【エッセイ】こうやって大人になるのか
昨年、今年と大晦日は自宅で過ごしている。彼と同棲をスタートしてから年末はこうなった。
同棲前は、カウントダウンしている居酒屋にちょろっと行ったりしていた。けれど、体力的にもうできない。今は彼とソファでテレビを見ながらお腹が空くのを待っている。昼から調子に乗って飲み食いしたせいで胃の中に年越し蕎麦を入れるスペースがないから、空腹になるまで待っているなう。
すっかり私も大人になってしまった。
昨年コロナになったことを機に体力の衰えを感じるようになった。加えて、彼と家でまったり過ごすのが心地良くなり「気が向いたら地元の行きつけ店に行く」というルーティンがほぼ無くなってしまった。とはいえ、たまぁに気分転換にひとりで飲みに行く。
ひとり飲みの楽しみのひとつは、若者たちと飲めること。私が行く居酒屋やバーは20代が多く、どの店もアットホームな雰囲気だから、その場で出会った若者たちと会話する流れになる。
若者たちと飲むのは気持ちいいし楽しい。昔は嫌いだったこの童顔を見て「実年齢に見えない」と言ってくれる。もちろん、社交辞令もあるだろうけど、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
若者だからこその勢い、強気に触れられることも良い。会話の端々から感じられる20代ならではの「おれ最強」オーラに触発され、40代もまだまだこれからと思えるからだ。
けれど悲しいかな、若者たちとの飲みも合わなくなってきて、来年はもっと頻度が減ると思う。まず、胃がもたない。すぐ満腹になる。今も食いしん坊ではあるが、前みたいに同時に飲み食いできなくて、居酒屋には2時間いたらもうギブアップ。翌日のリカバリーにも時間がかかるようになった。かつてのように無茶できない。楽しみたい気持ちとは裏腹に体がついていかない。
また、飲むならしっぽりやりたい気持ちのほうが強くなってきた。たまにはワイワイ騒ぎたいけど、仲良くしてくれる店員さんと話して息抜きするくらいがちょうどいい。それができなければ、ひとり飲みをする理由はないから家でゆっくりするほうが今の自分には合う。
こういうところが大人になったように感じる。いつまでも若いと思っていたけど、人はやっぱり年相応になるものなのだ。
大人はなぜ落ち着いているのかが20代はわからなかった。なんでこんなに楽しい時間なのに早く帰ったり、みんなと同じようにワイワイしないの。寒くない?と思っていたけど、自分がこうなってわかった。
騒ぎたくても騒げない。
体がもたない。
だから、しっぽり飲むしかない。
大人ならではの落ち着きは精神的なものからくると思っていたけど、決してそうではない。
体が追いつかないから、落ち着いて振る舞うしかできないのだ。
と書いているうちに、ようやく胃が落ち着いてきた。ややもたれ気味だけど、年越し蕎麦を食べなければ年を越せない。こう考えるようになったのも、立派な大人になった証拠だろう。とはいえ、明日はお雑煮におせちが待っている。体への負担を減らすためにも、蕎麦は少量にしておこう。
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