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体長15mのマッコウクジラはなぜ標本にならなかったのか 松井一郎・大阪市長に聞いてみました!

こんにちは。共同通信・山口支局の岡優太おかゆうたです。

いつもは山口県内で事件・事故や司法関係の取材をしているのですが、今週前半の3日間は「2年目研修」で大阪支社の社会部に行ってきました。

この研修、大阪支社管内の支局に配属された入社2年目の記者が順繰りで大阪社会部に来ることは決まっているのですが、やることは人それぞれ。大阪は事件も多いのでなんとなく「警察取材とかをするのかな」思っていたのですが、私に下った指示は…
 
 

「大阪市長の囲み取材で、クジラの話を聞いてきて」
 
 
でした。
 
 

ク…クジラですか?
 

そう、今年の年明けに大阪府北部を流れる淀川の河口付近で発見され、残念ながら死んでしまったマッコウクジラ、通称「淀ちゃん」に関する取材です。予想の斜め上を行く展開に、少なからず驚きました。

クジラの「淀ちゃん」。市の現地調査で死亡が確認された=1月13日午前

取材の指示を受けたのは1月24日(火)の午後1時ごろ。その日の午後2時に予定されていた市長の囲み取材まではあと1時間くらいあります。

「淀ちゃんについて聞いて来いって言われても、もう死んじゃったしなぁ。何を聞けば良いんだろう…」

あれこれ思案しながら、とにもかくにも大阪市役所へ。5階の記者クラブにたどり着き、大阪市政担当の先輩、鶴留弘章つるどめひろあき記者の指導の下、取材の作戦を練ることになったのでした。

大阪市政担当の鶴留記者。めちゃくちゃ親切な先輩でした

■ 「標本化の要望」はあったのか?

ここで「淀ちゃん」に関する情報をおさらいしておきましょう。

最初に発見されたのは1月9日。淀川の河口付近で泳いでいるのを大阪海上保安監部が確認しました(以下の記事では「体長約8メートル」としていますが、その後の調査で「約15メートル」であることが分かりました)

当初は潮を吹く様子も見られたようですが、徐々に動きがなくなり、現地調査した専門家が13日に死んでいるのを確認しました。大阪市は17日、死骸を海中に投棄すると発表。18日から運搬作業を開始し、19日午後、重りのコンクリートブロックを付けて紀伊半島沖に沈めました。

「淀ちゃん」の死骸の運搬作業を進める大阪港湾局の関係者ら=1月18日午前

以上のような経緯について、鶴留記者から一通り説明を受けた上で、松井一郎まついいちろう市長にどんな質問をするのかを話し合いました。

鶴留記者が気に掛けていたのは「本当に海に沈めるしかなかったのか」ということです。twitterでは数日前から、大阪市立自然史博物館が「重要な標本になることを期待して、大阪市の関係部局に(死骸の)取得を希望していた」という情報が話題になっていました。

一方、松井市長は海中投棄の方針を発表した17日の段階で、記者団の取材に対し「引き取りの申し出はない」と説明しており、両者の言い分は食い違っている状況でした。

全国的に話題になった「淀ちゃん」の死骸処理は、どんなやり取りをへて、どういう判断で決まったのか―。世間の関心もこの部分にあるのではないかと考え、囲み取材では「処理方法を決めるまでに、どのような経緯があったのか」を重点的に質問することにしました。

■ 市長が重視したポイント

打ち合わせが終わったのは取材予定時刻の5分前。いざ、カメラを持って取材会場へ!と思ったのですが、鶴留記者に連れられて向かった先は同じフロアのエレベーターホール。囲み取材の現場は、なんとエレベーターホールと市長室をつなぐ廊下でした。

「人通りもあるのに気が散らないのかな」

「市役所はこんなに広いんだから、どこかの部屋を使えば良いのに」

「記者クラブの方が暖かいのでは…」

などなど、疑問は色々いてきますが、それが長年のルールになっているみたいです(鶴留先輩、理由が知りたいので今度調べて note に書いてください!)。

廊下に着くと、既に他社の記者らが十人ほど待機しており、独特の緊張感が漂っていました。

さらに待つこと約10分。「まもなく市長が入られます」という市職員の一言を合図に、記者の面々がICレコーダーのスイッチを入れると、ほどなく奥のエレベーターから松井市長が現れ、取材が始まりました。

松井一郎市長の囲み取材。左端でメモを撮っているのが筆者

「淀ちゃん」に関する質問が出たのは3問目。鶴留記者が手を挙げ、以下のような問いを投げかけました。松井市長の回答と合わせてご紹介します(なるべく詳しく書き起こしていますが、重複部分などは省略しています。ご了承下さい)。

鶴留記者
「共同通信の鶴留です。クジラの『淀ちゃん』について伺います。市長は以前の囲み取材で、骨格標本にしたいとの要望は来ていないと説明されました。一方、市立自然史博物館は館長名で、市に要望していたという趣旨の文書を出しています。確認ですが、市長の耳に要望は届いていなかったのでしょうか」

松井市長
担当部局の方に希望はあったと聞いてます。ただ、そのクジラをいったんどこに移して、どういう形で解体していくのか、どのぐらいスケジュールが必要なのかは、何ら詳しい話がありませんでした。ご承知のように、腐敗が進むと体内にガスがたまって爆発しますんで、そうなると周辺の住民に迷惑がかかるし、デメリットが大き過ぎる。やっぱりスピード感を持って処理しなければならないということで判断したということです。気持ち的に、海に返してあげたいというものもありますしね。(博物館の要望は)スケジュール感と具体的な工程、淀ちゃんを処理するにあたっての手法や手段、標本にするための具体的な取り扱いの手段というのが出てなかったんです。時間もありますから、これはもう海へ帰してあげるしかないなと、こういう判断をしたということです」

