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乗れば人生が変わる!驚くほど前向きになれる魔法の自転車と出会った人たちの物語

「自分には無理だと思っていたことができるようになった」
「見えなかった世界を知ることができた」
「家族と同じ趣味を持てるようになった」

前向きな自信に満ちた言葉の数々。これらは全て、ある乗り物に出会ったことで人生が大きく変わった人たちの体験談です。

いったい何が、彼らを変えたのでしょうか。

今回の note では、多くの人を勇気づける魔法のような乗り物大きな一歩を踏み出した人々についてご紹介したいと思います。

■ 座席も2つ、ペダルも2つ

こんにちは、神戸支局の伊藤愛莉いとうあいりです。

私は今年9月まで所属していた前任地、愛媛県の松山支局で↓こんな記事を書きました。

皆さんは「タンデム自転車」って知ってますか?

座席やペダルが2つ以上ついていて、複数人が前後に並んで乗ることができる自転車のことです。2人以上で協力してこぐので、力が弱い高齢者や視覚などに障害がある人でも利用できるのが特徴です。

海外ではヨーロッパを中心に趣味や日常の移動手段として親しまれています。日本ではもともと公道での走行が禁止されていましたが、2015年ごろから各地で解禁され始め、現在は東京と神奈川を除く45道府県で、全ての公道を走れるようになりました(東京都でも一部の公道は走行が可能です)。

私は今年の年明けからタンデム自転車の取材を始めました。きっかけは愛媛県の地元紙「愛媛新聞」に載っていた「親子二人三脚 しまなみ完走 脳性まひの中学生 久保さん」という記事です(有料記事ですが、以下のリンクからご覧いただけます)。

私はそれまでタンデム自転車なるものを全く知らなかったのですが、この記事を読んでにわかに興味を持ち、「面白い乗り物だな」「私も話を聴いてみたいな」という軽い気持ちで、記事中に名前のあったNPO法人「タンデム自転車NONちゃん倶楽部くらぶ」に取材を申し込みました。

■ ある中学生との出会い

NONちゃん倶楽部へ取材に伺ったのは2月ごろ。

「タンデム自転車とはどういうものですか?」
「こちらのNPO法人ではどんな取り組みをしているんですか?」
「誰かタンデム自転車に乗っている方を紹介してくれませんか?」。

そんな通り一遍いっぺんの質問をする私に、代表の津賀薫つがかおるさんが返した言葉は「まあまあ。まずは一度乗ってもらわんとね」。

…なるほど、たしかに。

津賀さんが勧めてきたのは、3月に仲間の愛好家たちと開くタンデムサイクリングのイベント。私は「取材しながらでも乗れるのかな…」と一抹いちまつの不安もいだきましたが、結局は「せっかくだし、乗ってみるか!」と、これまた軽い感じで参加を決めました。

タンデム自転車のイベントでサイクリングを楽しむ人たち

イベントまでの間に、私は津賀さんに紹介されたある中学2年の男の子を取材することになりました(愛媛新聞の記事に出てくる少年とはまた別の方です)。

聞けば、今度のイベントで初めてタンデム自転車に乗るとのこと。どういう経緯で挑戦することになったのか、事前に取材させてもらおうと考え、彼が通う学校に伺いました。

その少年は脳性まひの影響で手足を動かしたり、体のバランスを取ったりするのが苦手。取材に伺った日は、エアロバイクをこいだり、腕の筋力をつけるためにペットボトルを上げ下げしたり、担任の先生に声をかけられながら楽しそうにトレーニングにはげんでいました。

ひとしきりトレーニングを終えた後、私が聞いたのは「自転車に乗れるようになったらどこに行きたい?」という質問。返ってきた答えは…


近所のスーパー」。


え? スーパーなの??

愛媛県には、サイクリングのメッカになっている「しまなみ海道」とか「四国カルスト」とか、自転車の愛好家あいこうかが訪れる名所が数多くあります。そういう場所を想像していた私は少し驚きました。

不思議がる私に、担任の先生はこう教えてくれました。

「この子の友だちはみんな自転車で自由に出かけられるのに、彼自身は登下校も保護者の車で送り迎えなんです。『どこに行きたいか』というより『みんなと同じように出かけたい』という気持ちが強いんじゃないかな」

先生によると、彼は小学校高学年の時、普通の1人乗り自転車に乗ろうと何度も何度も練習していたんだそうです。でもなかなかうまくいかず、いつも転んでしまう。一度は乗ることをあきらめたけれど、中学生になってタンデム自転車の存在を知り、練習を再開したとのことでした。

みんなと同じように自転車に乗りたい。その一心で、懸命に練習する姿を見て、その挑戦を応援したいという気持ちになりました。

他の方の取材とのいもあり、残念ながら9月に公開した記事ではこの少年のことを紹介できなかったのですが、振り返ってみれば、彼との出会いが私がタンデム自転車にのめり込む大きな契機になった気がします。

■ いざ乗車! ふと目を上げれば…

迎えたイベント当日。

津賀さんのはからいで、私にもタンデム自転車が用意されていました。タンデム自転車は、前の座席に座ってハンドルをにぎる人を「パイロット」、後ろの座席に座る人を「コパイロット」と呼びます。

初めて乗る私はコパイロットの席に座り、パイロットは地元銀行のサイクリングチームに所属する男性にお願いしました。2人で「せーの」と息を合わせてこぎ出し、いざ川辺のサイクリングロードへ!

