幸せを感じる瞬間は小さな一瞬 その1

「いらっしゃい。」
行きつけのカフェに着くとオーナーが笑顔で出迎えてくれた。
「好きな席に座っていてよ。すぐにお水持ってくるからね。」
「カウンターでも良いですか?」
「おっ珍しいな。もちろん良いよ。」

ここに来たらオーナーがいつも笑顔で迎えてくれる。どんな時も明るく。
このオーナーさんにもしんどい時や笑顔でいられない瞬間もあるはずなのに。

「で、注文はどうする?」
「じゃあいつもブレンドコーヒーとホットサンドで。」
「OK。」

2ヶ月ぶりに来た行きつけのカフェは開店してすぐということもあって、まだお客さんは誰もいなかった。
それを狙って今の時間に来たわけだけど、やっぱりその方が好都合だ。

この2ヶ月にはいろんなことが起きた。
仕事も上司と上手く人間関係を築けなかったが、ここにきてその関係に一気に亀裂が入った。

些細なことさ。
上司が自分の仕事の苦手な部分を僕に無理矢理させようとした。僕はいつもはしていたけどその時はたまたま忙しかったから、その依頼を断った。

でもそれが気に喰わなかったらしい。えらく怒った。なぜいつもするのに今はダメなんだと詰め寄ってきた。
事情を説明しても全く意に介さなかった。それからというもの会社での居心地がさらに悪くなった。

時期を同じくして、両親との関係も悪くなった。意見の相違、簡単に言えばそれだけだけどお互いが自分の気持ちを分かって欲しい気持ちが強かったんだろう。
両親はちょっと離れたところに小さな土地を買って畑をしたい、その畑を手伝って欲しいと、でも僕はと言えば仕事だけでもヘトヘトなのに、それ以上出来ないと断った。

「オーナーさんはこの2ヶ月で何かありましたか?」
「あったよ。他の常連さんで交通事故に遭った人がいてね、その人は35歳くらいなんだけど、かなり重症だって言うことで店を途中で閉めて見舞いに行ったんだけど、もうその時には・・・。」

彼は言葉にしながら涙を堪えていた。その必死に堪えている姿がいかにこのオーナーさんと常連さんの関係が深かったのかを物語っている。

「それは・・・。すみません嫌なことを思い出させてしまって。」

「いや、その時改めて当たり前の日常が当たり前じゃないんだなって気付かされたんだ。だから今日来てくれたことが本当に嬉しい。ありがとうな来てくれて。」

「とんでもないです。」

「その人むちゃくちゃ良い人だったんだよ。俺がヘマして注文を間違えても、あとから考えればこっちの方が食べたかったからちょうど良かったって俺をカバーしてくれたり、他のお客さんがポロッと悩み事をこぼしたら、ずっと聞き役に徹してあげていたんだよ。なんであんな人がいなくなっちゃったんだろうな。」

その人への愛情が滲み出る瞬間。その人をお客さんとしてではなく、1人の人間として本当に尊敬していたのだろうな。いくら重症だと言っても店を閉めてまで会いに行くんだから。

「だから俺弊店の時間になって、店のシャッターを閉める時に思うようになったんだ。今日も1日ありがとうございましたって。」

続く

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