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『繕い裁つ人』1〜6巻 池辺葵

寒くなってきたのでコートを出した。つり革を握るときに、腕を上げにくい。きっと市江さんならそういうコートは作らないだろう。

祖母から継いだ仕立て屋「南洋裁店」を継ぐ娘、市江。彼女の仕立ては品が良く、セレクトショップに並べると即日完売。遠方からのオーダーも増えている。大手有名百貨店の企画部の青年 藤井は彼女の服を仕入れようとするが…というところから物語が始まる。

幼馴染でセレクトショップを営む牧さんは市江の服作りについてこう語る。「市江はデザイナーでもパタンナーでもないからな。なんか こう もっと 人と密着してるっていうか…」百貨店の藤井は彼女の服を「この人の服は善意で満ちている」「価値のわからない人にあの人の服はふさわしくないとすら思う」「市江さんは服のことより着る人のこと考えてるから」と惚れ込む。そんな風に人を魅了する市江本人はどんな人物かというと「頑固じじいって感じですよ」by 藤井。

ストイックで、決してその場しのぎの言葉なんか口にしない。仕事一筋で毎日コツコツと服を仕立てる誰よりも温かい人、市江。このマンガは、中谷美紀主演で映画化されている。私は映画を先に観たから違和感がないのかもしれないが、ぴったりのキャスティング。祖母の仕事を実直に引き継ごうとし、やりすぎなほどお客さんに寄り添ってしまう市江は不器用でかたくな。そんな彼女が周りの人と関わりながら、支えられながら、新しいことをしていく。

このマンガですごかったのは、市江が背中で語っていたこと。自分の思いを口に出さない、出せない彼女が内に秘めた思いが、絵だけでビシビシと伝わってくる。作中にはもう一人、思いを言葉にできない人がいるのだけれど、彼女たちの思いの交流も、文字や言葉の力を借りずに絵からムンムンと立ち上がってくる。イラストと、それまでのストーリーでそれが読み手に伝わる。確かに身の回りにこんな不器用な人がいたら助けてしまう。

「祖母がよく言ってたお洒落は自分のためにするもの。でも とっておきの服はたった一人の誰かのために着るもんだって。古いかもしれないけれど そういうの大事にしたいの」
「10年20年 おんなじ服と連れそうていけるのが どんなに幸せな事か」
など、グっとくるセリフが満載。さらっと読むのではなく、丁寧に味わいたいマンガ。すごく好き。続編出ないかしら。

マンガ310-316 『繕い裁つ人』1-6巻 池辺葵
※登場人物のセリフは抜き書きですが、句点などを入れさせてもらいました。

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