掌編小説 もう森へ帰ろうか

 東京に行けば私の人生の全てが好転すると思っていたけれど、現実は厳しくて、それは田舎者の幻想でしかなかったのだと知ってしまった。
 ふぅ、とため息をつく。地元での腐れ縁に辟易し、思い切って上京したところまでは良かった。良かったのに。

「辞めるのはいいけど、そんなんじゃ他へ行ってもうまくやっていけないよ?」
 半年間勤めた会社で辞意を伝えた私に、上司が渋い顔をした。その後の沈黙はヘドロのように私の心にまとわり付いてきて、未だに取れきっていない。
 早く会社を辞めたくて仕方がなかった。常に同僚の顔色を伺い、当たり障りのない会話しかできず、人の輪に入れない私は次第に孤立していった。
 
 東京でも、私は私でしかなかった。決して良い意味ではない。
 人間は、そう簡単には変われない。分かっていたはずなのに、もしかしたら自分だけは例外なのではないかと心のどこかで期待していた。期待しておいて、このザマだ。
 私は、私ではなく不確かで漠然とした都合の良い何かに期待していた。期待する相手を間違えた、ただそれだけの話なのかもしれない。やっと気付いた頃には、会社を辞めていた。
 幸運の神様なんて存在しないし、私を引き上げてくれるお偉いさんも白馬に乗った王子様も現れない。奇跡など起こるはずがないのだ。いつまでもふわふわと夢を見て、馬鹿馬鹿しい。現実を直視しろ、私。

 「また空白期間、か……」
 自室のベッドに寝転がりながら、ぽつりとつぶやく。
 また職歴が途切れてしまった。学歴だけは立派な私の経歴。短期離職を繰り返し、職歴は散々なものとなっていた。
 勤続していないとおかしいとされる風潮にうんざりしつつも、たびたび社会のレールから離脱してしまう自分にも問題があるに違いないと考え、鬱屈とする。

 私なんかには、どこにも居場所はないのかもしれない。
 じわりと広がっていく涙を、どうにか堪える。今だけは、自分にさえも弱みを見せたくなかった。
 無気力で重たい体をどうにか起こすと、ボストンバッグに手を伸ばした。


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