記者の質問に答える松井市長

鶴留記者
「もし博物館から具体的な提案があったとしたら、標本化も検討したということですか」

松井市長
短期間でそれができるんならね。でもできないでしょ。大阪市内の中心部には埋められられないし。大阪府ではクジラを標本にしたことはありますよ。泉州沖の海岸に2年間埋めて、そして取り出して標本にしたという事例はありますけど、今この状況でね、大阪市外の自治体に了解を取りに行って、埋める場所を探すっていうのは非常に困難だと思います」

私は手元のメモに松井市長の言葉を書き記しながら、その主張を頭で整理していました。ポイントは…

  1. 博物館から標本化に向けた具体的な工程や、必要な場所の確保、スケジュール感などは示されていなかった

  2. 標本化するためには、一時的に死骸を埋める場所が必要だが、その場所を探すのは時間がかかることが想定された

  3. 腐敗が進めばガス爆発などのリスクがあるため、早期に処理する必要があった

という感じでしょうか。

取材メモを取る筆者

つまり、処理方法を決める上で市長が最も重視したポイントは「早さ」だったのか―。この点をきちっと確認したい、そう考えて私自身も市長にダメ押しの質問をしました。業界で「更問さらとい」と呼ばれる追加質問です。


「共同通信の岡です。住民への影響を考えた上で、最も迅速に解決を図るために、海に沈めることに決めたという理解でよろしいでしょうか」

松井市長
「その通りです。処理の判断をしてから3日、まあ実質2日かな。ガスを抜いて、バージ船に積み込んで、海に埋葬するまで。これ以上に早い手段、あったのかなぁと思いますね」。

この私の質問を最後に囲み取材は終了しました。

コテコテの関西弁で歯に衣着せぬ物言いをする松井市長だけに、もしかしたら「君はどう思うてんの?」などとガンガン逆質問されるんじゃないか―と少し身構えていたのですが、この日の受け答えは終始、淡々としたものでした。

それでも、私が普段取材している山口県内の首長と比べると、話し方も使う言葉もかなりざっくばらんだなという印象です。同じ首長取材でも、地域によって、人によって、結構違うものなんだなと感じました。

■ 記事執筆! 発言部分は慎重に

取材が終わるとすぐに、記事を書くべきかどうか、書くとすればどんな記事にするのかを検討します。記者クラブに戻ると、鶴留記者から「今の話、どこがニュースだと思った?」と問いかけられました。

記事執筆中の筆者(左)とアドバイスをくれる鶴留記者

私が挙げたのは

  1. 博物館の要望が具体性に欠けていたこと

  2. 市長は住民への影響などを考えて「早々に処理する必要がある」と判断したこと

の2点です。特に2つ目のポイントは更問で自ら確認した内容なので、印象に残っていました。

鶴留記者は「そうだね。僕もそう思う」と同意した上で、「あとは、市長が前回の取材で『ない』と言っていた博物館側の引き取り要望が実はあったということ。これは今日、市長が自ら明らかにしたことだから、その内容を前に持ってきて記事を書いてみよう」とアドバイスしてくれました。

先輩のアドバイスを踏まえて、記事に盛り込むべき内容を整理したら、デスクに報告。「その方向で書いてみて」というゴーサインをもらったら執筆開始です。

記事を書く筆者

記事を書く上で特に気を配るのが「」(かぎかっこ)で盛り込む発言部分です。ICレコーダーの音声を文字に起こし、市長がどんな言葉を使っていたかを正確にチェックします。他にも過去の経過や事実関係に誤りはないかといった細かい点を慎重に確認した上で、デスクに原稿を送信しました。

デスクの直しが入った後も

「この熟語を使うと、ちょっとミスリードになる気がします」

デスク「じゃあ見出しはこうしようか」

といった微修正があります。

そんなやり取りをへて、最終的に配信された記事がコチラです↓

配信後にもう一回、誤字脱字や事実誤認がないかをチェックする「後校閲あとこうえつ」をして作業は終了。しばらくすると、大阪社会部の twitter で、配信記事がシェアされていました。

■ 残された論点は…

「淀ちゃん」のニュースは、私も今回の研修前から目にしていました。海に沈める際の中継映像を支局で見て、少し残念に思ったことを覚えています。

短い間でしたが、愛称が付くほど親しまれたクジラなのだから、死んでしまったとしても何らかの形で市民と触れ合える機会を作れないのかな。市長への取材前は、なんとなくそんな風に考えていました。

一方、時間がたつにつれて死骸の中にガスが充満すること、場合によってはそのガスが爆発し、市民に悪影響を及ぼす可能性があることは今回の取材で初めて知りました。

また、松井市長への囲み取材では詰め切れませんでしたが、処理の在り方を巡っては費用面の検討や学術研究の重要性についても、さまざまな指摘が上がっています。積み残された論点については、後日、鶴留記者ら大阪社会部の先輩たちが深掘り記事を書くそうなので、ご期待ください。

(追記:深掘り記事は2/18に公開されました↓)

私がまとめたのはごく短い記事ですが、読者の方に「淀ちゃん」の最期に思いを馳せていただく一つのきっかけになればと考えて書きました。

今回の大阪市の判断には賛否両論あります。あなたはどう思いましたか?是非ご意見をお聞かせください。

岡 優太(おか・ゆうた) 1999年生まれ、福島県いわき市出身。2021年入社。山口支局で警察・裁判担当。山口の美味しい日本酒と家にあるでっかいムーミンのぬいぐるみが心の支えです。

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