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〜触れられない世界〜 そんなことまで言っていいの!? #6 (ウサギノヴィッチ)

──世界はもう壊れていたのかもしれない。
 君は笑いながらスターバックスコーヒーを飲んでいる。最近では、自分たちでタンブラーを持っていくという習慣は無くなったか。それとも、マイボトルで持っていって入れてもらうのか。自動ドアの近くで話をしていると隙間風に晒されて寒い。寒いのは、身体だけでなく、ぼくの心もそうだ。彼女と付き合い始めて、五年経つ。彼女の好き嫌いはわかったつもりである。君を傷つけないためにぼくは嘘を言う。君はコップを軽く横に振り残りを確認する。君は甘いものが好きだ。よくキルフェボンのケーキを買ってきて食べている。スターバックスとキルフェボンなんて、天秤で言ったら釣り合いが取れていないけど、君はどっちも好きだ。ぼくが高野のフルーツパーラーで買って帰ると、君は怒った顔をする。フルーツが嫌いなのではなく、生クリームが好きなのだと主張する。ぼくの舌がそれをわからないのか、彼女の言っていることがいまいちわからない。
 街にはマフラーをしている人が目につくようになった。冬が段々と迫ってきている。熊やリスは冬眠をするが、ぼくたち人間は冬がやってきても生活をしなければならない。人間とはなんて不便な生き物なのだろう。そもそも感情が邪魔だ。もし、感情がなかったら、君のことを考えないで済むかもしれない。君は遠くにいて、ぼくと一緒にいられるのに。君の心はここになくても、君の身体はここにある。世界が壊れたとしても、君と一緒にいられる。スターバックスのコーヒーの残りの量なんて関係ない。君の胸元ばかりに目が行ってしまう。君は魅力的な人だ。ぼくにはもったいないのかもしれない。君はヘッセの『車輪の下』がいかに面白いかをぼくに必死に伝えてくる。ぼくにはその面白みがわからない。でも、君のしぐさは、学校の先生に昨日あったことを言うときのようなそんな必死さがなんとも可愛らしく思ってしまうし、君につられてこっちも一生懸命に聞いてしまう。
 君の誕生日は、来週だ。そのときまでに世界はあるだろうか。世界の形をしていても別の世界を呈しているかもしれない。世界を認知できるのは、個々によって違うが、そのズレの中で、世界が動いているということ、それが不思議なことだ。同じものを見ているはずなのに、違うものが見える。丸だと思ったら、四角だった。鈴木さんかと思ったら、山田さんだった。世界には不条理にもにたことが毎日起こっている。
 世界は壊れかけている。いや、世界は壊れている。
 おもちゃ箱の片隅で汚れて遊べなくなったうさぎのぬいぐるみみたいな寂しさをぼくは痛感している。君には電話さえできなくなった。接点がなくなった。そんな悲しみを抱えて、ぼくはこれから生きなくてはならない。君はどこにいるの。地球儀のから君を探そうとしても、日本は小さくて、この世界の広さと釣り合いが取れていなくて、頭が狂ってしまいそうだ。
 地元の駅に電車が到着すると、崩壊の不協和音がイヤホンから聞こえてきた。

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