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折々の絵はがき(39)

〈美南見十二候 九月(漁火)〉鳥居清長 天明4年 千葉市美術館蔵

絵はがき〈美南見十二候 九月(漁火)〉 鳥居清長

 ここは海のそばに建つ妓楼の一部屋です。江戸城から見て南の品川にあった遊所は「美南見(みなみ)」と呼ばれ、北に位置する吉原に比べて格式は劣るものの、海に面した開放的な風情が愛されていたのだとか。三人の遊女たちは畳の上で思い思いに過ごしています。二人が眺めているのは客から届いた手紙でしょうか。遠目にも思いの丈が細かい文字でびっしりとつづられているのがわかりますが、それを一人は熱心に、もう一人はどこか冷めた様子で眺めています。一方、遠くを見つめる女は何を思うのでしょう。連子窓の外に広がるのは品川の海。闇の中には漁火が明々と浮かび上がり、薄く雲がかかっているものの、月は入り江の対岸を照らしています。

 この作品は「いざよう月」とも呼ばれています。満月の明くる晩の月は遅れて出てくることから、十六夜には「ためらい」の意味があるそうです。遅がけの月を眺めながら、彼女の心はどこか別の遠いところにあるのではないでしょうか。帰りたい場所に帰れず、会いたい人にも会えない。ままならない今の境遇を受け入れるほかない彼女は、時おりこんな風に心をあちこちへさまよわせて旅の真似ごとをしているのかもしれません。

 鳥居清長は役者絵の名門 鳥居派の四代目として活躍し、当時の大判に描いた「美南見十二候」では、それまでなかった八頭身の健康的な美人画様式を作り上げました。清長はいつか、こんな風に遊女が無意識にのぞかせた表情にはっとさせられたことがあったのでしょうか。彼の筆には、女の内面を推し量るような情が感じられます。愁いを帯びたまなざしがどこに注がれているのか、視線の先を追いたくなりました。

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