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PKを蹴る勇気

12月5日の深夜3時、どれほどの人々が画面の奥に映る激闘の結末を占う瞬間、固唾を呑んで見守っていたのだろう。

歴代優勝国であるドイツスペインと同居した難関のグループEを突破したサッカー日本代表は、カタールW杯ベスト16の決勝トーナメントで前回のロシアW杯の準優勝国・クロアチアと激突した。

両チーム譲らず、前後半で1点ずつ取り合った後、延長戦を含めた120分でも決着が着かなかった激戦の行方は、とうとうPK戦へと委ねられた。

結果はご存知の通り、日本代表はキッカーである4人中3人がPKを外し、対してクロアチアの選手は順調にシュートをゴールに沈めていく。

そして、最終的に4人目のキッカーであるパシャリッチ選手が決めたことで日本の決勝トーナメント敗退が決定し、ここまで続いていた快進撃に終止符が打たれ、日本代表のW杯の旅路は幕を下ろした。

とてつもない緊張感が漂うPK戦だった。
そして、あまりにも残酷な結末だった。

これまでの試合で気を吐いていた選手たちが、多くの感動を届けてくれた選手たちが、試合に敗れて泣き崩れる姿を目の当たりにして、ただの観客の一人である自分でも苦しくて心にくるものがあった。

かつて、日本代表を率いたイビチャ・オシム氏は、1990年のイタリアW杯ユーゴスラビア代表がベスト4を賭けたPK戦を観ることなく控室に下がり、理由を尋ねられた際に「PK戦はくじ引きみたいなもの」という言葉を残している。

今回の対クロアチアのPK戦では、キッカーは自らが蹴ると宣言した選手に任せる挙手制が取られていた。

しかし、監督に「蹴りたい人はいるか」と尋ねられた際、5秒間誰も手を挙げなかったと言うほど、想像を絶するプレッシャーがかかっていたのだ。

そもそも「PK」とは「ペナルティー・キック」の略称であり、PK戦とは両チームが交互に選手を出し合い、ペナルティーエリアと呼ばれる白い枠線の中でゴールキーパーと一対一で向かい合ってボールを蹴り、5人が蹴り終わった段階で多くゴールを決めたチームの勝利となる競技形式のことを指す。

また、この「PK」と言う競技形式
圧倒的にキッカーが有利だと言われている。

実際、過去のW杯の統計によると、その成功率は80%にのぼる。
つまり、10人中、8人がPKを決めている計算になる。

このデータだけを見ると「PKを決めるなんて当たり前だ」と思う人もいるかもしれない。

自分も小中学校の間はサッカーをしていたので、代表戦の緊張感とは雲泥の差とは言え、PKを蹴る機会はそれなりにあった。ちなみに小学校の間に蹴ったPKは全て外して、中学校の部活で蹴ったPKは全て決めた。理由は謎。

ただ、PKを蹴ったことがある人なら分かると思うが、実際、キックの技術シュートのスピードも大事であると言うことは前提として、最後に勝負を分けるのはどれだけ平常心で蹴ることができるのかと言うことだと思っている。

練習では簡単に決めていても、ペナルティーエリアにボールを置いた瞬間から、あんなにも大きかったゴールは一瞬にして小さくなり、立ちはだかるキーパーの存在感はまるで壁のように途方もなく大きく感じる。

つまり、蹴る選手の背中にのしかかるのはPKの技術うんぬん以前に、ここまで戦ってきた仲間からの期待、勝負の行方を自身のシュートが左右してしまう状況、そして「外せばチームが負けるかもしれない」という途轍もなく大きなプレッシャーなのだ。

実際、先ほどはPK戦でのシュートの成功率は80%と書いたけれど「今から蹴るキックを外すとチームが敗退する」場面で行われるPKの成功率60%近くまで下がると言われている。

そして、そんなPKの舞台が4年に一度しか行われない国を背負った代表の試合ならば。

それも、前人未到のベスト8の壁を越えることができるかどうかの瀬戸際だったならば、そのPKを蹴る時にかかるプレッシャーはどれほどのものなのだろうか。

決めるのが当たり前、外したら非難は免れないような状況で、自ら志願してPKを蹴ることができる覚悟をもった人物がどれだけ存在するのだろうか。

PKの練習自体は、いくらでもできるかもしれない。

しかし、W杯と言う大舞台でチームの命運を賭けたPKを蹴る瞬間は、どれだけ死に物狂いで練習したとしても決して体感することはできない。

「PK」に関する名言で、とても有名な言葉がある。

PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気をもった者だけだ。

ロベルト・バッジョ/元イタリア代表

これは、かつて「アズーリ」の愛称で親しまれるイタリア代表で活躍した稀代のファンタジスタロベルト・バッジョが残した言葉。

1994年のアメリカで行われたW杯の決勝ブラジルと対戦したイタリアの試合の行方はPK戦にもつれ込み、勝負が決する最後のキッカーとなったのがロベルト・バッジョだった。

これまで代表の10番として、国のエースとしてチームを牽引してきたロベルト・バッジョが蹴ったボールは無常にもゴールバーの上を遥かに超え、チームは悲願の優勝にあと一歩届かずに涙を飲んだ。

国が誇るスター選手でもあり、誰もがそのシュート技術を認めている名手だとしても、多大なるプレッシャーがかかった状態では信じられないようなキックでPKを外してしまうのだ。

ちなみに、よく勘違いされているが、ロベルト・バッジョの名言は彼がPKを外した直後に発された言葉ではなく、その次の1998年に開催されたフランスW杯でPKを外したチームメイトに向けて放たれた言葉だ。

つまり、自身への弁護ではなく
仲間の勇気を讃えるための言葉なのだ。

PK戦においての戦術やキッカーの決め方など、今回のクロアチアとのPK戦を皮切りに様々な意見が噴出していて、もちろん、勝率をあげるためにはどれも必要なことだと思う。試合を観ていた誰もがこのチームに勝って欲しかったからこそ、そう思うのだろう。

でも、それとは別に、今回のPK戦でボールを蹴った選手たちには心の底から万雷の拍手を送りたいし、その勇気を讃えたい。

特に、最初にキッカーを名乗り出て
最もプレッシャーのかかる一番手でPKを蹴った南野選手。

その勇気がきっと、今後の日本代表を救ってくれると信じているし、この悔しさをバネにチームに戻って活躍してほしい。

とにもかくにも日本代表の皆様、お疲れ様でした。
また、4年後。


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