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今回の総括(ウサギノヴィッチ)

 いつもなら、帰りのサラリーマンで賑わう新橋のSL広場もあれ以降みんなマスクをつけて黙々と駅に向かって帰る。飲み屋なんてやっていなくて、酔っ払った人が、──もう一軒行こう、なんて言っている姿はないし、ましてや、ネクタイを頭に巻いている人間なんてテレビでのコントでも見ないし、時代錯誤になってきていているようになってきた。
 そんな中、駅前に一人のホームレスが寝込んでいた。
 彼は以前、新橋で働いていた。なぜ、彼はそこに住むことにしたかというと、彼は自分の勤務先を忘れなかった。自分の仕事に執着していた。
 せっかく、大企業の課長になったのに、急に部長から肩を叩かれるなんて。自分はいらない存在なんだ。そう思った瞬間、目の前が灰色になった。すべてがネジ曲がり、ぼやけてみてた。まるで抽象画家が描いた画のようだった。退社するときの最後の挨拶のときには、他の社員が笑っているように見えた。いや、笑っていた。
 そう、彼は極度のうつ状態と人間不信の状態になっていた。家に帰っても妻にリストラされたことを言えずにいた。毎日、用もないのにスーツを着てカバンを持ち、定期の使える期間のときだけは、新橋に行き、SL広場でのんびり過ごして、帰りの時刻になると電車に乗って帰っていった。
 彼が家を出たのはそれから一ヶ月目のことだ。給料が払われる日に彼は失踪した。妻から給料のことで問い詰められるの嫌だったからである。彼は着の身着のまま家を出た。最初は。渋谷にいた。ここなら人が多いから大丈夫だろうと思ったからである。しかし、渋谷には案外、ホームレスは少なく、ガードしたで定住している者たちが幅を利かせていて、新参者には住みづらいものがあった。翌日は、新宿の中央公園。ここはヒエラルキーが出来上がっている、ので、新参者にはまた住みづらい。でも、渋谷ほどではないが頑張って住んでみようとと思った。
 最小に近寄ってきたのは、前歯が一本折れている源さんという老人だった。
──おめぇ、新入りだろ? ここでのルール教えてやるくからついて来い。
 ついていくいと、二階建てのテントのような建物に案内された。
──ここにリーダーが住んでいるから、挨拶するぞ。
 中に入ると、ガンジャの香りが漂う、広い宮殿のようなテントだった。源さんが進んでいくと、拾ってきた肘掛け付きの椅子に座っていた。顔の前には布を垂らして表情だけでなく、男か女かもわからなかった。
 源さんはリーダーの前に立て膝座り込み、新入りの彼も同じように真似をした。
──西脇さん、今日、新入りがはいりました。
 近くにいた側近が耳元で、西脇と呼ばれたリーダーに耳うつ。
──では、いつものように、新入りの心得を教えておくように、教育係はお前がやりなさい。
 側近が、西脇の代わりに言った。
 源さんと彼は一緒に出ていった。どこか目眩がした。
 テントを出ると源さんは言った。
──いいか、今から俺の言葉はぜったいだからな。ちゃんと聞くように。まずは空き缶拾いかららだ。
 原産から教わったことは、空き缶拾い、空き缶の潰し方、「BIG ISSUE」の売り方、配給の並び方、ぐらいだった。リーダーの話を使用とは決して思わなかった。触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず、だと思った。ただ、だんだんと同じ生活のリズムに仕事をしていたときは同じリズムでもメリハリが合ったのに、ホームレスの生活はなんと単調な生活なのではないだろうか。
 彼は新宿中央公園のホームレスの生活も飽きてしまった。
 どうしようと思ったとき、彼は自分の職場があった新橋でホームレスの生活をすることを考えた。あそこなら、先にいる人はいるかもしれないけど、縄張り争いやヒエラルキーに巻き込まれることはないと思った。
 彼はなけなしのお金を使って電車で新橋まで移動した。同じ車両の人たちからは指を刺されたし、別の車両に移る人もいた。
 新橋につくとSL広場に陣取って眠り始めた。なんだか、肺が重く感じた。
 通りの人はマスクをしていた。
 気だるいし、身体中が寒い気がした。
 インフルエンザにかかったかな。
 働かないと。働かないといけないないのに。
 ダンボールで風よけを作って、持ってきた毛布を身体にかける。
──先輩、あれ怖いっすよね。なったら、病院から出るの大変らしいですよ。ってか、病院が今、医療崩壊っていわれてて大騒ぎらしいです。
──そうなんだ。俺は関係ないから、パチンコ行くけどね。
──先輩、マジパチンコヤバイっす。休業要請でているのに、よくいけますね。信じられないっす。
──かかるときは、かかる。かからないときはかからない。ただ、それだけだ。
──先輩、そんなこと言って、ただサボりたいだけじゃないんですか?
──まぁ、それはある。
──どうなるんですかね。この前、緊急事態宣言出ましたけど、うちテレワークやるんすかね? できるんですかね?
──うちら、物流関係が入ってるじゃない? 無理じゃない?
──無理かぁ。
 そういいながら、身体が冷え切った眠っているホームレスの前を横切った。

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