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いくつもの後悔を抱えたまま、それでも人は前へ進むしかない。

カツセマサヒコ『夜行秘密』、読了。
決して拭うことのできない、後悔の物語。

すべてを読み終えた後、第1章「夜行」を改めて読み返す。

”あの時、彼女の細い腕を、強引にでも掴むことができていたら。”
(本編より)

その瞬間、松田英治の心情が、一気に全身を駆け巡る。

鳥肌。

“行かないで 行かないで 夜行で駆け落ちたいよ 細い腕に絡みついた痛みも分けて欲しいから”
“夜の先に 春はなかったみたいだ 夜行秘密 一人で握った”
(indigo la End アルバム『夜行秘密』track.1「夜行」歌詞より)

抱えきれない痛みは、分けて欲しい。
それで、あなたが少しでも明日を望めるなら。

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indigo la Endのアルバム『夜行秘密』から生まれた小説。
何がすごいって、1曲ごとに1つ物語のような「短編集」ではなく、アルバムの14曲すべてを使って一つの物語が作られている。
楽曲をベースにしていますが、歌詞の行間を埋めたものではなく、新たな一つの小説としての作品。
そのためアルバムの曲順と小説の章順も異なりますが、もとの楽曲を知っている者からするとそこがまた良い。
第1章「夜行」の冒頭、一文一文から感じる生々しさと不穏な熱。
そこからずぶずぶと物語の沼にはまり、読み耽る。
想像をはるかに越えた、心を、心臓をぎゅっと締め付けられる作品でした。

indigo la Endファンとしては、各章に散りばめられた楽曲の歌詞を見つけるたびに「ここでそう使ってくるか…!」と思わず唸る。
物語の幕間のような形で一曲を使うというのも、構成として面白い。
そしてもとの楽曲やMVを知っている分、特に第10章「チューリップ」の切り口が予想外で、印象的でした。


「何かをした後悔より、何もしなかった後悔の方が強く残る」という言葉を耳にしたことがあります。

あの時、こうしていれば。
あの時、ああしていなければ。

そして思うに、何もしなかった後悔より、何も「出来なかった」後悔の方が、はるかに強く記憶に残る。

あの時、あんなふうに出来ていたら。

しなかったのか、出来なかったのか。
自らの意思なのか、どうしようもなかったのか。
その差は、大きい。

きっと誰にだって、人に言えない苦しみや後悔がある。
誰しもそれらを抱えたまま、生きて、そして死んでいく。
ひとは、そういう生き物なのだと思います。
逃れることのできない後悔と、どう向き合うのか。
後悔のない選択をするならば、せめて、後悔と共に、死ぬまで、生きる。
出来ることならば、痛みを分け合う。
その選択を出来たのなら、幸いです。



『夜行秘密』。
この小説・アルバムは、間違いなく傑作です。


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