人、湧水町の1万人が3回利用するなら48万人が利用する。1日当たりおよそ1300人程度の利用者数になる。このうち人口比から、800人程度が人吉〜吉松間の山線を使うと考えられる。水害前の山線の輸送密度が106なので、人吉からの空港利用客が入れば輸送密度900程度まで上がる。
さらに、空港と直結するなら、人吉市、鹿児島県湧水町、えびの市、小林市といった3県境界部の観光地を結ぶ周遊ルートも作れる。手始めにナパバレー・ワイントレインのような観光列車を走らせて、一定の観光需要が生まれれば観光ルートとして確立する。
観光列車で新たな需要創造を
ナパバレー・ワイントレインは、日本円で10万円程度でアメリカ・カリフォルニア州ナパ〜セントヘレナを往復する列車である。(下の公式サイト参照)
ナパバレー・ワイントレインを推す理由は3つある。
1つ目は距離。ナパバレー・ワイントレインは、往復約60kmを3時間かけて走る。これはちょうど人吉〜吉松間往復と近い距離である。比較したり、参考にしたりするのにちょうど良い。
2つ目は価格。1人10万円程度の運賃で食事と展望を提供している。人吉〜吉松間の普通運賃は760円。いさぶろう、しんぺいを満席にしたら、観光列車に改造されていても100人程度乗れるだろうから、満席なら76,000円の売上になる。しかし食事付で10万円なら、普通は三分の一が食材費、三分の一が調理やサービススタッフの人件費、三分の一が場所代になるよう価格設定するから、お客さん1人乗れば場所代にあたる33,000円はJR九州に入る。お客さん3人でいさぶろう、しんぺいを満席にしたのと同じ収益を得られる。
実際いさぶろう、しんぺいが満席になることはあり得ず、2019年の輸送密度が106ということは、良くても一列車あたり20〜30人、一列車の運賃収入は高く見積もっても22,800円だろう。ナパバレー・ワイントレインのような観光列車なら、1人乗るだけでいさぶろう、しんぺいの多客時の収益を超えられる。
3つ目は食事。観光に食事の楽しみは大きい。特に東京や大阪から来た人には南九州の食文化は独特だ。
ナパバレー・ワイントレインの車両も魅力的だ。ナパバレー・ワイントレインのホームぺージを見るとわかるが、車両はドーム型の展望車と食堂車に分かれる。ドーム型の展望車は、各駅に停車しながらゆっくり車窓を楽しむのにちょうど良い。特にえびの市は矢岳付近の肥薩線の車窓を観光の目玉にしているので列車をえびの市の観光ルートにも使える。
また食堂車は、個性的な鹿児島県側の郷土料理、ボルドーワイン同様に原産地呼称制度のある球磨焼酎、薩摩焼酎を旅行者が体験するのに良い。人吉の川魚料理は都会では珍しい。鹿児島の料理は焼酎に合うので球磨焼酎、薩摩焼酎の飲み比べにも良い。肥薩線沿線の宮崎県えびの市、近隣の小林市などは旧薩摩藩領なので料理、飲酒文化は鹿児島に近い。ワイントレインでなく、焼酎トレインにできる。
車両はナパバレー・ワイントレインと同じようなもの(展望車と食堂車があるもの)を造れば良い。キハ40などの足回りを使って観光列車を造ることが多いが、現在の乗り心地の良い空気ばね台車で電気式気動車などの新しい技術を取り入れたほうが良い。水素で走る気動車が近いうちに出るだろうが、こうした新しい技術が採用されれば話題にもなる。
観光列車の次は観光ルートの構築
観光列車を走らせる目的は、新しい観光ルートの構築のためである。
まず、どこから観光客を呼ぶか。遠いところから来るお客さんの方が泊まってくれるしお金を使ってくれる。九州内ならほとんどの人が車で来るし、日帰りも多いからJRにメリットが少ない。新幹線で来てくれる中国地方、飛行機で訪れる関西、東京からのお客さんはJRを使ってくれる。特に人口が多い東京のお客さんを狙うべきだ。
東京のお客さんを呼び込むメリットは、遠いからお金を落としてくれるし、車を持たない人、全く運転する習慣がない人も多く、公共交通機関を使ってくれる。もちろん肥薩線にも乗ってくれる。極端な話、公共交通機関で行けないところは行かない人もそこそこいるくらいだ。
