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『天下一の軽口男』木下昌輝

切支丹の教えは仏教徒を救えない、仏教の教えは切支丹を救えない。でも「笑い」なら。開始22ページ目で、最初の男、落語家の祖ともいわれる安楽庵策伝の志にぐっとくる。

それから時間が経つ。大阪のある村に、子供たちを集めては面白い話をする男の子がいました。手習いの師匠や近所の人の物真似をし、周りを沸かせる彼は漬物屋の息子、彦八。「これやったら殴られるな」と思っても、ついつい面白いことを言って、げんこつを食らう。手習い所も何度も破門になってしまう。こんな子クラスにいたら好きになってしまうわ、と思う。その彼が江戸や大阪を舞台にどうやってお笑いの道を歩んでいったか、というお話。

作者は私の2018年ベスト本『宇喜多の捨て嫁』(本23)を書いた木下昌輝さん。宇喜多シリーズとこの本、まだ3冊しか読んでいないんだけど、時間と登場人物の利かせ方が秀逸。忘れた頃にあの人が再登場・・・!胸熱。そしてメインキャラクターたちの志が熱くて感情移入してしまう。幼い彦八が笑わなくなった幼馴染を笑かそうとするひたむきな気持ちとか、たまらない。

この小説にはお笑いを目指しても才能がなくて寒い話しかできない人が出てくる。お笑いを極めようとする人にもそれぞれのやり方がある。彼らが自分の本分を全うすることで、彦八のお笑い人生において重要な役割を果たす。彦八はライバルにはめられたり、決して順風満帆な人生を送れたわけではない。「ほんと最低!もう人っていやだ」と私は途中で憤慨したりしたけれど、彼の興行をひっそりと支えたのも人。彦八は最終的にその経験も芸の肥やしにしてしまう。

史実にどのくらい基づいているかわからないが、安楽庵策伝も米沢彦八も、飛騨高山の麒麟児 田島藤五郎も実在の人。素敵な人たちだったろう。

95 天下一の軽口男


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