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評㉖四月大歌舞伎『天一坊大岡政談』3階A席5500円、コクーン『天日坊』比較

 四月大歌舞伎第一部『通し狂言 天一坊大岡政談』(五幕 紀州平野村お三住居の場より大岡役宅奥殿の場まで)を、東銀座の歌舞伎座で観る。市川猿之助(天一坊)、尾上松緑(大岡越前守)、片岡愛之助(伊賀亮)。3階A席5500円、イヤホンガイド700円
 河竹黙阿弥作、奈河彰輔補綴(ほてつ)。
 八代将軍徳川吉宗の隠し子と称した実在の「天一坊事件」をもとにした、講談師初代神田伯山(~1873、幕末から明治に活躍)の「天一坊大岡政談」が元ネタ(現在の伯山は六代目)。実在の事件に大岡越前守は関係ない。

コクーン歌舞伎『天日坊』との比較

 今回観た理由は結構明確で、2つある。
 1.渋谷・コクーン歌舞伎『天日坊』を2月に観たので、同じ河竹黙阿弥原作「天一坊」をもとにしたザ・歌舞伎と比較するため。
 評⑱コクーン歌舞伎再演『天日坊』一等席12500円(割引)、素直に面白かった(2022年2月15日) 作:河竹黙阿弥、演出・美術:串田和美(かずよし)、脚本:宮藤官九郎。出演:中村勘九郎、中村七之助、中村獅童、中村扇雀他。

一日に東銀座と六本木で別の芝居を2つこなした猿之助

 2.4月中に六本木で観た現代劇(?)『森の石松』に猿之助が出ていたから。そっか、猿之助つながりだし、と思った。さらに、もう少し考えたところ、猿之助、『天一坊大岡政談』を11:00~13:35で終えた後、4/13~4/21は『森の石松』15:00または19:00開演に駆け付けていた!

猿之助が最初から最後まで主役を張る四月大歌舞伎第一部『天一坊大岡政談』は11:00~13:35@歌舞伎座
4/13~4/21『森の石松』は15時または19時開演@六本木トリコロールシアター

 『森の石松』で自分の観た回は15時開演だった。そういや猿之助、途中、16時近くからお出ましの演出だったんである。「大物」なので満を持したように“真打登場!”と出てくるのは結構自然な演出だったが、違う芝居を掛け持ち、その双方で主役(級)とは。とにかくその体力、精神力に感服する。で、これは絶対観なければと思った。

今更記事を発見、2022年3月29日読売新聞から

 評㉕猿之助と~『森の石松』@六本木トリコロールシアター8000円は妥当か(2022年4月18日)

三階A席、ぎりぎり花道の七三が見える位置でオペラグラス

 さて、コクーン歌舞伎に影響されて、普通の歌舞伎もと思った、三月大歌舞伎は一等席16000円を都民割(抽選)8705円で観た。前の方だったが上手で、下手の花道までやや遠く、顔を90度近くまで傾けるのは大儀だった。
 評㉑三月大歌舞伎第三部『石川五右衛門』他、一等席都民割8705円(2022年3月24日)
 今回は財布事情もあり、万単位は厳しい。3階席で、と思ったが、3階B席3500円は安いので売り切れ。3階A席5500円とした。
 花道の七三で、役者の演技がぎりぎり見えるくらいの位置。
 オペラグラス、頻繁に出動。

 ※以下ネタバレ?

序幕・お三殺し、コクーンは赤い照明と音楽の迫力

 さて、序幕は紀州平野村お三住居の場
 年寄りのおばあさん・お三の一人暮らしのところへしばしば訪れていた坊主の法澤(ほうたく)が、お三の亡くなった孫が吉宗の落としだねと聞き、お三を殺す場面。実は、この場面、先のコクーン歌舞伎で自分の印象に最も残った場だ。
 「法策(のちの天日坊)がお三婆を殺す場面は、あえて変な振りや台詞を入れずとも無言の表情に照明と音楽の効果だけで、殺す方向に心が動いていくことを客が想像する幅を持たせた」と、その時の感想に書いた。赤い照明と、おどろおどろしい(?)音楽だった記憶。実は、声の通りが云々書いたが、そこで殺されたお三婆を演じた笹野高史ばかりを覚えていて、主役が誰だか忘れていた、すみません、勘九郎さん。
 コクーン歌舞伎は殺し切るところまで表現していた、と記憶。

さらっと演出、歌舞伎のお三殺し

 四月歌舞伎・天一坊、では、思ったよりさらっと演出されていた。
 降る雪が、ずっとつまびかれ続ける琴の音で表現される(実際に少し散らされている)。その中、好青年で登場した法澤(猿之助)が、お三が「あんたと誕生日が同じ孫がいた。生まれてすぐ死んだけど。証拠もあって」の話の後、転機は、琴の音が太鼓(?)に変わる時。ネズミの死骸(作り物)が出て、猿之助の顔にうっすら照明(色はついていない)が当たる。そこから、さくさく悪人に変わり、笑みを浮かべたような猿之助がお三の首を絞めそうな場面で幕がさーっとひかれ、序幕が終わる。
 
