「 すとーーーんと馴染むその時が / これだから読書はやめられない / 私と本との間柄 」

遠い日の記憶。
石田ゆり子さんの言葉や思考に惹かれて、彼女の作品を追っている時期があった。
好きな人、素敵な人にとっての大切な作品に興味があって追いかけるように手に取る。、
素敵な人が素敵になり得るその材料になったであろう言葉たちに自分も触れてみたい、そうすれば少しだけでも近づけることができるのではないかと、少しでも重なることができるのではないかと、そう願うようにして、手に取る。

彼女の作品のどこかで、田口ランディさんの書籍を愛読しているとあり、当時の私は早速田口さんの作品を手に取る。
好きな人の好きな作品。
その流れがすんなりと自分に馴染むこともある。そこからまたさらに流れが広がって行ったり。
ただ、上手く自分に馴染まないことも沢山ある。

その時の自分の心のあり方、柔軟さとか余裕とか、そういう色んなものが
複雑に作用して、本が私にすんなりストンと馴染んだり、はたまた、ムズムズ上手く馴染まなかったり。

馴染まないと認めるのはちょっと苦しいし、少し残念な気持ちにもなるけれど、
あまり深く思い悩まず、私はさっぱりと手放すことにしている。
今じゃなかったね、って。
きっとまた何かのタイミングがあれば、巡り巡って私のもとに現れるだろう。必要なときに自然と手が伸びるだろうと、そう強く思うんだ。

いまこれを書いていて、「人」との出会いも同じだなって、ハッとする。
上手く馴染めない人がいる。
でもそれは、馴染めない「人」なんじゃなくて、きっと馴染めない「タイミング」なのだと思う。
どちらかじゃなくて、きっと、お互いのタイミング。
「人」と決めてしまうから、いつまでたっても、時間がたっても、「あの人と私はなじまないの」なんて頑なになってしまったり。
窮屈な枠を、ズンと重い枷を、自ら自分に強いてしまう。
そんな不器用な私。

「過去があって、今の僕がある。
でも今あるのは今の僕であって、過去の僕ではない。
僕は今の僕と上手くやっていくしかない(村上春樹)」

この言葉、私の歪みを何度も修正してくれる存在。
他人に対して、過去の色々な記憶を持ち出して、それを材料にして、「今」の判断を下そうとしてしまう。愚かな自分。
それを他人にやられると思うと、苦しいし、悲しい。
あの頃の自分も確かに、紛れもない「私」なのだけど、あの頃から沢山悩んで迷って学んで、何とか「今」に辿り着いたんだ。
どうか「今」の私を見て欲しい、と願うと思うから。

「本」は内容は変わることなく、ただ静かに開かれるタイミングを待っている。
「人」は、自分も他人も、移ろい続ける。それぞれのスピードで、それどでも確かに変わりゆく。
「本」だって「人」だって、一概に良い悪いなんて、そんなものはない。
「本」と「人」。「人」と「人」。
「人」と「人」はどちらもそれぞれの速さで変化しているからこそ、すとんと”馴染む”ことはきっととても難しいこと。
だからこそ、今、心地よく馴染めている、自分ではそう思えている存在は奇跡だし、本当に大切なものだ。しっかり、しっかり、大事にしたい。タイミングがずれてしまうことだってあるのだから。
はたまた、なんだかしっくり馴染めない間柄のあの人との関係も、冷たくすっぱり切ることもしなくていい。ゆったりどしんと構えて、いつか来るかもしれない、もしかしたら来ないかもしれない、すとーんと馴染むそのタイミングをのんびりと待ってみたらいい。

ああ、また話が逸れてしまった。
そう、あのときは田口ランディさんの作品が私には上手く馴染まなかった。
でも、一度こうやって交わったということは、きっといつか先の未来で関わるようなきがするな、と、そんなぼんやりとした予感があった。
そして今、きっと5年くらい経っているかもしれない。
今の私にまるで導かれるようにすとーーーんと馴染んだのが、田口ランディさんの作品なのだ。
一度交わっていたことをすっかり忘れていた私は「もっと早く田口さんの作品に出会っていたらどうなっていただろう。苦しかったあの頃の自分に急いで届けに行きたい」だなんてSNSにあげている。
ううん、当時一度私は田口さんの作品に、言葉に、触れていたんだ。
でも、タイミングじゃなかった。
そう考えると、「もっと早く出会いたかった」なんて思ってしまう「今」こそがベストタイミングだったのだろうと思うわけです。

そして、今日、田口ランディさんの作品との繋がりで巡り合ったのが「遠藤周作さん」。
沢山の作品のなかでなぜだか強く惹かれたのが「砂の城」。
今の私と遠藤周作さんの「砂の城」のタイミングは合った気がする。馴染んだ気がする。
まだ読み始め数ページなのだけど、この作品は私にとって大きな存在になるような気がする。理由はないのだけれど。
だけど、すとーーーんときた感覚。

この高まりを、ワクワクを、残しておきたくて、本を読む手を一旦止めてこうやって綴ってみた。
この感覚をあと何回味わうことができるんだろう。
これだから読書はやめられない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?