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「花屋日記」22. バラをめぐる夜の攻防戦。

 うちの店では「柳井ダイヤモンドローズ」というブランドのバラを束にして定番商品にしている。人気品種がミックスで山口県の産地から届くので、毎週買っていかれるリピーターも多い。

 ある晩、ブルーの作業着を身につけた無骨そうなおじさまと、部下らしき男性3人があとに続いて店にやってきた。どうも飲み会の帰りらしい。
「バラはないか? 俺、バラが好きなんや」
とおじさまが上機嫌で言う。
「今朝届いたばかりのバラのブーケがございますよ。これは『シェドゥーブル』と言ってロゼット咲き(花弁が密集した花形)の花持ちの良い品種ですね。こっちは『スイートアバランチェ』という、ほんのりグリーンがかった大輪でございます」
「へえー、きれいなもんやなあ!」
 興奮するおじさまとは対照的に、他の男性たちは呆れ顔でそれを制する。
「親方、もういいですやん、行きましょうよ」
「いや俺、買いたいんや」
「もういいですってば」
 私は「親方」がなぜ花を買いたがるのか、そしてそれをなぜみんなが制しようとするのか分からなくて困惑した。このままお勧めしていいのだろうか?

「決めた、これ3つちょうだい」
と「親方」がおっしゃった瞬間、後ろで3人がは〜っとため息をつくのが分かった。ここまできたら仕方がない、私は保水した茎をクッションペーパーで巻いて、花の色に合わせたリボンをそれぞれに結んだ。
「このようにお包みさせていただきました」
と3束のブーケをお見せすると、なんと「親方」は「おい」と言って手招きをするとそれを一つずつ後方の部下たちに手渡した。
「ありがとうございます…」
と全員が照れくさそうな顔で受け取り、私はそれを見て初めて事態を把握した。

 おそらく「親方」は酔っぱらうとバラをプレゼントする習性があるのだ。彼らは何度もそれを経験し、今日こそ「親方」を止めようとしていたのだろう。部下たちが「困ったなあ」という顔でリボンの結ばれたブーケを抱えているのを、「親方」は満足そうに目を細めて見ていた。私は彼らの様子を見て、失礼ながらくすくす笑ってしまった。おそらく飲み会のたびに繰り返される攻防戦なのだろう。

 意外なお客様。おかしな「親方」。ガタイのいい男性方の手に握られた可憐なブーケ。なんて愉快な夜だろう。こんなふうに買われていくバラも悪くない。ダイヤモンドローズたちも今ごろ彼らの手の中でニコニコと笑っていることだろう。

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