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泣ける小説 僕の親友とリフレッシュタイム

「そんなハードなトレーニングをして、最近どうしたの?なんか前と全然変わったね。」
「そうかな、でも前より自分に自信がついた気がする。」

半年前に親友からスポーツジムに一緒に行こうと、半ば無理矢理に誘われて渋々ジムに通うことになった。
最初はその親友が行くから、それだけが理由だった。
親友ほど身にも入らなかったし、やろうとする意思もなかった。

でも少しずつでも変わっていく親友を見て、自分も負けていられないと思えた。このままじゃ取り残されるとも思った。

それまでの僕は職場で孤立をして何もやる気が起きなかった。ただただ1週間をどう乗り切るか、それだけを考えて。日曜日の夕方には胃がキリキリと痛かった。いや日曜日の夕方からじゃない、金曜日の夜にはもう来週のことを考えて目の前が真っ暗になっていた。

誰といても楽しくなくて、今横にいる彼女にも何もしてあげられなかった。
彼女は特にそれで不満も言わなかったけど、本当はもっとこうして欲しいとかあったんだろうと今にしてみれば思うところはある。

ジムに通い、自分でも意欲が増していく中で、少しずつ心にも変化が表れた。それまでの無気力な自分、他人にびくびく怯えていた自分がほんの少しずつではあるけど、自分の気持ちを伝えられるようになった。

会社の中で1番苦手で、パワハラ気質の上司にもごく稀にではあるが自分の意思を伝えることが出来るようになった。
ジムも最初は親友が行く時、それもたまにしか行かなかったのに、自分1人でも行くようになった。親友としか話さなかった自分だけども、他のお客さんやスタッフの方とも話す機会を持つようになった。自分から挨拶をして、少しばかり雑談を切り出せるようになった。

スタッフの方はもちろん他のお客さんも気さくだった。最初は挨拶だけだったのが、次第に雑談をするようになれた。
彼等は僕が話しかけても嫌な顔は全くされず、その人の始めた頃の話をしてくれたり、フォームのアドバイスなんかも真剣に語ってくれた。

これが会社では全く違う。誰も僕の話を聞こうとはしないし、なにかあれば僕のせいにする。上司も嫌な仕事は全て僕に押し付けて、それが出来ないと社会人としてそんなことではダメだと、批判ばかりする。
何も言い返せない僕も悪いとは思うけど、それでも納得いかないことばかりだった。
他の人も上司に頻繁に怒られている僕を見て、自分もとストレスの捌け口にすることが多かった。

「もうここに来られてどれぐらいになりますか?」
「半年ぐらい経つと思いますね。やっと体型も変わってきたように思います。」
「いや本当にそうですよ。来られた当初はこんなことを言ったら失礼ですけどひょろひょろでしたから。それが今では胸板も肩幅も変わってきていて。筋トレを続けた甲斐がありましたね。」
「はい、本当にひょろひょろでしたから。僕はここに来て本当に良かったと思っています。身体作りをすることで多少なりとも自分に自信を持てるようになりましたから。」
あの頃から少しぐらいは変われた。そんな自分を実感できている。
「そうですね、実は親友の方がいつも僕等に言ってたんです。あいつをどうにかして変えてやりたい。今の状況から助けてやりたいんだって。だからまずは自分が変わることで、あいつに刺激に与えたいんですって僕等に語ってくれていたんです。」
「えっ、どういうことですか?」
「本当は親友のあの人もジムに来て、ハードなトレーニングなんてしたくなかったんですよ。そりゃあそうですよね、特に筋トレをしたくもない人間が率先してやりたいとは思わないですから。最初は大変ですからね。
でも自分が変わることで、あなたにも刺激になる。あなたが少しでも自分も変わりたいと思うきっかけをつくれるかもしれない、そう思って無理矢理自分を鼓舞していたみたいです。それで自分に鞭打ってハードなトレーニングを課していた。
大した人ですよ彼は。いくら親友のこととは言え、ここまで出来る人なんてそうそういないですよ。あいつを助けたい、救ってやりたいその一心でここまで出来るんですから。」
「そうだったのですか。僕は今まで知りませんでした。」
あいつがそんな風に思っていたなんて。感情が追いつかない。
「そりゃあそうですよ。彼からは絶対に言わないでくれって何度も言われていましたから。いやあ僕等も最初不思議に思ってたんですよ。彼1人の時はもう狂ったように必死でしたから。でも今話したことは彼には言わないで下さいね。僕がこっぴどく怒られるので。」
「言わないですけど、これからあいつへの見方が変わりそうです。」
そうだったのか、そこまで僕のことを考えてくれていたんだ。


ーーー始めに戻るーーーー

「これで私が動いた目が出始めたね。」
「えっ一体なんのこと?」
「知らなかったでしょう、あなたを勇気づける為に、それからあなたらしく生きていってもらうために、私から親友のあの子に頼んだのよ。」
「何を?」
「最初あの子に無理矢理連れて行かれたでしょ。あれの黒幕は私なの。あの時あなたは私と距離を置いていたでしょ、それは心理的に。だから私が誘うよりあの子に誘ってもらう方が受け入れ易いと思ったの。それで彼に頼んでみたの。心に自信を持たせるのは、身体も大事だと思う。だからジムに連れて行ってあげてくれって。そしてどうにか一緒にトレーニングをして、生きる自信をつけさせてくれって。そこから先は彼自身の行動だから、私は何も関与出来なかったけど。まさか彼がここまでやってくれるとは私も全く思ってなかった。あの子にどんなご褒美をあげようかな。」
僕はこの2人には頭が上がらない。きっかけを仕込んでくれた彼女にも、実行役になって自分自身をも痛めつけてでも成し遂げてくれた親友にも。僕はこれから2人に何が出来るだろう。
「そうだったのか。ありがとう、恩にきるよ。でもなんで僕にそれだけしてくれたの?」
「なんで?好きだからに決まってるでしょ。あなたのことが好きで好きで、愛しているからこれだけしているのよ。何を今更。あの子だってそうよ。誰がそんなどうでも良い人間のことにそこまで出来るのよ。あの子はね、あなたに感謝してるのよ。」
「あいつが?なんで?」
「中学生の時、1人で過ごすことしか出来なかった彼に、いつも声を掛けていたのでしょ?彼は本当に寂しかったらしいの。両親も共働きでいつも家で1人でいることしか出来なかった自分に、いつも遅くまでつきあってくれたって。本当は他にやりたいこともあったはずなのに、僕と一緒にいることを選んで、僕がこれをしたいと言ったらいつも分かったって受け入れてくれたって。」
遠い記憶のことだけど、確かそんなこともあった気がする。でもあいつといると僕も楽しかった。ただそれだけのこと。
「両親にはいつも否定されて、何かしたいと言っても、それで将来どうなるの?とそればかり。でもあなたといるといつもやろうよって言ってくれる。これが彼の中で自分がなにかを発言しても良いんだ。相手に頼んでも良いんだと思えるきっかけになったらしい。だからいつかあなたに恩返しをしなきゃなってずっと思っていたらしいの。それで自分自身を鼓舞してでも、あなたに恩返しをしようと決めたらしいの。」
「そうか、全く知らなかった。今度は僕の番だな。その前に岬にも感謝だな。僕も岬のことを愛している。いつもありがとう。」
「やっと分かってくれたのね。」
僕はこの岬と親友を一生大事にするとその時決めた。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
小説家の藪田建治でした。


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