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見方を変えるだけで僕はこう変わった

こんばんは。
小説家の藪田建治です。

数年前までは仕事で他人の評価を大事にしていました。でも今は自分の価値観で動けるようになりました。

それはずっと疑問に思っていたり、尊敬したいと本当に思える人と出会い、その人達から学ばせてもらったからです。

自分より年齢が上の人が言うことは特に。なぜかその人が言っていることが正しいと感じてしまう。どこか疑問に感じることがありつつも、それが正しいんだと信じ込ませいたように思います。

でもうつ病も経験して、働くことも怖くなって、でも生きていくために働くしかなくて、その中でいろんな人との出会いがあった。

自分にとって嫌だなと思う人にも出会いましたが、この人と出会えて本当に良かったと心から思える人とも出会えた。その人を自分の心に素直になって尊敬した。この人から学びたいと思った。
今も尊敬する人から学びを得ることで僕は変わりました。
年齢が上だからとか年齢が下だからとかは関係がない。
またその人が正しいと思っていることが、自分にとっても正しいとは限らないということです。

例えば仕事場で他人の評価をすごく気にする人、何か陰口を言われないか、他人に干渉的でみんなと一緒じゃなきゃおかしいと考えの狭い人をいっぱい見てきました。それも年齢が自分より上の人で。
今まではその人達がおかしいと言っていると、自分っておかしいのかなとかダメな人間なのかって、すごく心が窮屈になり、なんで自分は他の人から違うとかおかしいと言われるのだろうと自己嫌悪に陥っていました。

でもいろんな人から学びを得たおかげで、考え方は1つじゃないと知りました。なぜなら他の人と違うってよく言われる、じゃあその時点で他人との差別化が出来ているということですよね。見方を変えるだけで全く捉え方も変わるんです。

例えば昨日こんなことがありました。僕が着ている制服のパンツ(ズボン)が短い。どうもおかしいとなりました。その話に何人かから嘲笑されました。正直のところ心底腹が立ちました。

でもよくよく考えたら、その人は他人と一緒でなければ心が落ち着かない。他人と一緒でなければ自分を見出せないんです。これってすごく狭くなってしまうと思いませんか?
いつも他人を伺わなければいけない。いつも自分が浮いていないか気にしていなければならい。こんな窮屈なことってないですね。
でも僕はそのパンツの丈1つ取っても他人と差別化出来ているんです。たったこれだけのことで。すごく得だなと思いました。

みんなと一緒でなければならないとか、そんなことどうでも良いんです。
誰がそんなこと決めたのか。誰も決めていないんです。
一緒でなければならないというのは、その人に自信がないからなんです。一緒でないとやっていけないんです。浮いて1人になってしまうともう自分でいられないんです。

それよりも自分が本当に良いと思ったことを信じて下さい。もちろん他人に損害を与えるようなことはいけないと思いますが、他人の勝手な価値観や思い込み、都合に振り回される必要なんてどこにもないんです。

生きづらいなと思う人は、それだけ人生をよくしたいと思っている証拠。
それだけでもすごいこと。
自分軸とはよく言いますが、他人とは元々合わない人がいる、他人に嫌われても自分の人生に大して影響は無い。これだけでもこの記事を読んで下さった方には覚えていて欲しいなと思います。

読んで頂きありがとうございました。
フォローやスキをして頂けると嬉しく思います。

藪田建治でした。

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