再投稿 短編小説サイクリング仲間と共に
サイクリング仲間と山を登っている。心地良い空気と仲間と笑い合う時間。この時間が好きだ。サイクリングは僕にとっての生き甲斐。僕はこのコミュニティーが好きだ。それぞれが1つの趣味を通して、仲間と喜びを分かち合ったり、1つの目標地点まで目指す。その時に助け合ったり、競い合うこともない。誰が1番高い自転車を持っているだとか、誰が1番古いから偉いとかもない。新しく入った人でも横一線。それがこのコミュニティーの方針。
そこに僕は惹かれてこのコミュニティーに入った。趣味で繋がっているのに優劣で競い合ったり、序列を作ってしまうと、何の為に作った趣味のコミュニティーか分からない。
それが嫌で趣味を遠ざけてしまったら、誰にとっても居心地が悪くなる。全員がサイクリングを通して人生を豊かにするという本来の目的を見失い、このコミュニティー自体の存続が難しくなってくる。
競い合ったり、優越感を感じたい人はそういう場所に行けば良い。僕はそこに魅力を感じない。
今日も絶景スポットまで行ってきた。10人くらいと共に移動したけど、年齢もバラバラ。10代もいれば50代の人もいる。職業や役職、立場も人それぞれ違う。会社の社長であっても、年上の平社員の人に教えを請う。ここでは仕事のことは置いて純粋に趣味を楽しむ、そんな空気感。中には仕事が変わったり、転勤で抜けざるを得なくなった人もいるけど、僕は今の気持ちが続く限りこのコミュニティーに入っていたい。
「今日登った生駒山も良かったよね。頂上付近から見た景色は絶景だったな。気温も4月だからか過ごしやすくてさ。帰りにちょっと通りから外れたりして、入り組んだ道を時間をかけてじっくり見て廻る。僕はこういう住宅街を散策するのも好きなんだよね。」
「それ分かる。なんか路地裏みたいなところって惹かれるよね。」
「そうなんだ。1軒だけポツンとカフェがあったり、バーがあったりするとなんか妙に気になったりするんだよな。それが大抵は個人店でひっそりとしている感じだから余計に行きたくなる。」
「あと僕はやっぱり絶景を見た時かな。ここまで来たんだって達成感もあるし、絶景を見て単純に感動するんだよね。そういう心打たれる瞬間が好きなんだよ。」
「生きてるって感じでね。」
大人になるとこういう繋がりって多く持てない。どうしても会社だけで、他のコミュニティーを持てなかったりする。利害関係が発生してしまうと、プライベートの気持ちでは相手を見れない。だがこのサイクリングコミュニティーにはそういう裏事情はない。誰もがフラットな関係で繋がっている。だからこそ生まれる安心感がある。
時に人生に思い悩んでいた仲間から相談されることもあるけど、基本的には相手のことを深くは探ろうとはしない。
ただ僕はもしこのコミュニティーの仲間が思い悩んでいるようなことがあれば、精一杯助けてあげたい。このコミュニティーで出会ったのも1つの縁だ。ここに入らなかったら、知ることもなかった人がほとんどだろう。
それが何の縁か同じコミュニティーで知り合ったんだ。誰もが幸せに生きる権利がある。1人1人が幸せに生きる為に人生を歩んでいる。
だったら仲間として、そこから外れているような状況にいるのなら、どうにか沿うように戻してやりたい。それが僕の人情。
僕に出来る事なんてたかが知れている。僕にはそんな大きな力など1つもない。出来ることがあるとすれば、相手の話を真剣に聞いて、一緒に悩むことくらいか。
でも一緒に考えることで導き出せる何かがあるかもしれない。僕はそれを信じたい。そしていつか一緒に喜びを分かち合いたい。このコミュニティーと一緒だ。僕はその人と喜びたい。
今隣にいる仲間は少し年下の20代前半だけど、仕事に行き詰って退職を選んだ。自分がやりたいことって何だろう。このまま会社員として働き続けることを選んで良いものか悩んでいる。
どうやら彼の両親は、それでも会社員として働き続けることを望んでいるようだ。安定が1番、働く意味、目的のようなことはいずれ考えなくなる。だから難しいことは考えずに、すぐにでも働きに行くことを望んでいるようだ。確かに僕にも両親の言っていることも分からないでもない。
でも彼が思い悩んでいるなら、そういう時間があっても良いんじゃないだろうか。仕事をする為に生きているんじゃない。
立ち止まったからこそ得られることもある。大事なのは立ち止まらないことよりも立ち止まってもまた歩き出すこと。立ち止まった時は後ろを振り返ったり、周りを見渡したり、自分の現在地を確認したり、そんな時間と捉えて歩き出す為の準備をしていけば良い。
周りの都合に合わさなくても良い。自分の意思を持って歩みだすこと。僕が彼に望むのはそれだけ。
考えてみれば僕も他人からよくもっと頑張れ、こんなんじゃダメだと言われてきた。でもその真意は何か。他人にとってその方が都合に良い結果になるから。しかしこれは自分の人生、他人の都合の為に人は生きているんじゃない。
悩んだ先にまた歩み出す。その為の1つのきっかけになれたら。
「これが終わったらさっきあったバーに行きませんか?」
「良いよ。俺も行ってみたかったんだ。」
「そうなんですね。ちょっと相談したいことがあるんです。」
「分かった。今日は奢るから好きに飲めば良いよ。」
「ありがとうございます。」
そう言った彼は嬉しそうに微笑んだ。
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