私は最期の父の言葉をさえぎってしまったかもしれない、と思った事。
いつも読んでくださってありがとうございます。今日は、私の父が亡くなった時の話をします。
私の父は3年前に亡くなりました。ユーモア溢れた楽しい性格の反面、気性は荒く、いつも両親はケンカしていました。一方的にイライラして母を叩こうとするので、私は止めに入って、何度か投げ飛ばされたこともあります。キレると見境いのない父でした。
そんな父が肝臓癌になり、みるみる弱ってきました。私は車で3時間程度のところに住んでいたので仕事もありあまり頻繁には帰れませんでしたが それでも、玄関を開けると いつも 『おお、帰ったんか!』と、わざわざベッドから 起き上がり『俺はもう、あかんわ』と、笑いながら口癖のように言っていました。
高齢で治療もできないし、今後は自宅療養で、 ということになりましたが2人暮らしだった母は、自宅に帰りたいという父の思いをとても受け取れませんでした。
結局、緩和ケア病棟に入り、食べれなくなった父はみるみる身体も気持ちも弱っていきました。
ある日、メガネをかけて、新聞を読むフリをしていた(どう見ても読めていない)父は、 2〜3m離れていた私を手招きして、おいでおいでをしました。
『何?どうしたの?』と、私が近づいて顔を寄せると、右手を伸ばして、私の頭の上におき、 私の頭をポンポンポンポンと、3回軽くたたきました。そして、今まで見たことのない涙を ポロポロと流したのです。
私は、びっくりして、 『お父さん、どうしたの!泣かないで! 泣いたらあかんよ。こっちまで泣けてくる。』 と、言って泣くのを制止してしまいました。
その頃、父はあまり話せませんでしたので もしかしたら、この後何か言いたかったのかもしれませんでした。私は、それをさえぎってしまったのです。
数日後、父は亡くなりました。最期に大きく 息を吐いて、眠るように逝きました。
モルヒネを入れていた事もあり、父の想いは 表情でも上手く伝わりませんでした。
痛みのない、柔らかな死でした。 ただ、私が父の想いをさえぎってしまったのではないかと、しばらくの間私は自分を責めました。思い出すたびに涙が止まらなくなるのです。 仕事にも集中できませんでした。
今になって考えると、父の精一杯の行動だったと思いますが、身をもって、旅立つ時の想いの受け渡しの大切さを実感しました。
亡くなった後に家族が、 (精一杯見送りました。もう後悔はありません) と、言える事例は そんなに多くありません、 何かしら後悔は残って普通かもしれません。 ただ、それだけ大切な時間なのです。
私たちが、
死を受け入れて、魂のバトンを受け取る こんなシンプルだけど重要な事を理解する事で 死別後シンドロームで苦しむ方々を減らせるのではないかと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
皆さまの思いや気持ちも聞かせていただくと 嬉しいです。
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