漫画を描くことは労働じゃない!? 漫画家・深谷陽インタビュー vol.2
デビュー25周年記念個展「enak, cantik」を8月14日(水)まで、東京のLusso Cafe Harajukuにて開催中の漫画家・深谷陽(Akira Fukaya)のインタビュー第2弾をお届け。vol.1はこちら。
今回の個展では、歴代ヒロインのポートレイトのほか、生原稿のファイルも展示されている。アシスタントへの指示などが書き込まれた当時の生原稿は、とにかく緻密で驚くほどのクオリティだ。しかしそこから想像される長時間の作業とは裏腹に、ご本人は漫画という仕事が楽しくてたまらない様子。
現在「とある海外からの発注(情報解禁が待ち遠しい!)」と「新連載の準備」の傍ら、講師業もしているという実力派漫画家に、プロとして四半世紀も活動し続けられる理由を聞いた。
一つのリアルがあれば、あとは全部嘘でも許される。
>今も実体験をもとに描いておられるんですか?
「そうですね、例えばこれは(生原稿のファイルを見せながら)『ティガチャンティック~三匹の妖怪少女~』の主人公のたちが女の子を助けに行くっていう場面なんですけど、実はこの困っている女の子のモデルになった人にバリで出会ったんです。その人はブラックマジック(黒魔術)をかけられて、好きでもない男のことを好きだと錯覚させられて一時期付き合っていたそうで」
>『ティガチャンティック』は主人公の3人も実在するんですよね?
「はい、『hy4_4yh(ハイパーヨーヨ。日本のガールズ・ラップ・ユニット)』っていう女の子たちから、キャラをもらいました。まったく何もないところっていうより、ちょっとした話を誰かから聞いて、それを深めるのが好きですね。お話の中に一個リアルがあれば、あとは全部嘘でも許されるんじゃないかな、と開き直っている部分もあります(笑)」
あえて「何もできない人」を主人公にする理由。
>ご自身の漫画へのこだわりはどんなところですか?
「わりとデビューの時から『スーパーマンの横にいる、普通の奴』みたいなのを主人公にした話が、好きかな。『スパイシー・カフェガール』はタイ料理レストランを舞台にした話で、料理がうまくて腕っぷしが強いマスターがいるんですけど、でもそのマスターじゃなくて、何もできないバイトの男の子が主人公。
悪人を撃退したりとか、現実的な問題を解決してくれる存在もいなくちゃいけないんだけど、日々の暮らしで一番救われたり嬉しかったりするのは、何でもないことだったりするので。寄り添ってご飯を作って出してくれたりする、気持ちのケアみたいなところが最終的にはすごく大きいことなんじゃないかな、と。
なんだかんだ状況が厳しくても、楽しいとか悲しいとか、最終的に判断するのはその人の気持ちなので。本人の感受性が幸福度を決めるとすれば、その人を幸福にできるのは、その気持ちに寄り添える人ではないかな。『気持ちに寄り添う』とか言うと『夜廻り猫』みたいになっちゃうけど(笑)」
どんどんデジタル化していく漫画界の過渡期。
「僕はずっとバリで漫画を描いていたので、当時はFedExで原稿を送るしかなくて『怖いからコピーはとっておいてね』と言われてました。でもコピーをとっても、細かいトーンの目は潰れちゃったりするし、当時のバリ島のコピー機のトナーなんて、指で弾いたらパンッて飛んじゃうようなクオリティ(笑)『こんなの気休めにもならないし!』って毎回バクチのつもりで送ってました。
『いっそのこと、Eメールに添付して送ったりとかできるようにならないんですかね?』みたいなことを言ったら『あと10年後じゃない? そんなこと考えてないで真面目に描け』なんて担当者に言われてましたけど(笑)今では普通にやってますからね」
>どのようにデジタル技術を取り入れてられるんですか?
「今は紙に描いた線描をスキャンして、トーンとかベタの仕上げをデジタル上でやるっていうセミデジタル。漫画を一から画面上で、っていうフルデジタルはまだやれてないです。今はフルデジがどんどん多くなって、そこは激動の過渡期ではある。紙で描いているのはよっぽどこだわりのある漫画家さん、あるいは『今さらデジタルはめんどくさい』っていうベテランさんが、一つの雑誌に1人〜2人くらいいる感じじゃないですかね?
以前は1話=30ページあると、だいたいその度にスクリーントーンを1万円分くらい買ってました。それが今はスクリーントーンって買うものじゃなくて、パソコンでやればできるので。データ上のやりとりでできるようになったので、アシスタントの人手も1/3くらいのコストになる感じです」
漫画を描くことはアトラクション、労働じゃない。
>プロとして漫画を25年も続けられた理由は?
「そこはやっぱり諦めないことじゃないですかね? どんなに上手くても、続けてヒットしなかったら次はなかったりする。そんな時に『ああ、自分はもうダメだ』って筆を折っちゃう人も多い。でも僕みたいに諦めないで他の雑誌に行くとか、他の仕事をしてみるとか、今まで描かなかったようなものを描いてみるとか。
僕はデビューだけはすごく順調だったので、そこで惑わされて『ここで辞めたくない、これでやっていくしかない!』って思っちゃいましたからね。漫画を描いてお金をもらうという快楽を覚えてしまったので、他の仕事をするのがすごくしんどいっていう(笑)」
>一般的には漫画家=大変な仕事っていうイメージが強いですが。
「幸いにも、漫画を描く上であんまりつらいって思ったことはないですね。眠くてつらいとかはありますけど(笑)描くこと自体が嫌だとか、ネタがどうにも思いつかないとかは今のところないです。絵を描くことも毎回試してみたいことがある。『どの線を残して、どの線を捨てるか?』とか。
企画が通らなくて描かせてもらえないっていうつらさはありますけど、お仕事をいただける限りにおいては、ある意味、労働じゃない。アトラクションっていうか、楽しいことがいっぱいあるので」
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現在、そんな深谷陽による初めての漫画入門書『もっと魅せる面白くする 魂に響く漫画コマワリ教室』(ソーテック社)が発売中。漫画の表現力を劇的にアップさせるコワワリの指南書、ぜひチェックを。個展は原宿のLusso Cafeにて8月14日(水)まで開催。
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