深海魚(Pさん)

 割れかけたぶ厚い水槽の中に、深海魚が悠然と泳いでいるさまを、思い浮かべた。見た目にヒビが入っているという程度のことではなく、一部からは勢いよく水が飛び出していた。深海魚はそれについて知らないままだった。何か書き物をしていたのかもしれない。照明の灯に、その水が掛かってしまい、真っ暗闇になった。そのことも、深海魚は知らないはずだった。ここまで歴然とした光量の変化であっても、もともとが真っ暗闇である深海で育った深海魚には、それを察知する必要が今までなかったのだ。僧侶服みたいなものを着ている人が、その燭台に再び再び火を点そうとしたが、ムダだった。水が掛かったろうそくを、乾かさずにすぐに火が点くわけがない。ガラスが割れたのは、建物自体が傾き、歪んでいるせいらしかった。僧侶服らしきものを着た人は、自分の裾を踏んで摩擦がなくなってしまい、スーッと横に滑っていった。マッチの火をまだ持っていたので、服に引火しそうでかなり危なかった。おまけに、ずっと向こう側の壁にぶつかった時に、やや演技がかった動きで、尻餅をついていたのだ。迷惑なことに、自分に引火しないように、尻餅をついた拍子に、マッチを遠くへ放り投げていたのだ。幸いなことに、床に敷かれている、毛の硬いじゅうたんの隅には、全て「防炎」というプラスチックの表示が埋め込まれていた。一部始終を深海魚は見ていた。矛盾するようであるが、自分が中にいる水槽のガラスが割れたことや、明かりがどうなっているのかには頓着していなくても、僧侶らしき人物の細かい挙措に関しては、分不相応にも、目を光らせているのである。実は、その僧侶らしき人の衣服というのが、綿や麻などではなく、ずいぶん光沢のある化繊であるという点まで、見とがめていたのである。どんな衣装を着ていようと勝手だ。その、普段着にするにはとても不向きな化繊の薄っぽい衣装を、まさに普段着にしている人なのかもしれないじゃないか。その言い訳は、自らの、燭台の灯をもう一度点けに行くという行為によって、無効になる。なに、ちょっと僧侶意識しちゃってんじゃん。尻餅をつく瞬間の、おどけたようなスローモーションの動きも、そう言われるとどこか僧侶を意識しているようにも見える。そこにいる誰もが、建物が傾きつつあること自体、その意味について無頓着であったから、彼らの言い合いもむなしい。

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