東京から人吉を訪れる場合、遠いからせっかくなら周辺の他の観光地も見て回りたいと考える。熊本城や鹿児島市内など有名観光地もあるが、これらを合わせたツアーなら、宿泊先は熊本市や鹿児島市になる。人吉で泊まってくれるために近隣の市町村でツアーを組んだ方が良い。人吉周辺自治体で、肥薩線山線を使う観光地を見てみる。
①人吉市
人吉市の主要観光地は、人吉温泉、青井阿蘇神社、球磨川、人吉城趾などである。デジタルマップを見ると、いずれも人吉駅から徒歩圏内である。人吉は駅周辺に中心市街地、観光地もまとまっていて、鉄道利用で観光しやすい。駅前の温泉旅館を起点に歩いて名所をめぐり、翌日は郊外の観光地を巡ることも出来る。新幹線や空港から直接人吉駅に出る手段があれば、公共交通機関だけで観光することもできる。これは都市部のお客さんを呼びやすい。肥薩線を鹿児島空港経由にするだけでかなり効果があることが予測出来る。
②宮崎県えびの市
えびの市の観光地は、京町温泉駅周辺の他には、肥薩線の車窓以外は韓国岳など山や高原が中心である。駅からは距離があり、観光列車を走らせてもバスなど2次交通が必要である。特に韓国岳などは景色が良く、山の中をドライブするのが観光の楽しみとなる。人吉駅から観光列車に乗って吉松、京町温泉で降りて、バスなどでえびの高原、生駒高原に向かい、景色を楽しむ、アウトドアを満喫して京町温泉で温泉に入るというプランになるだろう。山線のアクセスが良くなれば、人吉温泉に泊まった翌日に京町温泉で泊まるルートも考えられる。えびの市は人吉市と一緒に訪れる観光ルートとしてちょうど良い。
③鹿児島県湧水町https://www.town.yusui.kagoshima.jp/site/kanko/
湧水町の観光地は、栗野駅周辺の至る所で湧いている湧水群、栗野岳方面の霧島西麓に集中している。吉松駅周辺には温泉もあるが、観光化されていない地元利用中心の温泉である。おそらく地理的に近いえびの市の京町温泉と同じ温泉だろう。
湧水町にはキャンプ場、温泉施設のコテージ、ビジネスホテルなどがあるが、観光客向けの宿泊施設はない。人吉温泉に泊まって栗野の湧水群を見て、栗野岳方面にドライブして帰ってくる。この場合人吉温泉に戻るか次の目的地で泊まると予想される。人吉温泉をベースに足を伸ばして観光するには良い。
④宮崎県小林市
この周辺で一番人口が多いが、観光地は小林駅と生駒高原に集中している。また、野尻、須木といった、郊外の合併前は独立していた旧自治体にも小規模な観光スポットがある。いずれにしても小林駅が拠点になるので小林駅までのアクセスが必要である。観光地は、生駒高原の自然以外は観光農園、果樹園中心で、季節により旅行客の数が大きく変動する。小林市もビジネスホテルはあるが、観光客向けのホテルがない。そもそも宮崎県内に温泉街は京町温泉しかないので宮崎県内で泊まるとビジネスホテルかリゾートホテルになる。旅行者にとって温泉とグルメは欠かせない。小林市は仲町という飲食店街、歓楽街が発達しているので、仲町で楽しみビジネスホテルに泊まる選択肢もあり得る。
観光ルートの結論
観光列車は、人吉〜小林間の運行。人吉、吉松、栗野と停車し、折り返して吉松、京町温泉、小林と停車。帰りは逆方向に走る。人吉から小林までは、途中吉松でスイッチバックが必要だが、スイッチバックを一駅先の栗野にするのである。
さらに栗野、京町温泉、小林から観光地ヘ向けてバスを走らせて鉄道に接続する。
栗野駅〜栗野岳温泉〜霧島アートの森
矢岳高原〜京町温泉駅〜えびの高原
小林駅〜生駒高原〜えびの高原
この3路線があればほぼ公共交通機関で観光できる。ドライバー不足もあるが、交通量が比較的少ないので、自動運転バスの導入もできるだろう。
観光列車に合わせてハイエースやポンチョなど小型のバスを運行すれば良い。
しかし観光列車の運行目的は、それにより周遊ルートを作り出し、同じようなルートで観光する個人客を生み出すことだ。現状県ごとの観光ルート、または南九州周遊なら行き来しやすい宮崎県、鹿児島県本土に限られるが、熊本県から宮崎県、鹿児島県へ抜ける観光ルートが確立すれば肥薩線利用者も増える。その時には上記のルートに路線バスを運行すれば良い。これらのルートは県も異なり事業者も違うだろうが、会社が違っても同じデザインのバスを走らせれば都会の旅行者にとってわかりやすく利用しやすい。特に東京のお客さんは電車からバスに乗り換えることに抵抗がないから、バスのルートと色分けをわかりやすくすれば乗ってくれる。