「サイクリング中はどうやって取材しようかな」
「どのアングルで写真を撮ったら映えるんだろう」

ペダルをこいでいる間も取材のことで頭がいっぱいの私に、前に座るパイロットが「あそこ桜がみえますよね。毎年咲いているんですよ」と声を掛けてくれました。

周囲に目をやると、川の向こうには見頃みごろを迎えた桜の木がたくさん並んでいました。薄い雲がたなびく青空、降りそそぐ温かな日差し。最高のサイクリング日和に、風を切って走っている―。パイロットの一言がきっかけで、五感で自然を感じとり、心地ここちよい感覚にひたることができました。

思えば、2年前に愛媛県に赴任してからというもの、移動は車を使ってばかり。「そういえば地元の京都にいた時は、自転車を乗り回していたよなあ…」と、どこか懐かしい気分にもなりました。

イベントに参加していた人たちも皆、それぞれに春の陽気を満喫しているようでした。真っ黒に日焼けした元競輪選手、目が不自由な若い女性、足に障害があるお子さん。老若男女、経歴も実にさまざまです。ほとんどの人が初対面なのに、なぜか小学校の遠足のような一体感がありました。

その中に、先日取材した中学生の男の子もいました。誰よりも速く走ろうと力いっぱいペダルをこぐ彼は、私の乗った自転車が近づくと「来たな!!」とばかりにますます加速します。

(顔が見えるよう、前から撮影したかったのに…)

と、ちょっぴり残念に思いつつ、でもそれ以上に、生まれて初めての自転車を満喫する彼の姿がほほえましく、「良かったね」と声を掛けたくなりました(彼はそんな声も届かないくらい、はるか遠くに走っていったのですが…)。

サイクリングが終わった後、彼は参加者全員の前で「今度は普通の自転車にも乗れるよう練習したい」と話しました。自信半分、恥ずかしさ半分といったその表情に、夢に向かって一歩踏み出した充実感が見てとれました。

■ 一人一人の「物語」を探して

今回の取材に際して、私は津賀さんから一つリクエストをもらいました。

それはタンデム自転車に乗る一人一人の物語を書いてほしいということです。

サイクリングイベントをもよおすたびにマスコミの取材を受けている津賀さんは、しばしば「イベントがある、というだけの記事なら意味がない。書くなら、この自転車と出会ったことで前向きになっていく人たちの『物語』を書いてほしい」とおっしゃっていました。

3月のイベントで、生き生きと自転車に乗る人たちを目にした私はその思いに共感し、その後、時間を見つけては県内各地のタンデム自転車愛好家をたずね歩くようになりました。

9月に公開した↑上の記事では、津賀さんを含め、4家族9人の「物語」を書きました。その中でも、特に印象に残った1組のご夫婦がいます。この note の最後に、そのお二人のエピソードをご紹介したいと思います。

■ 何気ない日常を、2人一緒に

松山市に住む中矢一成なかやかずなりさん(75)と、由紀子ゆきこさん(73)は2年ほど前からタンデム自転車を始めました。

もともと、サイクリングは一成さんの趣味でした。10年ほど前までは2人で別々の自転車に乗り、よく一緒に出かけていたそうです。

今から5年前、由紀子さんが認知症と診断されました。しばらくは薬やヘルパーさんの助けもあって、なんとか生活をやりくりしていましたが、ある時、一成さんの外出時に由紀子さんが家を出たまま帰宅せず、翌朝まで外を徘徊はいかいしたことがありました。

それ以来、なるべく由紀子さんを1人にしないよう、いつもそばで過ごすようになった一成さん。由紀子さんの様子をみていると、午前中は家事をこなそうと動きまわる時間がある一方、お昼を過ぎると、ぼうっとする時間が多いことに気が付きました。

「じゃあ、昼過ぎからは外に出かけるようにするか。2人一緒なら気持ちも落ち着くだろうし、色々な景色を見ながら足腰を使えば刺激になって、認知症の進行も食い止められるんじゃないか」。一成さんはそう考え、2人で乗れるタンデム自転車の購入を決めたそうです。

タンデム自転車に乗るようになってから、再び一緒に外出する機会が増えました。

座席とペダルが2つある自転車が珍しいのか、向こうから近づいてくる子どもたちのこと。水辺でやカラスをみたこと。桜がきれいだったこと。

ありふれた日常の何気ない思い出を、本当にうれしそうに語る2人。「1人で行くより断然だんぜん楽しいですよ」という言葉に仲の良さがうかがえました。

サイクリングを楽しむ中矢一成さんと由紀子さん

取材では2人のサイクリングにも同行させてもらいました。

川辺でこいを見つけると「寄ってきたねぇ」「えさがもらえると思ってるんじゃない?」なんて会話を楽しみながら、自転車で風を切る。笑い合いながらペダルをこぐ姿がとても魅力的で、結婚を間近まぢかに控えていた私は「こんなふうに年を重ねられたら素敵だな…」と思いながら取材していたことを良く覚えています。

中矢さんご夫妻からは、「タンデム自転車は障害があってもなくても、誰でも一緒に楽しむことができる」という、当たり前だけどとても大切なことを教わりました。

記事の中では他にも、タンデム自転車でしまなみ海道を走破そうはした脳性まひの男の子や、県内各地を8000キロ近く駆け巡る視覚障害者の男性についてご紹介しています。

それぞれの物語を通じて、1人でも多くの方に、タンデム自転車の魅力を知ってほしい。そんな思いを込めて記事を書きました。

あなたも、タンデム自転車に乗ってみませんか?


伊藤 愛莉(いとう・あいり) 1997年生まれ、京都府出身。2020年に入社し、松山支局を経て、22年9月から神戸支局で神戸市政を担当。最近はまっているのは、ふるさと納税の返礼品を吟味ぎんみすること。

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