【掌編小説】特殊能力シリーズその2・魔の眼

 私の恋人Dは特殊能力の持ち主である。見たものを石に変えてしまう眼を持っているのだ。
 ギリシャ神話の英雄に首を斬られてしまった例の女怪と同じ能力だが、Dの髪の毛は蛇ではない。ストレートのつややかな髪が見事な、可愛いひとだ。もちろんうるわしいのは外見だけではなく、人当たりが良くて明るい性格も、私が彼女に惹きつけられた理由の一つである(彼女の美点を並べるときりがないのでやめておこう)。

「でも、結婚はちょっとね」
 結婚前提で同棲しているが、私の母親はいい顔をしない。
「あんたがうっかり石にされやしないかと、今でも毎日気が気じゃないのに」
「大丈夫だよ、普段は能力封じのコンタクトレンズをつけているんだし。レンズをつけていても能力が発動してしまうケースもあるけど、それは死ぬほど激怒した時だけだそうだから。俺は彼女をそんなに怒らせたりしないよ」
「あんた、結婚生活を甘く見過ぎ。私がお父さんに対して死ぬほど激怒したことが、いったい何回あると思ってるの」
「……」

 あれこれ言っていた母親だったが、実際にDに会わせて食事をともにしたらすっかり気に入ったらしい。別れ際には「うちの子をよろしくね、浮気なんかしたら石にしちゃっていいからね」などとけしかける始末である。
「あなたのお母さん、とても楽しい方ね」
 Dも母親に好感を持ってくれたようで良かった。これで一安心。
 二人で暮らすマンションに帰ってきたら、どっと力が抜けた。先にお風呂に入るね、とDが脱衣所に入ったのを確認し、隠してあったタバコを手にベランダに出る。
 彼女と付き合い始めた時に「私、タバコのにおいが苦手なの」と言われ、禁煙していたのだが、とある事情で再開していた。家では吸わず、親友と飲みに行った時だけに限定していたが、今日はどうしても吸いたい。恋人と母親との初顔合わせに、私もやはり緊張していたのだろう。
 しっかり窓を閉め、火を点ける。夜空に紫煙が立ち上っていく。新婚旅行はどこへ行こうかな、などと楽しく思い巡らせていたら。
 背後の室内が、急に明るくなった。
 振り向くと、風呂に入ったはずのDが突っ立っている。見開かれた両眼が、直視できないほどまばゆい光を放っていた
「タバコ、やめたんじゃなかったの?」
 慌てて火を消し、部屋に飛び込む。
「待て、聞いてくれ。これにはわけがあって」
「――嘘つき!」
 彼女の怒鳴り声と同時に、光が爆発する。すべてが真っ白になった。


 意識が戻った時、まず目に入ったのはDの泣き顔だった。
「ああ良かった! 元に戻った!」
 叫びながら抱きついてきて、「本当にごめんなさい」と泣きじゃくっている。私はぼんやりしたまま、「こっちこそ悪かった」ととりあえず謝罪し、彼女を抱き返した。
 私は三日の間、石になっていたらしい。
 Dいわく「私の能力はそんなに強くないから。怒りの度合いにもよるけど、だいたい二、三日で元に戻るの」とのこと。三日も仕事を休んでしまったと焦ったが、Dが職場に「急病で欠勤します」とちゃんと連絡を入れてくれたそうだ。さすが私の恋人。
 家では絶対禁煙・外で吸った時は帰宅後すぐに服を脱いで洗濯して入浴して洗髪、などの取り決めにより、二人の蜜月が戻ってきた。
「ごめんなさい、ついカッとなっちゃって」
「まさか本当に石にされるとはなあ。でも二、三日で戻れるなら安心だな」
「そうね。あ、でも、言い忘れてたけど……元に戻れるのは、私が泣くほど後悔して、元に戻ってほしいって願った時だけなの。別にもう戻らなくていいやー、ってなっちゃったら永遠に石だから。そのあたりは私自身にもどうしようもないのよね」
「……」
「もうあんなことは二度とないとは思うけれど……一応、覚えておいてね?」
 Dは黒い宝石のように目を輝かせ、微笑む。
 引きつった笑みを浮かべたまま何も言えない私は、それこそ石のようだったろう。

(了)




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