観光列車の供食体制
さすがに10万円前後の列車となると、供食体制も質の高いものが求められる。
この付近の旅館などに委託するのが良い。ななつ星in九州のように、移動は列車、宿泊は別の施設と分けるなら、旅館と協業できる。食事も10万円にふさわしいものが提供できる。
人吉、吉松周辺でグレードの高い旅館となると、鹿児島県の霧島温泉郷、人吉温泉に限られる。残念ながら宮崎県側は唯一の温泉街の京町温泉も住宅地の中にあり、あまり観光化されておらず、10万円の列車にふさわしい施設はない。鹿児島の旅館群は既に全国区である。各種ランキングでも上位に位置し、東京からもお客さんを集めている。一泊10万円程度の宿なら地元利用が少なく、ほぼ東京のお客さんと言っても良い。まだ10万円の宿がなく、全国区とは言えない人吉の旅館を売り出すためにも供食体制は人吉の旅館にしたい。
また、霧島温泉郷は日豊本線沿線で肥薩線の利用が増えると考えにくいこともあり、やはり人吉温泉の旅館と協業がベストである。あくまでも肥薩線山線の利用を増やすのが目的だからである。特に人吉温泉は、焼酎バーを備えて球磨焼酎を売り込む旅館もあり、遠方からの観光客には嬉しい。列車の特性を活かして薩摩焼酎も加えて焼酎飲み比べを売りにすると良い。人吉温泉の素敵な旅館を挙げておく。
観光列車から個人旅行者向け輸送
観光列車に一定の需要が出たら、そこは観光ルートとして定着したと言える。次は個人客のために各観光地へのアクセスを整備する必要がある。
肥薩線を鹿児島空港経由にすれば、鹿児島中央〜鹿児島空港、もしくは霧島温泉までは1時間3〜4本程度の運行はあるだろう。これに人吉行、小林行を併結して当初は毎時1本、需要喚起が進めば毎時2本運行する。
これにより、鹿児島空港から人吉、小林が公共交通機関だけで行くことができるようになる。これは東京のお客さんを呼び込む強力な道具となる。さらに観光列車で作った2次交通のバスが定期化されれば、東京のお客さんが公共交通機関だけで観光できるようになる。公共交通機関だけで回れる観光地は、箱根、伊豆などがある。箱根や伊豆は車に乗る習慣がない東京のお客さんで賑わっている。車で来るお客さんも多いが、公共交通機関利用者も多い。そのためバスの本数が多く、より公共交通機関利用のお客さんが増える良い循環が起きている。これが肥薩線沿線で起きると、鹿児島交通や宮崎交通の経営改善につながる。残念ながら、人吉付近の産交バスは、人吉の見どころは都会の人から見れば全て駅から徒歩圏内なので需要増加にはつながりにくい。都市部では乗り換えなどで意外と歩くので、公共交通機関を使う人は、人吉の街中を端から端まで歩くのは苦にならない。人吉駅から人吉の見どころは、東京駅の乗り換えよりも歩きやすく距離も短いかもしれない。車社会の地方の人には信じられない距離かもしれないが、公共交通機関利用中心の都市部では日常的に結構な距離を歩いている。逆を言えば人吉市は、空港と鉄道でつながれば、都会の人が観光しやすい観光都市になるのである。
京町温泉は東京からのお客さんで変わる
現在京町温泉は、ほぼ宮崎県内、鹿児島県、熊本県からの利用者が占めているようだ。歓楽色もなく、霧島や人吉のような華やかさもないので湯治する保養目的の近場のお客さんが主であるのも頷ける。源泉の温度が高いのは魅力だが、豪華な宿泊施設がある霧島温泉、史跡や城下町の街並みを楽しめる人吉温泉が近場にあるので遠方のお客さんは取られてしまう。遠くから来るお客さんほど落としてくれる金額が大きいので、近県しか集客できないと、収益が限られる。九州からは非常に遠い東京からお客さんが集められれば一人あたりの落としてくれる金額が増えるので収益が上がる。