後は、お客さんのご想像の通り! なのかな。

 もともと、歌舞伎は「ある程度知ってることを前提」に、かつ、現代では「飛び飛び」に演じられるから、すべてを表現しなくてもいいのか。
 現代劇、コクーン歌舞伎も、一応ストーリーは全部説明する態。

 自分的には、コクーンのどろどろお三殺しが好みかも。

「走れメロス」の四幕、早く来い大助!に引き込まれる

 で、二幕、三幕(愛之助の伊賀亮と松緑の大岡「網代問答」が見どころ)と続いて、自分的に印象深いのは四幕大岡邸奥の間の場
 竹本義太夫も入ってくる。
 大岡は天一坊の嘘を見抜いて、部下の池田大助を紀州に調査に走らせるが、間に合わないと見て、息子、妻と共に白装束で切腹に臨む場面。結果的に、大助が間に合うことはわかっている。が、こちらの心が焦る、やばい。と思う。「走れメロス」だ。いかん、完全にネタバレなのに、構成がばればれなのに、心が引き込まれてしまった。悔しい。
 早く来い、大助。と、心が叫ぶ。

 来る。ほっとする。うーむ、やられた。
 ここで一気に大岡寄りに気持ちが動く。

 さて、イヤホンガイドが耳元で、「嫡子忠右衛門は、松緑の息子尾上左近で、この場面で実際の親子が親子を演じています。年齢はこの忠右衛門と同じ16歳です」とささやく。ああ、「血筋」か、と一瞬現実に戻り、醒める
 そのすぐ後くらいに、この芝居で初めての本格的笑い。
 部下の大助が「天一坊の嘘の証拠を見つけました!」と大岡に報告し、大岡が「そうか」とほっとしてもしばらくの間、左近演じる忠右衛門は切腹のための短刀を腹に向けている。そして「もう切腹しなくていいんですか」(多分、そんな台詞)と聞く。笑い。左近、一番の見せどころである。御曹司はこうやって育っていくんだと率直に思った。 

五幕で初めて、主役は大岡越前守?、とやっと気づくww

 そして最終幕、五幕。
 大岡裁きである。
 町奉行の格好をした松緑がやたら格好いい
 で、天一坊の嘘を一挙に暴き、お白洲(裁判場)から、ばさっと袴を階段に斜めに垂らす。超格好いい。
 天一坊の猿之助も、衣装の白袴を斜めにして床に体を投げ出し、大岡と好対照だが、この場の中心はどう見ても、大岡だ。
 
 ……あれ、これって、大岡越前守が主役なのだろうか。もしかして…と今更ながら気づく。
 そういや、これは「大岡政談」ではないか。
 そういや、三幕前の幕間からイヤホンガイドはずっと大岡の話ばかりしていた、20年も激務の町奉行を務め、その後寺社奉行になった大岡越前守の人気ぶりを伝えていたではないか。
 おやおや。

 天一坊大岡政談、だが、大岡政談天一坊、なんだな。

 となると、「俺は誰だあっ!」とあくまで天日坊が主役だったコクーン歌舞伎と、そもそもの力の置き所が違うんだ。そうだったのか。。

 ふーん、まあ、どっちでもいいんだが、その意味もかみしめて面白かった。

改めて、歌舞伎とコクーン歌舞伎の違い

 改めて、歌舞伎と現代劇・コクーン歌舞伎の違い。
1.舞台装置
 歌舞伎は幕が変わる度に、三色の定式幕を引き、幕の後ろで舞台装置を入れ替える。五幕の前は、舞台を作るトンカチの音が三階席でも聞こえた。
 コクーン歌舞伎『天日坊』は、大舞台の上に可動式作り物舞台を予めいくつか用意し、大道具さんたちが押して舞台を入れ替えた。

2.照明、音楽
 歌舞伎の照明は、白色基本。コクーンは赤やらいろいろ。
 歌舞伎の音楽は、今回は御簾の中から。コクーンは左右にバンド。

3.台詞
 今回、改めて今更思ったが、歌舞伎の台詞は基本説明台詞だ。物語の筋をひたすら台詞で説明している(今回のは講談が元ネタなのが影響しているかも?)。
 だが、単にだらだら説明したのでは飽きる。だから、「調子」がついているのか、などと、思った。
 一方、現代劇の方は、そんな長い説明台詞はリアリズムがなくて無理。従って、コクーン歌舞伎では可動舞台の壁にストーリーを書いたり、歌舞伎町台詞と現代的台詞を混ぜたり、ギャグを挟んだり、いろいろ工夫していた。

 ……かな。正式な見直しをするほど暇がないため、取り急ぎ。

 外に出た。天気がいいので銀座駅まで歩こうかなと立っていると、通りすがりの人から声をかけられ「銀座はどこですか?」と言われ、一瞬「え」、きょとんとする。ここは銀座ではないか。
 「あ……銀座四丁目です。こっちですか」
 「ああ、なら、そうです。ここまっすぐ行って、右に和光と三越あって」
 「ありがとうございます」
 ……そういや、ここは東銀座か。自分だって昔はお上りさんだった。今もそうかもしれない。
 銀座まで歩く。新緑が光る。いい日だった。 


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