肥薩線観光列車で人吉から京町温泉、小林、霧島などを巡る観光ルートができれば東京のお客さんが立ち寄るようになり、それに合わせて宿泊施設のグレードも上がる。一泊50,000円以上の施設ができれば人吉温泉や霧島温泉と切磋琢磨して各温泉を巡る観光客が増える。東京のお客さんは、せっかく遠い東京から来たなら、長く泊まりたいし、温泉も複数行ってみたいと思う。肥薩線で簡単に移動できれば周遊しやすくなる。結果的に人吉を小林、霧島全体が観光地として洗練され魅力が増す。東京から周遊するお客さんが多い伊豆や箱根のような洗練されたリゾート地が南九州に出来れば3県とも観光客が増える。飛行機で1時間40分の鹿児島空港から列車で30分程度の観光地なら東京からも何度も行きやすい。人口の多い東京のお客さんをリピーターにすべきである。
都市間移動需要の創出
JR九州は、観光路線としての鉄道維持には否定的である。コロナ禍や災害などでき、人々が真っ先に止めるのは旅行などのレジャー。社会情勢や景気の影響を受けやすい観光に頼るのは危険である。だからJR九州の古宮社長は、肥薩線の復旧に際し、日常利用を増やす対策を求める。これは当然である。観光に頼らないからこそコロナ禍の2022年もJR九州はJR各社で唯一黒字計上できた。よくJR九州は不動産などの関連事業が多いからと言うが、鉄道単体でもきっちり黒字を計上している。肥薩線を観光頼みにしたら黒字体質を保てない。
肥薩線から日常利用が難しいのは、人吉市の特徴にもある。人吉市は盆地で元々他所との交流が少ない。ほぼ人吉盆地の中で完結している。しかし人吉市からは、熊本市、宮崎市、鹿児島市がいずれも車で1時間20分、各県第2位の都市、八代市、都城市、霧島市が1時間程度。人吉温泉は人吉駅に近く、都会の人にとっては徒歩圏内。これを活かしてビジネスを誘致できないか?熊本市や鹿児島市は、距離的にはそれほど遠くないが、両都市共に交通渋滞が激しく予想以上に時間がかかる。人吉に車を置いて熊本市や鹿児島市へ鉄道で移動出来れば効率が良い。熊本県、宮崎県、鹿児島県の3県を管轄する場合、人吉に拠点を置くのは便利である。鉄道、高速道路もあり、鹿児島空港からも高速道路で直結している。
また、人吉藩は江戸時代に天草の豪商、石本家により薩摩藩と近しい関係になり、人吉球磨の産物を鹿児島市内で販売していた。今も鹿児島の企業が人吉に拠点を持つこともある。経済や大学などへの進学で鹿児島との結びつきを強めれば、肥薩線で県境を越えて鹿児島へ向かう人も増える。
JR九州が現代の石本家になって、人吉と鹿児島をつなぐ。人吉の高校生対象に、鹿児島の専門学校や大学の説明会を行うのも一案だ。少なくとも合格すれば肥薩線に乗って鹿児島に行く日常利用が生まれる。鹿児島市内でなくとも霧島市でも良い。とにかく肥薩線で県境を超える需要を作るのである。霧島市や姶良市は、企業も多く南九州の成長地区である。県外で就職するなら、比較的近い霧島市や姶良市で就職すれば帰省しやすい。距離的にも八代市と変わらない。人吉で鹿児島の企業説明会をJR主導で行えば良い。
人吉市、球磨郡から鹿児島の学校への進学状況
球磨郡、人吉市には高校が4校ある。大学はないので進学者は人吉盆地の外に出る。人吉市内の人吉高校、球磨工業高校、あさぎり町、最寄り駅があさぎり駅の南稜高校、錦町、最寄り駅が肥後西村の球磨中央高校がある。
進学状況を見ると、球磨工業高校は、熊本県の大学に3名、鹿児島県の大学に2名。人吉高校は、熊本県の大学に40名、鹿児島県の大学に23名、(熊本大学12名、鹿児島大学11名、鹿屋体育大学1名)、南稜高校は、熊本県の大学9名、鹿児島県の大学0名、球磨中央高校は、熊本県の大学14名、鹿児島県の大学2名である。
人口規模を考えると、鹿児島への進学は少なくない。特に難易度の高い国立大学進学者で見ると、全て人吉高校からの進学者だが、毎年熊本大学と鹿児島大学の進学者数が拮抗している。現状は肥薩線が仮に走ってても鹿児島中央までは2時間半、熊本までも2時間ほどかかるし、高速バスでもほぼ同じ所要時間なので通学需要はない。肥薩線が高速化、増発して鹿児島への交通が便利になれば、さらに増える可能性もある。
空港利用者の他に鹿児島の大学への通学需要を取り込むことが出来れば、人吉から吉松までの地元の日常利用がゼロという状態から脱却できる。
次回は具体的に人吉から吉松までの山線をどう改良したら良いか考えたい。